委員会の都合で部活に遅れてしまった。まずは監督とマネージャーの皆に謝る為に、制服のままグラウンドへ向かう。その途中、水道の傍にマネージャーの藤原貴子達が居た。ちょうど良かったと思いまずは貴子達に謝るためにそちらへ足を向ける。せんぱーい、と声をかけ手を振った瞬間、きゃあっ!? という悲鳴とともに冷たい何かがかかった。歩みを止め、なまえはぽかんとした表情を見せる。一体何が起こったのかと、まずは状況を整理しようと思った。冷たい何かは、未だなまえにかかっている。
目の前には驚いた色を見せ、口だけをぱくぱくと動かしている貴子達と、緑色のホースの端を狭めたままこちらに水を出し続けている一年生の吉川春乃の姿。程なくして我に戻った貴子達が、こらぁ! と春乃を叱りだした。春乃は急いでホースの口を横に逸らし、慌ててなまえに頭を下げる。全身びしょ濡れとなったなまえはもう怒る気すらなく、いいよいいよ、と苦笑いした。

「と、とにかくっ。風邪引いちゃ困るし、着替えてきなさい! こっちのことは良いから! あ、後、監督には事情を説明しておくわ」

委員会で遅れたってことも言っておくから、と貴子は付け足す。なまえは礼を告げると、くしゃみ混じりにタオルや体操着諸々を置いている女子更衣室へと足早に向かった。途中、室内練習場の近くを通る。その時、一年生投手陣と打ち合わせを行っていたのか、背伸びをしながら室内練習場から滝川・クリス・優が出てきた。出てくるなり練習場から、師匠〜!! と叫ぶ沢村栄純の声が響く。どうやら他校の偵察に行くらしく、クリスは制服姿だった。やれやれと肩をすくめるなり、なまえに気づいたのか片手を挙げた。しかしすぐに異変に気づき、急いでなまえのもとへとやって来た。

「な、何かあったのか!? ずぶ濡れじゃないかっ」
「あー……ええと、実はかくかくしかじかで……」
「……さっぱりわからん」

色々とありまして……、となまえは腕を組みうんうんと頷く。じっとなまえを見つめ、クリスは口を閉じた。頭の上から足の先までまじまじと見つめると、何も言わずになまえの手を取り歩き出した。強く手を引かれ、えっ、となまえは驚くも後に続く。

「クリス先輩、更衣室は逆方向なんですが……」

声をかけるもクリスは答えず黙って歩く。なまえは困り、先輩……、と呟くようにして呼んだ。誰にもすれ違わずにやって来たのは青心寮で、クリスはまっすぐ自室へと向かう。何故ここに連れてこられたのだろう、となまえは疑問符を浮かべた。部屋の中へ連れ込まれ、ちょっと待ってろ、と閉めたドアの前になまえを待たせた。クリスは自身のタンスを開けスポーツタオルを取り出すと、ほら、となまえに投げてよこす。

「それで拭け。風邪を引いたら困るからな」

なんとか受け取り、ありがとうございます、と返すと言われた通りにする。乾いたタオルはよく水気を吸い取ってくれた。

「それから、一応これを着ておけ」
「これって……先輩のジャージじゃないですかっ」

更衣室まで走りますから、と遠慮するも、いいから着ろ、とクリスに学校指定のジャージの上着を差し出される。

「け、けど、このまま着てしまったら濡れてしまいます……!」

そう言うとクリスは小さく息を吐いた。

「お前、今の自分の姿をわかって言ってるのか?」
「わたしの姿……?」

ふいと視線を下にやり、十秒と経たないうちになまえの顔は真っ赤に染まった。夏服の半袖ブラウスは生地が薄い為に、中に着ているキャミソールの色がしっかりと映っている。濡れている所為もあり、下着の形がくっきりと浮かび上がってしまっていた。慌てて自分を庇うように両腕で強く自身の体を抱きしめると、なまえはふるふると体を震わせた。
恥ずかしさのあまりに穴があったら入りたいと心の中で呟きながら、なまえはゆっくりとジャージを受け取った。クリスはなまえの肩にかかっているタオルを手に取ると髪をくしゃくしゃと拭った。

「ク、クリス先輩っ。も、もう大丈夫ですよ」

避けようとするもそれは出来ず、クリスのなすがままだ。ふとクリスは動きを止めると、こつんとなまえの額に自身の額を押し当てた。あまりにも近くにクリスの顔があり思わず息を呑む。知らずと緊張し、体は硬くなった。

「もう少し、自覚しろ」

自覚? と口の中で復唱し上目でクリスに尋ねる。クリスは、今度は深く息を吐いた。

「誘っているようにしか見えないぞ?」
「さ、誘っ!?」
「冗談だ」

ますます顔を赤くしたなまえにクリスは喉の奥でくつくつと笑う。あわあわと困り始めたなまえの唇に、クリスは不意打ちで触れるだけのキスを一つ。唇に触れたものの正体に気づいたのは数秒ほど時間を置いた後で、なまえは目を見開いた。

「無防備すぎだ。少しは身を守ることを考えろ」

そう言うとクリスはそっとなまえから離れ、くるりと背を向けると、早く着替えるんだ、と一言。なまえの胸は早く高く鳴り、クリスの大きく広い背中をじっと見つめると、さらに頬に熱が上った。クリスのジャージをきゅっと握るなり、顔を隠すようにして押し当てた。


キスの反対の言葉
(まったく、世話の焼ける奴だ)

愛子||150527
(title=tenuto)
(当初は御幸で書いてましたが急遽変更。クリス先輩にわしゃわしゃされたくて…!)