「伊佐敷ー、ちょっと良い?」
「あ"? なんか用かよ」
なまえは抱えていた本をバッと見せる。出された本のタイトルをまじまじと見つめ、伊佐敷は興味なさ気に呟いた。
「"10分でなれるパーフェクトマッサージ師"――……なんだこりゃ?」
「タイトルのまんまなんだけど……」
あっそ、と伊佐敷は素っ気無く返すが、なまえはさもそれが普通だと言わんばかりにずいずいと話を進める。
「まあそういうわけで、マッサージさせて!」
「いや、訳がわかんねぇよ。どういう訳だコラ」
「あ、机の上に寝てくれても良いよ?」
「誰が寝るか!」
「じゃあそのままで良いや。肩触らせて」
返事を待たずに、まだ片付けてもいない机の上に本を置き、なまえは伊佐敷の後ろに回るとそっと両肩に手を置く。突然触れられたことに伊佐敷は大きく体を震わせる。やめろっつってんだろ! と悪態をつくも、それ以上文句は言わず、なまえのやりたいようにさせた。
利き腕の肩のツボをぐっと指で圧される。しかし、伊佐敷にはそれが圧しているように感じられなかった。何度か場所を変えたりし、ぐぐっと圧されるも、果たして伊佐敷には気持ちが良いとは思えなかった。
「……遊んでンのか?」
「えっ、すごく頑張って圧してるんだけど……っ」
「……くすぐってぇ」
えーっ、となまえ顔を顰め、肩から手を離す。
「増子さんとか倉持くんとかは気持ち良いって言ってくれたのに……」
突然上がった二人の名前を聞き、伊佐敷の耳はぴくりと反応する。鋭い目つきでなまえを見やり、おい、と問いかけた。
「もしかしてお前、二人にもマッサージしたのか?」
「うん。昨日の夜にこっそり寮を抜け出して、部屋にお邪魔した」
夜の十時くらいじゃなかったかなー、となまえは続ける。伊佐敷は腕を組み、ただ黙って話を聞いていた。増子はともかく倉持のことだ、なまえが来たことで密かに舞い上がっていたに違いない。変なことは恐らくしてはいないだろうが、当の本人がされたことに気づいているか、正直不安なところでもある。
「沢村くんも気持ち良いって言ってくれたよ。それに沢村くん、マッサージの途中で寝ちゃったの!」
沢村の寝顔を思い出したのか、ほわんとした和やかな声音で、可愛かったよー、となまえは言うが伊佐敷の顔には苛々が増している。たまたま通りかかりその表情を見た者は、ひっと声を上げ後ずさりをする程だった。クラスメイトの大半が伊佐敷から距離を取り出したころ、雰囲気がおかしいことにようやく気づいたなまえはひょいと伊佐敷の顔を覗き込む。そして、ありゃ、とこぼした。
「伊佐敷、顔が怖くなってる」
「あぁ"っ!? 別に普通だろうがッ」
「いやいや、閻魔大王みたくなってるって」
「誰が閻魔大王だコラァッ!?」
吠える伊佐敷を指さし、自分のことだよー、と腹を抱えて言う。ケラケラと笑っているなまえの手を、伊佐敷は突然握った。なまえは瞬時に笑うのを止め、きょとんとした色を見せる。どうしたの? と首をかしげると、伊佐敷は少し口を閉ざしたもののすぐに舌打ちをした。
「……なんでもねぇ」
「なんでも無くなかったら、こんなことしないと思うけど」
握られている手に視線を落とし、そうでしょう? となまえは付け足す。伊佐敷は乱暴に後頭部を手で掻くと、マッサージの練習、とゆっくりと口を開いた。
「今度からは俺が練習台になってやっから、あいつ等ンとこにはもう行くな」
手を強く握りなおし、伊佐敷は真っ直ぐな瞳の中になまえの姿を映し告げる。
「俺以外の男には、もう触るんじゃねぇ」
シンッとした空気が訪れる。教室に居た者達はいつの間にか話すのをやめ、じっと伊佐敷となまえの二人の行方を見守っていた。程なくして、なまえは顔を赤く染めるなりはにかんだ。
真っ赤な顔した君
「じゃあ次からはガンガン触っていくから、覚悟してね!」
「お、おう! 来いやコラァッ!」
「大好きな伊佐敷の為に、マッサージ覚えようと思って正解だったよ!」
「そうかよ! ……えっ?」
愛子||150522
(title=空想アリア)