歩みを止め、あれ……、と沢村は指差す。降谷も足を止め、沢村が指差した先を追って見る。そして、あっ、と声を上げた。
二人の目線の先に居たのは、小湊春市の双子の妹――名前は確かなまえだ。なまえの前を通り過ぎる野球部員は緊張の面持ちで通り過ぎ、マウンドへ入るなりやっぱり可愛い、亮介さんに似てない! 等々と話を始める。周りがざわついていたのは、どうやらなまえが原因らしかった。
一人で突っ立っている姿はとても画になっていた。しかし、どうして神奈川に居るはずのなまえがここに居るのか、気になると同時に沢村は方向を変えて歩み始めた。その後に降谷は続く。
二人が傍で立ち止まると、伏せていた瞳をふいとなまえは上げる。ほどなくして、あっ、と声を上げた。
「……こんにちは」
恐る恐ると言った風になまえは挨拶をする。降谷はいつものテンションだが、沢村は元気良く返した。
「こんなところで何してるの?」
「亮ちゃんに、ここで待ってるように言われて……」
それで、となまえは降谷の問いに答える。どうやら先程まで兄の小湊亮介と一緒に居たらしいが、どこかへ行ってしまい待っているらしい。しゅんっという効果音がどこからか聞こえてきそうな程、なまえはしおらしくしている。友人である春市から聞いていた話とは大違いの姿に、あれ? と沢村と降谷は思わず顔を見合わせた。ぜんぜん違う、違うんだけど、というアイコンタクトを行うも、すぐにハッとなり互いに顔を背けた。
「あの、間違えていたらごめんなさい。お二人はもしかして、沢村さんと降谷さんですか?」
唐突に名前を呼ばれ、きょとんとした色を浮かべる。しかしすぐに、いかにも! と沢村は胸を張りまぶしい笑顔を見せた。
「そう! 私こそはあのうわさに名高い沢村栄純です!」
ああやっぱり! となまえは表情を明るくし、パチンと手を叩く。どうして名前を知っているのかと降谷が尋ねると、兄の亮介から話を聞いているとのこと。先輩である亮介が自分達をどのように評価しているのかが気になり、お兄さんは俺達のことをなんと!? と沢村は興味津々に問うた。降谷もこくこくと頷き、どきどきと胸を高鳴らせる。
同級生でもあり尚且つ二人の話をよく聞いているからか、そうね、となまえは砕けた口調で呟くも、数秒経たずににこりと笑顔。
「バカとノーコン」
ピシッ、と二人は固まった。シンッとした空気が訪れる。パチパチと目を瞬くも、沢村は唇をゆっくりと開いた。
「それは……ただの悪口では……?」
「そ、そーだそーだー……」
「つか! ノーコンは確かにそうだから良いが、人をバカって言うな!」
「そ……バカは良いけどノーコンは駄目だと思う」
沢村に続き、降谷も力なく抗議する。瞬間、なまえの目の色が変わった。
「え? 何? 亮ちゃんから聞いていること略して素直に伝えただけなのに、なんでそんなことを言われなくちゃいけないの? 亮ちゃんの言葉を伝えただけなのよ? あの亮ちゃんの言葉を一字一句間違えずに教えてあげてるのよッ?」
突然、何もかもが変わる。なまえの勢いはどんどん増すばかりで止められず、沢村と降谷はいつの間にか体を小さくしふるふると体を震わせた――。
♪
先輩である前園健太と室内練習場で練習をしながら話をしていると、兄の亮介がふらりとやって来た。双子の妹であるなまえが見学に来ている、と聞き驚いた。一緒になまえのところへ向かおうとした時、監督の片岡鉄心に亮介は呼び止められた。監督と一部の三年生だけで簡単に今後の打ち合わせを行うらしい。亮介からなまえの好きなパックジュースを手渡される。後で行くからという伝言を預かると、春市は一人でなまえのもとへと向かった。
建物の角を曲がると、遠目で覚えのある姿が見えた。そのすぐ近くに友人たちも居る。だが、様子がおかしいことに気づいた。もう少し近くに寄ると、ギョッと春市は目を丸くする。どういう状況!? と驚き、慌てて三人のもとへと駆け足で向かった。なぜかはわからないが、仁王立ちしているなまえの前に仲良く並んで正座をしている沢村と降谷の光景がそこにあった。
「ちょ、何してるの!? ていうか、どうしてこんなことになってるの!?」
