「こんにちは、なまえさん」
今日もいつものように大きな橋の下へ行くと、案の定、なまえは居た。挨拶をすると表情を明るくし、足早に降谷の傍へとやって来る。名前を呼んだことが余程うれしいのか、突然、降谷の手を握りぶんぶんと上下に振る。相変わらずのテンションに降谷は軽く息を吐く。今日も疲れそうだと思った時、頬に何かがあたった。
ふと仰ぐと、空は晴れているのに雨が降ってきた。なまえも同じく顔を上げるなり、あらあら、とこぼすと降谷の手を取り急いで雨のあたらない場所へと入った。
「きつねの嫁入りかしら」
「きつねのよめいり?」
頭の中に、きつねの大行列が昔話に出てくるような嫁入り道具等を持って歩く姿を描く。降谷が何を想像しているのかを何となく察したのか、本当にきつねが嫁に行くわけではないと静かになまえは言う。えっ、と驚いた降谷になまえは苦い笑みを浮かべた。
しばらくは止みそうにないわね、となまえ。草を、土を濡らす雨の匂いには嫌いではないが、来る前より気持ちは落ちていた。降谷は段差になっているところへ行き腰を下ろす。なまえも一足遅れて降谷の後に続き隣の空いているスペースへと座った。
今日は投げないのかと問われ、天気が良くなってから、と答える。提げていたスポーツバッグを下ろし、中から何気なく持ってきたグレープ味のグミのお菓子を取り出す。なまえは二、三度瞬きをし、まじまじと降谷の手の中にあるグミの袋を見やる。リュックをコンクリートの地面に置き封を切った。じーっと降谷の手を見つめているなまえに手を差し出すように言う。ちょいと視線を上げ、わたしにくれるの? とでも聞きた気になまえは首をかしげる。
「いらないのなら、食べるので別に良いですけど」
「う、ううん! 貰う! ありがとうっ」
手のひらでいくつかのグミを受け取ると、なまえは興味深そうにしていた。それほど珍しい物ではないのだが……、と思いつつ残ったグミを食べる。食べなれた味に特別感想はないのだが、なまえは違ったようだ。ぱくりと一つ口にするなり、カッと目を見開きぷるぷると体を小刻みに震わせている。無言で何個か食べ進めた後、降谷に見られていることに気づき恥ずかしそうに動きを止めた。
「そ、その……見つめられていると、食べ辛いわ……」
「あっ……ごめん」
謝ったもののふっと降谷はふき出した。不思議そうな表情を浮かべるなまえに、降谷は笑うのを止められなかった。
「そういえば、なまえさんは最近よく此処に来てますけど暇なんですか?」
「まあっ。これでも暇ではないのよ?」
「でも毎日、見学に来てますよね」
「た、確かに最近は毎日来ているけれども……」
ニート? と続けて尋ねると、そのことには触れずになまえは睫毛を伏せた。
「……探し物をしているの」
ぽつりと、呟くようにそう答えたなまえに、一呼吸あけてから、探し物? と復唱する。こくんと頷くと、前を見据えてなまえは続けた。
「とても大切な物。ずっと探しているけれども、見つからない……」
「どこを探しても?」
なまえは頭を軽く縦に振る。
「暁くんが来る前にね、必ず一度はこの辺りを探しているのよ」
寂しそうになまえは微笑んだ。なるほどと降谷は思う。だからなまえはここへ居るのかと、少し納得した。降谷が此処を訪れる時間帯は決まっており、昼食を済ませた午後だ。夏休みの始め頃は朝から来ていたが、両親――特に母親に、午前中の間は勉強をしなければ外へは出さないと突然告げてきた為、やむを得ず午後から出かけている。
――もし、明日は早く来ることが出来れば、探し物をしているなまえと会えるのだろうか。
一瞬、そんなことを考えるもふるふると頭を左右に振り話を戻す。
「あの、探し物って何ですか?」
降谷の問いかけになまえは唇を閉ざす。言い難い物なのかと思っていると、ゆっくりと声に言葉をのせた。
「手袋」
「……手袋?」
そう、となまえは紡ぐ。
「変な印がついた、手袋」
ふいに、なまえは愛おしそうに微笑んだ。その笑みに、瞳は奪われ離せなくなる。手袋とは随分と季節はずれな物だが、なまえにとっては本当に大切な物なのだろう。
なまえは残っていたグミを平らげると、この話はもうおしまい! と元気に切り上げた。それより見て、となまえは降谷の手をとり引っ張る。腰を上げて大きな橋の下から出ると、いつの間にか雨は止み、青々とした空が広がっていた。遠くでは虹もかかっており、きれいね、となまえはキラキラとした色をする。先程の表情が脳裏をよぎり、降谷は反応が遅れた。
ね? と同意を求めるなまえに、降谷はこくこくと頷くと、もう一度、空を眺めた。
愛子||170620