部活を終えた後も、結城哲也は一人自主練習をしていた。既に陽は暮れており、空にはそこかしこに星がちりばめられている。真っ暗なグラウンドには照明の光すらなくとても暗かった。グラウンドの端で結城はバットを振っていた。なまえは既に仕事を終え、制服姿でベンチに腰掛けぼうっと結城に視線を向けている。同じマネージャーの藤原貴子も一緒に残ろうかと申し出てくれたが、礼を言い断った。貴子はなまえ達を気にかけてくれたが大丈夫と告げ別れた。ぐうっ、と腹の虫が鳴る。軽くお腹を押さえ、我慢我慢、と呟いた。何度かバットが空を切った後、結城はゆっくりと姿勢を正し一息つく。なまえは用意していたタオルを手に取ると、立ち上がり足早に結城のもとへ向かった。

「お疲れ様、哲」
「ああ、ありがとう」

タオルを受け取るなり、結城は流れる汗を拭う。麦茶飲む? と聞くと結城は頷いた。なまえは一度ベンチへ引き返すと、置いていた鞄の中から麦茶の入ったペットボトルを取り出す。最初は冷えていたのだが、時間が経ってしまったからか温くなってしまっていた。傍へ戻り差し出すと、結城は微笑むと同時に受け取った。

「先に帰っても良かったんだぞ」
「仕事、残ってたから。先に帰れなかったの」
「相変わらず嘘が下手だな」

嘘じゃないよ、と目を逸らしつつ返すと結城は苦笑した。帰宅の仕度を終え、二人は並んでグラウンドを出た。寮に寄って行くかと尋ねると、今日は結城は首を横に振った。
学校を出るなり、唐突に、ぐうっ、となまえの腹の虫が鳴る。慌ててお腹を押さえるも、音は大きく結城の耳にも聞こえていたらしいく小さく噴出した。

「すまない、また帰るのが遅くなったな」
「哲が悪いわけじゃないよっ。そ、それに今ダイエット中だから、全然平気だし!」
「だから嘘をつくな」

優しく諭されなまえは口を噤む。その時、ぐうっという音が聞こえた。音は結城の腹からで、人のこと言えないじゃんと笑う。腹をなでるなり、そうだな、と結城は頷いた。
角を曲がるとお互いの家が見えてきた。明日もおそらくこの時間の帰宅になるだろうと思い、なまえは夜食を何か作ろうと考えた。

「なまえ」

と呼ばれ、ハッと我に返りどうしたのかと上目で結城を見る。結城は前を見たまま続けた。

「明日もまた、帰る時間が遅くなるかもしれない」

わかってる、と心の中で応える。結城は歩調をなまえに合わた。

「俺はお前が見ているから毎日を頑張れる」

だから、と結城は言葉を繋いだ。

「必ず甲子園へ連れて行く。その時まで、なまえの時間を俺に預けてくれないか?」

なまえは歩みを止めた。結城も一歩前で同様に動きを止める。静かな空気が二人の間に流れた。
なまえはきょとんとした色を見せるも、すぐに軽く息を吐いた。

「今更すぎない? それ」

理解できずに居るのか結城はちょいと首をかしげる。もう、とこぼすとなまえは紡いだ。

「青道(ここ)へ入って、哲の後を追って野球部のマネージャーになった瞬間から、もう全部預けてるよ」

ふわりと微笑むと、そうか、と結城も優しい笑みを見せた。そっと結城はなまえに手を差し伸べる。なまえはその手をとり握った。
二人は再びゆっくりと歩き始めた。


何も気づかない君は鈍感、それとも策士
「ねえ哲。軽く食べるなら何が良い?」
「そうだな……軽くならおにぎりが良いんじゃないか?」
「じゃあおにぎりにする」
「何の話だ?」
「……鈍感」

愛子||150524
(伊佐敷先輩達が自主練習に合流する前の話)
(title=かなし)