「さっきのお店のランチ、おいしかったね」
「カニ玉……また食べたい」
「気に入ったんだね、あそこのカニ玉」
ほくほくとしている降谷に春市は軽く笑う。倉持を一瞥すると、誰かに連絡を送っているのか携帯電話を触っていた。視線を感じたのか、前園達に中間報告をしているとのことだ。なるほどと御幸は苦い笑みを浮かべ、隣の車両に居る二人に目をやった。
ふいに、御幸の脳裏に懐かしい思い出が蘇る。なぜ今こんなことを思い出すのかと考えるも、理由はよくわからない。
あの時――二年前のある日のことだ。突然、別のシニアに所属しているが試合を通じて仲良くなった成宮鳴に、なまえと一緒に呼び出されたのだ。呼び出された場所へ行く為に電車を使ったのだが、なまえと沢村と同じように向き合って乗っていた。あの時、何の話をしていたかは忘れたが、その後のことは鮮明に覚えている。
呼び出された場所へ着くと、そこには成宮の他に同学年で名を轟かせている者達が数名集まっていた。集められた理由は、成宮が理想とするの最強チームを稲城実業高校で作り上げる為とのことだった。稲実には実績ある監督も居り、設備と環境も都内一で申し分ない。
当然この話に乗るだろうと問われる。精鋭たるメンツを前に口をポカンとあけているなまえとは裏腹に、御幸は片手で軽く後頭部をかく。一呼吸置いてから、御幸は答えた。
「悪りーけどその話には乗れねぇな。俺……ずっと前から青道に誘われてんだわ」
成宮は青道の欠点を上げるも、御幸は言い直す。
「こんなスゲェメンツが集まるチームなんだろ? だったら余計に戦ってみたくなる」
まっすぐな瞳でそう伝えると、成宮は軽く息を吐いた。最後にもう一度聞くけど、言う成宮に、ゴメン無理!! と御幸は笑う。それなら仕方がないと素直に諦めると、成宮は今度はなまえに声をかけた。
「なまえはもちろん来てくれるよね? 稲実に来て、マネージャーとして俺達を支えて欲しいんだ!」
驚くなまえの隣で、御幸もまさかの誘いに二、三度瞬きした。
確かになまえはマネージャーに向いている。試合前になると相手チームの試合をビデオに撮ってデータを渡してくれたり、練習観戦に来るついでに良く働いてくれ、江戸川シニア内でも気の利く女子として評判は高かった。
そういえば、なまえと進学の話をしたことがなかったことに気づく。自分は青道に行く道を選んだが、なまえはどうするのか――。成宮の話を受け入れる姿を想像すると、ちくりと胸の奥が痛んだ。
悪い話ではないはずだと続ける成宮に、えーと、となまえは口ごもりつつもしっかりと発言した。
「ごめん、無理」
「えっ……ええ!? なんで!?」
なまえだけは来てくれると高を括っていたのか、成宮はすこぶる吃驚した。意外な回答に御幸も目を丸くし、なまえに視線をやる。
「甲子園には、一也や青道の人達に連れてって貰うって決めてるの。だから、稲実でマネージャーは出来ない」
ごめんね成宮くん、となまえは頭を下げた。拗ねる成宮とは裏腹に、御幸は心の奥底から安堵した。しかし同時に、責任重大だと口の中で呟く。そんな気持ちを知ってか知らずか、そういわけで頼んだ! となまえは御幸を見据える。苦い笑みを浮かべながらも御幸は腕を伸ばし、期待に添えられるように頑張るわ、となまえの頭を撫でた。
「添えるんじゃなくて、応えてよね!」
「わかったわかった、頑張って応えるよ」
「約束だからね、一也!」
満面の笑みを浮かべるなまえに、御幸はふっと目を細める。ただの世話焼きな幼馴染だと思っていたが、この瞬間から何かが変わった気がした。直後、もう帰れー! と成宮が目を吊り上げ叫んで追い返されたのは言うまでもない。
なまえとはいつも一緒に居ることが普通だったのだが、今は違う感じがする。小さく息を吐いた瞬間、ガタンと電車が大きく揺れた。何とかその場で踏ん張りをきかせ、体制を保つ。倒れずに済み安心したのもつかの間で、二人に視線を戻すなり御幸は目を見張った。
大きな揺れで体制を崩したのだろう、なまえの体を沢村がしっかりと抱いていた。
瞬間、ぐっと手に力が入る。
いつもなら、本当なら、なまえの傍には自分が居た。それなのに――と思う。
「――……、御幸先輩」
と、降谷に呼ばれ御幸はハッとなる。平然とした態度を装い、どうした? と首をかしげた。
「その、切符……」
降谷は御幸の手を指差した。見ると、強い力で握り締めた所為か、持っていた切符はくしゃくしゃになっていた。昔からの癖なのだと誤魔化すと、そんな癖治せよ、と倉持が冷静に突っ込んできた。気をつけると返し御幸は笑う。
何故、こんなにも胸の奥底で何かが突っかかるのか、御幸は密かに考えた。再び二人に視線をやると、先程のことを謝っているのか沢村は頭を下げていた。謝るくらいならするなと言いたいが、ぐっと言葉を飲み込む。
電車は止まり、扉が開くとなまえは沢村の手を電車から駆け降りた。それを見て急いで御幸達も後を追う。
ふいに、もう一つ思い出したことがあった。
成宮に追い返された後、再び電車に乗ったものの、その時のことについて話し込んでしまい、降りるはずの駅に着いたことに気づくのが遅れてしまったのだ。発車ベルが鳴り響きもう少しで扉が閉まりそうになった時、なまえに手を引かれ電車を飛び降りた。まるでさっきの二人のように。こんな感情が芽生える前の昔の自分達を見ているかのようで、御幸は少し寂しい色を浮かべた。
愛子||170126