夜も更け、女子寮をこっそりと抜け出したなまえは少し離れたところにある青心寮へとやって来た。一階にある「5」と書かれたドアの前に立つと、手土産を後ろ手に隠し軽くノックをする。数秒と経たずにがちゃりとドアは開いた。開けたのは倉持で、来客を見るなり無言で招き入れる。テレビの前でカッププリンを食べていた増子は振り返ると同時に片手をあげて挨拶をした。

「お邪魔しまーす」
「へいへい、今日もごゆっくりどうぞー」

面倒くさそうに倉持は言い、増子の隣に座りなおした。靴を脱ぎつつ部屋に居る人数を確認する。一人居ないことに気づき、沢村は? と二人に問いかけた。まだ走ってる、とテレビを観ながら倉持は答えた。がんばるなぁ、となまえは呟くと二人の後ろに腰を下ろした。

「テレビ面白いのやってる?」
「まあ、そこそこ」
「プリン持って来たんだけど」
「プリン!? さすがだな、みょうじちゃん!」

隠していた手土産を膝の上で広げ、目をきらきらと輝かせた増子に一番にプリンを渡す。空の容器をゴミ箱に投げ捨てると、増子は体をなまえの方に向け、受け取ったプリンを食べ始めた。胃袋掴んでんなー、と倉持は苦笑しつつもなまえからプリンを受け取る。倉持もテレビに背を向けると、一緒に受け取ったプラスチックのスプーンの先でプリンをつついた。
しばらく三人でプリンを食べながら雑談をする。次の日曜日に組まれている練習試合の相手校のことや、今日の練習のこと――。連日、なまえは此処へ来て5号室の皆と話しをするが話題は尽きなかった。増子がプリンを三つもぺろりと平らげたところで、そういやさ、と倉持は話を遮った。

「みょうじって、彼氏居ねぇの?」
「逆に聞くけど倉持は彼女居るの?」

うるせぇ、と返し倉持は顔を顰める。増子は静かに腹を抱えて笑っていた。

「けど、毎日毎日こうやって男の部屋に遊びに来ていたら、みょうじちゃんを好きな男子は悲しむだろうな」
「やだ増子先輩、そんな人いやしないですよー」

けらけらと笑うなまえに、無自覚って怖ぇ、と倉持と増子は心の中で思う。増子は結城に、倉持は伊佐敷に、なまえを密かに部屋に招き入れ楽しく談笑していただろうと今日も怒られた。その前は確か小湊兄弟だったかと増子は思い出す。本人は全く気づいていないようだが、なまえは野球部の中ではアイドル的な存在だ。それは他のマネージャーや顧問達も認めている。そのアイドルの入り浸る場所が何故か5号室で、今年に入ってから更に頻繁になった。原因は恐らく、新しく入ってきた沢村だろう。沢村を気にかけることはどうも癪に障るが、此処によく来てくれるということが倉持と増子にとっては嬉しいことだった。ふと、倉持はチャンスだとばかりにあることをなまえに尋ねることにした。

「お前、気になる奴とか居ねぇの?」
「え、なにいきなり……」
「年頃のみょうじの悩みをお兄さん二人で聞いてやるよ。ヒャハハ!」
「うっわー、倉持がそうやって笑うときって信用出来ないんだよねー」
「どういう意味だコラ」

腕を伸ばしなまえの頭に軽く手刀を落とす。そのまんまの意味ー、となまえは唇をすぼめた。話は続き、二人はそれぞれ思いつく名前を出していく。その度になまえは一言感想を添えてから、最後はナイナイと笑った。

「哲はどうだろう?」
「哲さんは背中で語るタイプですよね。本当すごい。さすが主将ですよね」
「んじゃ、純さん」
「純さんは良い兄貴って感じだよねー」

立ち上がりなまえはテレビのリモコンを手に取るとチャンネルを回す。丹波はどうだと問う増子に、うちのエースはがんばってますよね〜今年の夏が本当に楽しみだし期待です、となまえはバラエティ番組でチャンネルを止める。倉持はちょいと首をかしげ、亮さんは? と聞くと、亮介さん……亮介さんね……、と元気なくなまえはそのまま口を閉ざした。毎日いじられていることを結構気にしているのか、なんとも微妙な反応だった。
その後も続けて名前をあげていくも、なまえはナイナイと軽く返す。二人は困ったという色を見せたが、すぐに互いに顔を見合わせた。

「ま、まさか……!」
「俺たち……!?」
「やだ何それすごい面白い冗談」
「やだ何そのすげぇ傷つく返し」
「うが……ちょっとこう、心にきた……」

増子と倉持は胸に手を当て視線を落とす。そんな二人を余所になまえはバラエティ番組に夢中なのか、くすくすと腹を抱えて笑っていた。

「じゃあ降谷」
「なんかもう投げやりになってない?」
「うるせぇ」
「降谷はすごいね、本物の怪物だと思うよー」
「沢村ちゃんはどうだ?」
「沢村は良い子ですね。かわいい後輩です」
「亮さんの弟」
「春市は本当に可愛い子だよね! 亮介さんに似ずに良かったと思う。思う存分いじれるもん!」
「それ亮さんにチクるからな」
「タンスの角に小指ぶつけろ倉持!」
「地味だなオイ!?」

後は誰の名前をあげていなかったかと二人は考える。聞くのを忘れていた人物が居たことを倉持は思い出した。

「あ、御幸?」
「御幸人気すごいよー。わたしの友達も御幸推し多くてびっくりした」

けろっとした表情で返すなまえに、これ以上名前が出てこず、二人はため息をついた。結局、なまえの好きな人の情報は聞けず仕舞いだ。もし聞けていれば良い情報にもなるし、目標にもなると思っていたのだがお手上げだ。つまんねーの、とこぼす倉持とは逆に、増子は一人上げていない名前があることに気づき、ぽつりと呟く様に言った。

「監督?」
「ブハッ。ヒャハハ! 増子さん、さすがにそれはないっすよ!」

大きく笑いながら倉持は、なあ? と何気なくなまえに問いかける。しかし、すぐに笑うのを止めた。増子もなまえを見てぴたりと動きを止める。テレビを観ていたはずのなまえはぎこちなく俯き、ふるふると小刻みに肩を震わせている。本の中にたまに比喩として表現される、頬が林檎色に染まる、とはまさに今のなまえをあらわしていた。予想外の反応に一呼吸遅れて、マジで? と二人は思う。なんともいえない空気と沈黙が三人を包み込む。部屋の中にはテレビから流れる観客の笑い声が響いていた。だが、ほどなくしてそれは元気な声とともに破られた。がちゃりとドアが開き部屋の中にやって来たのは、ただいまー、とランニングを終え風呂の準備を取りに戻った汗だくの沢村だった。沢村はなまえの姿を見るなり、こんばんはっす、と頭を下げる。なまえはバッと顔をあげると、急いで沢村に抱きつき助けを求めた。


簡単な秘め事
「沢村〜増子先輩と倉持がいじめるー!」
「えっ!? ちょ、二人とも! なまえ先輩いじめるとか、男として最低ですよ!!」
「誰もいじめちゃいねぇよ! 関節決めっぞバカ村ァ!」
「うがうが!!(それにしてもみょうじちゃんの好きな人がまさか監督とは……)」
「(絶対敵わねぇよ……)」

愛子||150614
(title=ko-ko)