一人となっても野球を、投げること辞めることは出来ず、コンクリートで出来た壁には無数のボールの跡が降谷の気持ちを物語っていた。
区切りの良いところで一旦、練習をやめて一息つく。持ってきていたスポーツバッグの中から水筒を取り出し水分を補給する。橋の下から何気なく出てみると、ジリジリと強い日差しが降谷を真上から照りつけた。あまりの暑さに慌てて橋の下へと引き返す。練習時には気にもとめていなかった蝉の声がうるさく響いてくる。ここは涼しくて有名な北国の北海道だというのに、最近の夏は異常な程に暑い気がした。
休憩を終えるなり降谷は再び投球練習を始めた。何も考えず、自身の気持ちのままにひたすらボールを投げ続ける。
ふと、目の前の壁がミットを構えている、雑誌で見た"あの人"の姿に見えた。グローブの中で、ボールを握る手に力が入った。片足を上げ、投球フォームをとる。グッと力強く足を地面につけると同時に、思い切り肩を振り抜いた。ボールは、まるで生きているかのようにうなりを上げて捕手のミットにおさまった――はずだったが、大きく上に反れ壁に当たりまた一つ跡を残した。
ボールは、降谷のもとへまっすぐにかえらず別方向に跳ねて転がる。橋の下より先に出てしまうと草は深く、容易に見つけることが出来なくなってしまう。降谷はハッとなり追いかけた。しかし、ボールは橋の下から出るなり唐突に動きを緩めゆっくりと止まった。降谷も思わず動きを止め視線を上げる。
「これ、あなたの?」
凛とした声とともに、いつの間にそこに居たのか見慣れない女性がボールを拾った。日焼け対策なのか、夏だというのに真白い長袖のワンピースを着ている。しかし、目を奪われるほどに透き通った肌をしたとても美しい女性だった。
降谷はパチパチと目を瞬き、一呼吸遅れてからコクリと頷く。女性はくすりと微笑み降谷に歩み寄ると、はい、とボールを差し出した。受け取るなり、ありがとうございます、と頭を下げさっと踵を返すも、再び声をかけられ降谷は振り返った。
「なんですか?」
「練習……見学していても良いかな?」
きょとんとした表情を浮かべた降谷に、だめかな? と女性は少し寂しげに問う。
「いいですけど」
そう言うと女性は明るい色をし、ありがとうとはにかんだ。あまりにも眩しい表情に不思議と胸は高鳴る。ふいと顔をそらしつつ、もとの位置へとつく。女性も橋の下へ入ると邪魔にならないようにと配慮をしたのか、少々離れた場所からまじまじと降谷を見ていた。
小さく深呼吸し、心を落ち着かせる。片足を上げ投球フォームをとり、腕をあげる。そして、力いっぱい肩を振り下ろした。
(あれ……、)
投げた瞬間、今日一番のボールを投げれた気がした。今の感じを忘れない為にもう一度、もう一度、とかえってきたボールを手に取り投げ続ける。何度か繰り返したものの、あの感じは味わえなかった。
ふうっと息を吐き、そういえば、と女性の方に視線をやる。すっかりと忘れてしまっていたことを心の中でだが侘びようとしたが、女性はすでに居なくなっていた。熱中していた為か、遠慮して声をかけずに帰ってしまったのだろうか。
橋の下でぽつんと佇んでいる降谷を、優しい風がふわりと撫でた。
愛子||170611