新しい季節が始まった。未だに着慣れない制服に身を包み、三年間通う学校の門をくぐる。無事、青道高校の受験に合格をした。嬉しい事になまえだけでなく、例の彼――降谷暁も同じく合格した。偶然出会えたあの日、当然のように連絡先を交換し、毎日のように話をしているのだが、合否通知が届くや否や嬉々とした声音で互いに報せあったものだ。
そしてこれも何かの縁なのか、二人は同じクラスの同級生となり、席も隣同士という幸運にみまわれた。すごい偶然ね、と初日ににやけそうになる唇を必死に結びながら話しかけると、運命なんだと思う、と真顔で返答された時はどう反応して良いのかわからずただただ目を瞬くことしか出来なかった。
青道へ通い始めて数日経ったある日の放課後。帰宅部のなまえは荷物をまとめ足早に教室を出ようとしたところを、降谷に引き止められた。

「野球部の、マネージャー?」

一緒にグラウンドへ行こうと降谷を誘いに来てたらしい同級生の小湊春市もなまえと同じように驚いていた。普段から二人が仲の良いことを知っている為、小湊はなまえを見るなり、無理にとは言わないよと添える。小湊の心遣いに感謝をしつつ、言葉を詰まらせながら降谷に尋ねた。

「野球部、人手不足なの?」

少し考える素振りを見せてから降谷はこくりと頷く。目に見えてわかる嘘の下手さに、なまえは肩に提げていた荷物を落としそうになった。改めて小湊に問いかけると、人手不足と言えば人手不足かな? とのこと。しかし、選手である自分達が口を出すことではない為、そう見えるとしか言えないと小湊は結んだ。

「あれ、お前等まだこんなところに居たのか」

恐らく同じ野球部員なのだろう、隣のクラスから二人の男子生徒が姿を現した。一人は降谷にじっと睨みを利かせ、今日こそは自分が一番にブルペンで球を受けてもらうのだと宣言する。それに負けじと降谷も自分が先と返した後、今は忙しいから邪魔、と一蹴した。もちろん男子生徒は黙っておらず、まるで子犬のようにぎゃんと騒ぎだす。
そんな二人に、話しかけてきたもう一人の男子生徒は盛大にため息を吐く。小湊はただただ苦い笑みを浮かべていた。
ふと、降谷に吠えていた男子生徒――沢村栄純と目が合った。誰? と指をさされ、それはこちらの台詞でもあるのだが、口から出そうになった苦言をこらえ、自己紹介をしようとするも降谷により遮られた。

「今、なまえをマネージャーに誘ってたところ」

真顔で状況説明をする降谷に、髪の明るい男子生徒――金丸信二は密かに、名前呼び!? と驚いていた。金丸だけでなく小湊もその一人で、二人はいったいどういった仲なんだろうと思った。

「うちって、いま募集かけてたか?」
「マネは申告制だからかけてねぇはずだけど……まあ、人手は多い方が良いとは思うぜ」

ふーんと沢村は納得したように頷く。それで? と降谷は向き直りなまえに尋ねる。

「別に、嫌ってわけでもないからしても良いけれど……鈍くさいし、逆に迷惑もかけちゃうよ?」
「それでも良いよ」

強かに頷き熱心に誘ってくる降谷に、どうしてそこまで自分にマネージャー業をさせたいのかと、少し戸惑いながら感じた疑問をぶつけてみる。
しかし降谷は答えず、ただじっとなまえを見据えた。
視線を逸らすと同時に両肩に手を添えられ、降谷はなまえをの顔を覗き込むようにする。近いよ、と照れながら抗議すると、そんなことはないと降谷。まるで友達以上のことしている二人に、残された者はぽかんと口を開けるていることしか出来ない。

「ふ、ふふふ、不純行為はお父さんが許さんぞー!!」

いつからお前はお父さんになったんだ、という突っ込みを心の中でしながら皆一同に声を上げた沢村に視線を向ける。お父さんはちゃんと居るけど、と素っ気無く、それでもちゃんと言い返した降谷に、天然か、と投手二人以外は軽く息を吐いた。

「つーか降谷! 誰だこいつは!?」

唐突に沢村に指をさされ、なまえはびくりと肩を震わせる。だからこちらこそ誰だと聞きたい気持ちをおさえ、今さらながら自己紹介をするべきか戸惑っていると小湊が助けてくれた。

「そういえば紹介してなかったね。僕達と同じクラスのみょうじなまえさん」

いま何故かはわからないが降谷がマネージャーに誘っている最中なのだと小湊は説明する。あの降谷が勧誘を……!? と沢村と金丸はあからさまに驚いた色を浮かべた。真面目になまえを誘っているらしいことを見て取れたのか、おい、と沢村は降谷に尋ねた。

「なんでそいつ……じゃなかった。みょうじにマネージャーになって欲しいんだよ」

いきなり呼び捨てかとなまえは心の中で返したが、理由は知りたい。上目で降谷を見ると同時にちょいと首をかしげる。

「だって、」

と、降谷は表情を緩めて続ける。

「なまえが近くに居てくれるだけで、良い球を投げれるから。それに、僕の傍に居てほしいし……」

理由はそれでは駄目かと、今度は逆に降谷が問うてきた。聞いているだけで恥ずかしくなることをさらっと言いのけた降谷に面食らってしまう。真っ直ぐな瞳に、表情に、知らずと胸は高鳴り思わず口ごもってしまう。そんなにはっきりと傍に居てほしいと、言葉にされてしまうと湧き上がる熱でどうにかなりそうだ。
誘った理由があまりにも予想外だったのか、沢村は大きく口を開けて降谷となまえを交互に見やった。小湊と金丸も驚きで言葉に詰まっている。

「僕はなまえが居ないと駄目……なんだと思う」

だから、と降谷は紡いだ。

「僕の背中を、ずっと見守っていて欲しい」

きっと今が二人きりであれば人目など憚らずに、わかりました喜んで、と答えていただろう。まるで一世一代の告白劇を見ているかのような気分でいる小湊と沢村、そして金丸を一瞥すると、なまえはちょいと目を伏せながらも言葉を継いだ。

「マネージャーは……見ないことには判断できない、から……しばらくの間は、見学をさせて。マネージャーの件はそれからってことで……」

それでも良い? と確認すると、こくりと降谷は頷いた。

「じゃあ、一緒に行こう」

そっと手を差し伸べられる。少し反応に遅れたものの、差し伸べられた手をなまえは握った。ゆっくりと降谷は手を引きグラウンドへと向かう。降谷の背中を見ながら、なまえの頬は自然と緩み、口元に笑みが浮かんだ。


レモン味はそのままに
遠ざかる二つの背中に視線をやりつつ、残された三人はその場でただただ立ち尽くすことしかできないで居た。降谷となまえの姿が完全に見えなくなると、一番最初に我に戻った沢村が声を上げた。

「俺たちは何を見せられてたんだッ!?」

何だろう、なんだろうな、と小湊と金丸は顔を見合わせる。何だったんだー! と叫ぶ沢村の背を押しながら、小湊と金丸も後を追うようにしてグラウンドへと向かった。その最中も沢村はひたすら疑問を口にしていた――。

愛子||171008