明日はいよいよ東京へ行く日だ。家族に手伝ってもらいながら支度を進めていたのだが、こういう時に限って懐かしい物等が出てきて思い出話に花が咲いてしまう。朝から始めて結局夕方までかかってしまい、たかが荷物をまとめるだけでクタクタになってしまった。
仕事を休んでいた母は普段と変わらぬ調子で倉持をからかい、夕飯の準備に取り掛かる。祖父もあまり動いてはいないのだが大げさに疲れたアピールをし、リビングへと戻った。そんな二人にいつも通りに悪態を返し、荷をつめた鞄を玄関まで運ぶ。鞄を置くと同時にインターホンが鳴った。
台所から名前を呼ばれ、ドアスコープから来客者を確認する。瞬間、ぎょっと大きく目を見開いた。
急いで鍵を開けてドアを開く。来客者――幼馴染のみょうじなまえは倉持の顔を見るなり一瞬驚いたが、ほっと安堵の息を吐いた。

「誰ー?」

と、台所から母が顔を覗かせる。祖父もリビングから廊下へと出てきた。二人はなまえの顔を見るなり笑顔した。

「おー! なまえちゃん!」
「いらっしゃいなまえちゃん! 散らかってるけど上がってく?」
「こんにちは、おじいさん、おばさん。すぐに済むので、ここで結構です。お気遣いありがとうございます」

ぺこりと頭を下げるなまえに、うちのと違って本当に良く出来た子だと二人は関心する。うるせえ! と返し、倉持は自身の運動靴に足をつっかけると外へ出た。
がちゃんと扉がしっかりと閉まったのを確認し、で? と訪ねてきた理由と問うも、なまえは本題を逸らした。

「髪、戻したんだ」

と、倉持の髪に視線をやる。昨日、野球をしに青道へ行くのだからさすがに金髪のままでは悪目立ちしてしまいそうな気がして、前の色に戻したのだ。まあな、と軽く相槌を打ち髪に触れる。鏡にうつった自身の姿を見て、まだ慣れて居らず少し驚いてしまうほどだ。

「似合ってる。ていうか、そっちの方が良いかっこいいよ」

まさかなまえから"かっこいい"なんてかけてもらえるとは予想外で言葉に詰まる。照れながらも一呼吸遅れてから、おう、とだけ返答した。
ふいになまえは目を伏せる。その意図を、倉持はそれとなく察した。なまえは、明日旅立つ自分へわざわざ会いに来てくれた。そんな倉持になんて言葉をかけようか悩んでいるのだろう。
ちょいと人差し指で頬を掻き、少し間を空けてから、唇を開きまとまった言葉を声にのせ始めた。

「明日、見送りには行かない……から」

一度区切り、静かに息を吸う。だから、となまえは先を紡いだ。

「元気でね。応援しているから!」

昔と変わらない仕草で、声音で、なまえはふわりと微笑み結ぶ。倉持も表情を緩め、サンキュな、と礼を言う。もっと気の利いた言葉はないかと頭を回転させ、なまえから一瞬視線を外した。
その時、ごそごそとなまえは肩から提げていた鞄の中からとあるものを取り出し、えいっ、という掛け声とともに倉持の頭に被せた。一体何を被せられたのか予想はつくものの、咄嗟に取ろうとする。だが、なまえは被せてきたそれから手を離さず俯いた。
よくわからない攻防を繰り広げた末に、倉持はようやく被せられたものを外すことが出来た。手にしたのは帽子で、色合いや柄は倉持好みのものだった。裏側に何かが貼り付けられている。小さな可愛らしいメモと字で"東京に行っても元気で居てね 千葉の松井稼頭央!!"と書かれていた。
ふと、目をなまえに向けてみる。頬に、一筋の透明な雫が伝った。えっ、と驚いたのと同時に二、三度、瞬く。こみ上げてくる感情が爆発してしまわないよう堪えているのか、なまえは小さく下唇を噛むも、倉持を見るなりはにかんだ。

「わたし、洋ちゃんのことずっと昔から大好きっ」

背伸びをし、倉持の頬に触れるだけのキスを一つ。すぐに離れると、行ってらっしゃい! と残し、背を向けて走り去って行った。足音が遠ざかっていくのを聞きながら、倉持は目を大きく開きつつ、まだ柔らかい感触の残っている頬に触れてみる。
胸は早鐘を打つように大きく高く鳴り、何をされたのかを理解すると、一気に全身が火照る。力なく玄関扉に背中を預けた。腰が抜けてずるずると座り込みそうになるのをなんとか堪えると同時に、嬉しいようで恥ずかしいような、なんとも表現し難い気持ちに、倉持も耐え切れず両口角を上げた。


きみが愛しいと気づいたから
(ちょっと東京で、頑張ってくるわ)

愛子||170521
(title=確かに恋だった)