いよいよ明日から上京する。大きな荷物は事前に祖父の家に送っているため、手持ちの物の数は限られていた。何だか眠れず、まだ早い時間でもある為、降谷は携帯を手に取るとあるところに電話をかけた。何度か呼び出し音が鳴った後、聞きなれた声が降谷の鼓膜をくすぐった。

『もしもし?』

機械を通じてだが、それでも安心する声音。僕だけど、と言うとわかっているのか、どうかしたの? と彼女――なまえは尋ねる。朝は早いのだが、眠れずに困っていると告げるとなまえは笑った。
お互い、青道高校の受験に合格をした。晴れて二人は同じ学校の同級生となる。まだ入学したわけではないが、クラス分けがどうなるのか、不安と期待と緊張とが入り混じっていた。
明日は何時頃来るのかと問われ、昼すぎに到着予定だと伝える。夕方には時間が空くため、少しだけ会えないかと言うとなまえはもちろん快諾した。
しばらく他愛の無い話をしていたが、ふと、唐突になまえの声に元気が無くなった。当然、降谷は察し大丈夫かと問う。なまえは口ごもりながらも、えっとね、と話し始めた。

『ずっと聞きたかったていうか……気になっていたというか……話したかったことがあって……』

戸惑いながらも意を決したのか、今度はしっかりとした口調で繋ぐ。

『わたしと暁って、その、わたし……というか、ご先祖様が引き合わせてくれたっていうか……』

時折もごもごとなるも軽く深呼吸をしたのか、単刀直入なんだけど! と継いだ。

『わたしと! 夏に会った……わたし。どっちが好き!?』

あまりにも突然な質問に、降谷はきょとんとした色を浮かべた。ひとまず頭を整理してみる。問いかけられた内容は、いま話をしているなまえが好きなのか、それとも夏に会ったなまえのご先祖である"彼女"が好きなのか。

「なんでそんなこと?」
『い、いいからっ。ちゃんと答えて! ……下さい』

これは冗談で返してはいけないと察し、降谷は唇を結んで考える。
自分が好きなのはいったい誰なのか。夏に逢ったなまえか、それとも――。
ふっと降谷は自嘲気味に息を吐く。そんなことを考えるのも馬鹿らしい。
受験の日に出会い、最初は再会できたことを喜んだが、対面して話をすると、姿かたちは同じでも全く違う人だとわかった。そして、毎日こうやって今のなまえと話をしていると、心の奥底から安堵するのだ。
わかりきっていることを今更聞かれても、こちらも困る。降谷は表情を緩めると静かに唇を開いた。上手く言葉にできるかわからない。それでも一生懸命、降谷なりに紡いだ。

「なまえと話をしているだけで、すごく……落ち着く」

息を呑む音がしたが、僕が好きなのは、と先を続けた。

「今こうして話を聞いてくれる、なまえだから」

つかの間の沈黙が訪れる。しかし、それを破ったのは少し上ずった声をしたなまえだった。

『……あり、がとう……』

ぐすっという音が聞こえ、泣いているのかと尋ねると、泣いていないっ、と涙ぐんだ声。夏の彼女ではない、なまえらしさに軽く笑ってしまった。何故笑うのかと強い口調で聞かれたが、何でもないと返す。
脳裏になまえの姿を想像し、胸にぽかぽかとしたものを感じながら降谷は目を細めた。


特別な口説きだったのかもしれない
(早く君に――なまえに会いたい)

愛子||171001