気がつくと見知った天井がぼんやりとした視界に映った。じっと目を凝らし視点があってくると、次にふいと横を見る。すると、ちょこんと正座をしているなまえの姿があった。沢村は二、三度瞬きを繰り返す。なまえは沢村が目を覚ましたことに、あっ、と声を上げ次いでほっと安堵の息をこぼした。

「よかった、気がついたんだ」

言っていることがいまいち理解できないのか、沢村はちょいと首を傾ける。練習中に突然倒れたんだよ、となまえは説明した。ランニング中、降谷と競っていたのは良いがいきなり動かなくなりそのままぱたりと倒れたのだとなまえは続ける。熱中症等の症状はなく、平日の放課後だったため念のために急いで呼んできた保健医に看てもらったところ、疲れがピークに達したのだろうと診断された。疲れはの原因は、恐らく最近のオーバーワークの所為だろう。

「本当、びっくりしたんだから。まさか沢村が倒れるなんて思ってもいなかったし……馬鹿は疲れないっていうけど、塵も積もればなんとやらってやつなのね」
「さり気に酷くないっすか? ついでになんか言葉が違うようが気がするんですけど」
「気の所為じゃない?」

飲み物いる? と話を逸らしたなまえに、この人は……、と沢村は口の中で呟くも素直に頷いた。事前に用意していたらしいドリンクの入ったボトルをなまえから受け取り、沢村は体を起こすとベッドの端に腰掛ける。ドリンクを飲みながら、ここは自室だということを認識した。増子先輩がここまで運んだのよ、となまえは繋ぎ、念のために明日はまず病院へ行きなさいね、と保健医の言葉を伝える。当然、もう大丈夫だと沢村は言うが、監督の命令でもあるのよ、と付け足すと従うことを決めたのか少し間を置いてから、はい、と返事をした。

「それから、この後もちゃんと安静にいていること。良い?」
「子どもじゃねぇし、それくらい自分でもわかってますよ」
「オーバーワークしたくせに」

むぎゅっと沢村の頬をつかみ軽く引っ張る。ひっはんなよ! と沢村はなまえの手を払い抵抗した。

「てか、なんでなまえ先輩がここに居るんすか!?」
「沢村に付き添ってやれって監督に言われたから」
「俺、もう元気だし後はちゃんと寝ときますから、早くマネさん達の仕事手伝いに行ったらどうですか!?」

声を荒げる沢村になまえはふいと目を伏せ、バカ村、とぽつりと一言。もちろんその声は沢村の耳にも届いており、ドリンクを飲み干し空になったボトルをベッドの上に乱暴に置くと、聞こえてンすけど!? と顔を顰める。数秒と経たずになまえは上目で沢村を見ると、バカ村! と今度は大きな声で言った。だからっ、と少し身を乗り出し言い返そうとした時、なまえはぎゅっと沢村の首に腕を回して抱きついた。唐突な出来事に沢村は言葉を呑む。パチパチと目を瞬き、何が起こっているのかと、状況を理解するためになまえに視線をやる。一呼吸遅れて、えっ、とだけこぼした。

「……本当に、心配したんだから」

耳元で囁くように言うとなまえは腕に力を込める。更になまえと密着する形となり、沢村は目を瞬かせつつ固まっていた。なまえはそのまま口を閉ざし何も語らなかった。静かな部屋にあるのは二人の呼吸音と、自身の心臓が大きく鼓動する音だけのように沢村は感じた。声を振り絞って名前を呼ぼうとした時、なまえは静かに沢村から離れた。小さく息を吐くと、沢村の傍にあった空のボトルを手に取り立ち上がると、がちゃりと部屋のドアが開いた。

「お、目が覚めたか!」

と姿を現したのは泥だらけのユニホームを身にまとった倉持だった。案外元気そうじゃねぇか、とその後ろに居た御幸が続ける。沢村を見るなり、同行していた春市も安堵の色を浮かべていた。

「呼びに行こうと思ってたところだったの。ナイスタイミング!」

先程のことはまるでなかったかのように、なまえは来客を指差し微笑む。沢村の様子を見に来た選手達に軽く沢村の容態を伝えると、なまえは今度は麦茶もらって来るよと残し足早にドアへと向かう。沢村はなまえの背中に目をやり何か言葉を掛けようとしたが、上手く唇が動かなかった。先輩、と呼び止めたつもりだったが声は出ておらず、なまえは外へと出て行ってしまった。心配させんじゃねぇよ! といつもより加減をして倉持は沢村の頭を叩く。ついさっきの出来事が脳裏から離れず沢村は鈍い反応をした。キレがないことに気づき、逆に倉持は動揺した。

「栄純君、本当に大丈夫?」
「あ、ああ。大丈夫だって、春っち」
「そう? なら、良いんだけど……」
「サンキュ、春っち」

心配の色を濃く出した春市は沢村の顔を覗き込むようにして見る。すると、沢村の頬が赤く染まっていた。首をかしげている春市とは逆に、御幸はふっと笑みを浮かべた。

「なまえの奴、何か知らねぇけど顔赤かったな。あいつも疲れがでたのかね」

やれやれと肩をすくめると、御幸は左右のポケットに両手を入れる。御幸の言葉に沢村はふと思った。部屋を出て行ったのは、緊張とも似つかないなんとも表現しがたいこの感情から逃げるためだったのかもしれない。一人だけで逃げ出したなまえの背中を思い浮かべ、先輩だってバカじゃん、とこぼした。


ひとりはさびしい ふたりはせつない
(なんだこの気持ち、初めてだ)

愛子||190331(title=さよならの惑星)