「なまえを見なかった? 外に出るって言ったのは良いけど、まだ帰って来てないのよ」
「見てないよ。他は探した?」
「校舎の方は幸達が見に行ってるけど、見つけたって連絡はなくて……グラウンドも探しに行ったけど、居なかったのよね」
本当にどこに行ったのかしら、と呟くとまだ探していない場所に行く言い小湊に背を向けた。なまえを見つけたら捕まえておいて! と残し、貴子は走り去っていった。
貴子と同じマネージャーのなまえは自由奔放なところがある。仕事はきちんとこなすのだが、気がつくと居なくなっていたり他事をしていたりする。今日も奔放癖が発揮したのだろう、いつものことだと思いつつも何故か放っておけず、ジュースを飲み干しゴミ箱の中に投げ入れると小湊は散歩がてらになまえを探すことにした。
歩きながら午後練後は何をしようかとぼんやり考える。寮の裏側にまわる為、角を曲がろうとした瞬間、覚えのある声が聞こえた。
「良い天気で寝ちゃいそうになるね〜」
と、小声だが弾んだ声音が言う。こっそりと角から顔を出し覗き見ると、探していた人物――なまえの姿があった。地面に両膝をつき、視線を下に向けなにやら楽しそうに話し続けている。
小湊は音もなく背後に歩み寄ると、片腕を上げると同時に軽く手を下ろしなまえの頭に手刀を落とした。なまえは驚き急いで振り向く。真後ろに立っていた小湊を見上げ一瞬固まるも、急いで何かを隠す素振りをした。だが、それもむなしい努力でなまえの背からひょこりと可愛らしい子猫が顔を出した。
「……猫?」
「あーっ、駄目だよもう!」
がくりと肩を落とすなまえとは裏腹に子猫はニャーと鳴き姿を現す。どういうこと? と状況説明を求めると、なまえは目を逸らしたがすぐに小湊を見据え、えっとね、と話し始めた。
二週間ほど前にたまたまこの場所で子猫を見つけ、それからというもの時間の許す限りこっそりと会いに来ているのだという。外へ出ていたのも子猫の餌を買う為に近くのスーパーへ行っていたのだそうだ。貴子の声が聞こえた時は焦ったとなまえは結んだ。
子猫は随分と懐いているらしく、なまえに体をすり寄せ触って欲しいとアピールする。なまえはほわんと表情を緩めると、子猫を優しくなで始めた。こんなみょうじ初めて見た、と小湊は思う。案外可愛らしいところもあるのだなと口の中で呟いた。
「飼ってるなら言えば良いじゃん」
なまえと子猫の傍に行き小湊は片膝をついて屈む。子猫はじっと小湊に目をやりちょいと首をかしげる。なんか言い難くて、となまえは少し困った色を浮かべて答えた。変なみょうじ、と小湊は小さく笑った。
「ねえ。この猫、名前は?」
「名前?」
突然そう問われなまえは考える。もしかしてないの? と言うと、なまえは言葉に詰まりつつもぎこちなく頷いた。
「なんか、良い名前が思い浮かばなくて……」
「いつもなんて呼んでるの?」
「猫さん」
「そのまんまじゃん」
恥ずかしそうに体を小さくしたなまえに小湊はくすくすと笑う。子猫は少し警戒心を解いたのか、小湊の方にゆっくりと近づいた。大丈夫だよ、と一声かけると小湊はそっと子猫に触れた。
「お前も"猫さん"なんて名前は嫌だよね?」
すると子猫は返事をするかのようにニャーと鳴く。小湊と、頭を撫でてもらい気持ちよさそうにしている子猫と交互に見やるとなまえは頭を捻った。
「名前、かぁ」
思い浮かばないのかなまえはうーんと唸る。この際さ、と小湊は口を開いた。
「なまえで良いんじゃない?」
「やだよ! ていうか、もっと可愛い名前の方が猫さんも嬉しいよね!?」
「確かにみょうじと同じ名前は流石に嫌だよね」
「え、小湊くんさり気に酷い」
冗談だって、と小湊は添えるがなまえはむっと顔を顰める。なかなか良い名前が浮かばず、二人はどうしようかと悩む。そろそろ午後練の時間も近いはずだ。この話はまた後でにしようと小湊が思った時、そうだ、となまえは言った。
「ハルはどうかな?」
「ハル?」
そう、となまえは笑顔する。それって、と小湊は思った。
「春市からとったの?」
「……拝借しました」
やはりと小湊は肩をすくめる。よりにもよって何故、弟の春市からとるのかと思う。だって、となまえは目を伏せるなり続けた。
「春市くんはわたしの可愛い後輩だし……小湊くんにとっては大事な弟でしょう? お互いの"大事"から名前をつけようかなって思って……」
視線を上げ小湊を瞳の中に映すと、やっぱり駄目かな? となまえは不安気に問いかける。小湊は軽く息を吐くとお前はそれで良いのかと猫に尋ねる。すると猫は返事をするかのようにニャーと鳴いた。猫が決めたのであれば仕方がない。
「良いよ、ハルで」
「わっ、本当!? やったね春!」
ニャーと猫はもう一度鳴きなまえに擦り寄る。猫とふれあうなまえの姿に、小湊はもう何も言えなくなった。しかし、ふとあることを思いつく。弟の名前を勝手に使うのだからこれくらいは聞いてもらわなければと小湊は考えた。
「ねえ、みょうじ。春市の名前を勝手に使うんだし、俺から一つお願いがあるんだけど」
「え!? 勝手って……小湊くんも良いって言ってくれた、よね?」
「それはそれ、これはこれ」
ニコリと笑う小湊になまえは、えええ……、と嫌な予感を過ぎらせる。一体何を言われるのかと想像をしただけで苦い表情を浮かべた。そんななまえに小湊は、あのさ、とお願いを告げる。
「今度、ハルに会いに行くときは俺にも声をかけてよ」
想定外のお願いになまえはきょとんとした色を見せ、パチパチと目を瞬く。嫌なら春の名前は今からでも使用は却下だと付け足すと、なまえは急いで首を縦に振りもちろんOKだよ! と了承した。
「じゃあ、ハルのことはわたしと小湊くんだけの秘密ね」
近いうちにばれてしまいそうな気はするが、秘密を二人で共有するのは悪くはない。じゃあよろしく、と小湊は利き手の小指を差し伸べる。なまえは顔を綻ばせると、同じように利き手の小指を差し伸べ、小湊の小指に絡めた。
ロリポップの秘密
(俺とみょうじと、そしてハルだけの内緒事)
愛子||190331(title=星屑Splash!)