駆け寄るなり声をかけると、あらとなまえは凛とした声で春市を呼ぶ。
「奇遇ね、春市。ところで亮ちゃんはどこ?」
「相変わらず僕の言葉は無視なんだね。慣れているから良いけど……なまえ、今はこの状況がどういうことなのかを説明して欲しな」
改めて尋ねるとなまえは軽く息を吐き、実はね、と言った。
「二人が、亮ちゃんから聞いている自分達のことを教えて欲しいっていうから全部教えてあげたの」
嘘をついているわけではなさそうだが、沢村と降谷に視線をやると、余程厳しいことを言われたのかぷるぷると小刻みに震えている。顔は真っ青で、きゅっと唇は結んだままだ。目にはうっすらと涙の膜まで張っている。
「具体的にはどんなことを教えたの?」
「バカとノーコン。後、前に見た練習試合でのことをわたしなりに感じて思ったことと、亮ちゃんがいかに格好良くて素敵で素晴らしいかも説いてあげたの!」
「全部察した。ごめんね二人とも」
膝を折り目線を二人に合わせて謝るも、沢村と降谷は小刻みに震えたまま静かに唇を開いた。
「いや……俺達が悪かったんだよ、春っち。俺、バカだから……バカだから……」
「うん……ノーコンだから……仕方がないと思う……後、亮介先輩万歳……」
「降谷くん現実から目を背けないで!?」
急いで突っ込みを入れ、どうしたものかと考える。そういえば、と春市は手に持っているパックジュースの存在に気づいた。ツンッとした態度のなまえを呼び、はい、とジュースを差し出す。何よこれ、となまえは冷たい声で聞く。
「兄貴から。今、ちょっと監督達と打ち合わせをしているんだけど、それが終わったらすぐに戻るって言ってたよ」
伝言内容は少し嘘を混ぜたが、それでもなまえには効果覿面だった。大きな瞳をぱちりと瞬き、みるみるうちに表情を明るくさせる。亮介からの贈り物であるジュースをすぐさま受け取ると、亮ちゃんまだかなぁ〜、と鼻歌交じりに小躍りを始めた。亮介を待つのは良いが、その前に一つやるべきことがあるのではないかと春市は諭す。何だと言いたげな色を浮かべるなまえに、春市は未だ正座をしている沢村と降谷を指した。
小さくため息を吐くと、ねえ、と声をかける。ビクリと二人は体を大きく震わせた。
「まずは、あなた」
ビシッと降谷を指差しなまえは続ける。
「確かにコントロールとスタミナは今後の課題点ではあるけれど、バッティングセンスと持ち味の剛速球はとても素晴らしいわ。まあ、もっと後ろを信じて自分の持ち味を活かしたピッチングを続けて、体力とコントロールをつけていけば、最高の投手になれるんじゃない?」
厳しくも的確で、けれども言葉に先程までの攻撃性はない。降谷は顔を上げると、ポカンと口をあけた。
「で、最後にあなた」
続けて沢村を指差して話を紡ぐ。
「スピードとバッティングは今後の課題として、バックとキャッチャーを信じて投げるピッチングは見ていてとても心地良いわ。たくさんのことをこなすんじゃなくて、一つをもっと極めれば、あなたは素晴らしい投手になると思うの。これからも、まあ……亮ちゃんの次の次の次くらいに応援はしておいてあげる」
同じく沢村も顔をあげ、きょとんとした色をした。以上! と締めくくったと同時に、なまえが待ちに焦がれた亮介の声が聞こえた。亮介の姿をしっかりと確認するとなまえは駆け足で向かう。
なまえの後ろ姿を目で追いつつ、沢村と降谷はぽつりとこぼした。
「実は……良い奴?」
「……だと思う」
聞こえてきた呟きに、春市はくすっと笑ってしまった。妹は"そういう属性"であり、慣れるまでは少し苦労するが、慣れてしまえば面白くて楽しくて可愛らしい存在だ。だが、それを理解しているのは青道(ここ)では兄の亮介と春市だけである。みんなも早く気づけば良いのにと思う反面、これは自分達兄弟だけの内緒事であっても良いかもしれない――と春市は思った。
亮介となにやら楽し気に話をしているなまえの姿を見て、知らずと微笑みがこぼれた。
分かってもらえない愛情
(実は愛らしい属性なんです)
愛子||190331
(title=空想アリア)