二時間目の小休憩に入ると、なまえは机にかけていた小さな紙袋を手に持ち急いで教室を出た。廊下を早歩きで渡り、角を曲がると階段を急いで上る。一気に駆け上がり屋上の扉に手をかけるとぐっと押し開けた。

「遅ぇぞ!」

と、先に屋上に上がっていた伊佐敷が声を張る。ごめんごめん、となまえは謝ると伊佐敷の傍へと駆け寄った。

「これ、有難う。すっごく面白かった!」

伊佐敷に紙袋を手渡しなまえは感想を添える。紙袋の中身は外からは見えないように色のついたビニール袋の中に入れられており厳重にされてあった。伊佐敷は受け取ると、続きは? と聞く。なまえは是非と頷いた。

「それにしても、伊佐敷が少女マンガ好きとは意外だ」
「好きで悪いかよ」
「悪くないよ。むしろわたしは同じ少女マンガ好きが近くに居てくれてすっごく嬉しいって思ってる」

いつだったか野球部のメンバーと好きなマンガの話になったとき、伊佐敷が少女マンガが好きだと言ったことで話は弾み、しかも家族の影響を受けてというところまでそっくりで二人はすっかり意気投合した。週替わりでお互いのオススメの本を貸す、というのが最近の二人の習慣となっていた。中に前の続きもいれてるよ、と伝えると伊佐敷は喜んだ色を見せた。借りた本の感想を話している時、なまえはハッと何かを思いついたかのか、ねえねえっ、と伊佐敷に言った。

「どうしてもやりたいことがあるんだけど……聞いてくれる?」
「やりたいこと? 何だよ」
「壁ドンしたい」

ブッと伊佐敷は勢いよくふき出す。借りた本にメインキャラクターの男の子が主人公に迫り、今流行りだという壁ドンをしているシーンを見てどうしても再現をしたいと思ったらしい。馬鹿だろと伊佐敷は呟く。いいじゃんっ、とこれでも乙女なのだとなまえは主張しむすっと頬を膨らませる。

「……つか、今なんつった? されたい、じゃねぇのかよ」
「されるより、したい」

真顔で答えるなまえに伊佐敷は急に目眩にでも襲われたような気がして片手で額を押さえた。少女マンガが好きな割に、なまえは時々想像もつかないことを発言する。友達としろよと返すと、断られた、となまえは即答した。既に実践しようとしていたらしく、伊佐敷は努力だけは認めることにした。しかし、断られた先に自分を頼るのはどうしたものかと思う。嬉しい気持ちと、普通は男が迫る方をするもんだろう、という複雑な感情がぐるぐると心の中で渦を巻く。
駄目? と寂しそうに上目で伊佐敷に問う。そんな顔をされて断れるはずはなく、伊佐敷は渋々と従うことにした。わかった、と返事をするとなまえはぱあっと顔を明るくする。そして、さっそくと言わんばかりになまえは伊佐敷の腕をとると足早に壁際へと寄った。
なまえの言うとおり伊佐敷は壁に背を預ける形をとった。しかし、このままだと身長差がある為、ちょっとしゃがんで、と手でなまえは合図する。伊佐敷は小さく息を吐くなり素直に従いその場に座る。わくわくとした表情を浮かべ、なまえも膝を折り伊佐敷と同じ目線になった。

「それじゃあ、するね?」
「お、おう」

今から実践されるそれに知らずとお互いに緊張する。なまえは静かに深呼吸を一つすると、利き腕を伸ばす。伸ばした腕は伊佐敷の顔に触れるか触れまいかの位置にあり、なまえの手のひらには冷たくて硬いコンクリートの感触。ふと伊佐敷となまえは目が合う。お互いの距離は想像していたよりも随分と近くにあった。二人は固まったまま瞬きを繰り返す。しかしすぐに、今の状況に耐え切れなくなったのかなまえはふいと顔を逸らした。

「な、何照れてんだよ。テメェがしたいっつったんだろ、壁ドン」
「いや、そうなんだけど……こ、こんなに恥ずかしいとは思わなかった……というか、死にたくなってきた」
「お、俺だって同じだバカヤロウッ」

頬に熱は上り二人して顔を赤く染める。一呼吸置いてから、ごめん、となまえは謝ると伊佐敷から離れようとした。

「……なあ、俺もやりてぇことがある」

と、伊佐敷は唐突に言うとコンクリートから手のひらを離そうとしていたなまえの腕を掴んだ。瞬間、腕を強く引くと、わっという声をとともになまえの体は伊佐敷の腕の中におさまった。ふわりと伊佐敷の鼻腔を良い匂いがくすぐる。なまえから借りたマンガの本に、メインである男性キャラクターが女性主人公を抱きしめた時、良い匂い、と心の中でつぶやいていたことを思い出した。本当にそうなのかとなんとなく思い、マンガの1ページを真似るようにしてみたのだが、その通りすぎて正直驚いた。しかもなまえの体はとても柔らかく、それでいて細かった。このまま強く抱きしめていれば骨が折れてしまうのではないかと思った。

「伊佐、敷……?」

耳元で囁く様になまえは伊佐敷の名前を呼ぶ。それだけでも伊佐敷の体には熱が上った。少し強く抱きしめると更になまえと密着する。耳を済ませると、鼓動の音が聞こえた気がした。高く早くなるその音はいったいどちらのものなのかはわからない。もしかしたら二人分の音かもしれない。
休みの終了を告げる予鈴までしばらく時間はあるはずだ。お前の所為だ、と心の中でこぼすと伊佐敷はそのまま瞼を閉じた。


体温急上昇中
(こ、これはどういう状況なんだろう……!? ていうか伊佐敷、離してくれないし……!)
(やべぇ……なんか眠たくなってきた……)

愛子||191020(title=好きになろうか)