唐突に懐かしいことを思い出した。それは昔――まだ幼い頃の記憶。とても偉大な、今は亡き魔術師である両親の背を、"魔術"というものの本質をまだ理解せず、がむしゃらに追いかけていたときに起きた不思議な体験。
家族で父の知り合いを訪ねて数日間、イギリスへ渡っていた日のことだ。着いた当初は子どもの自分を楽しませるために、色々なところを知り合いのガイドのもと訪れた。日本では見たことのないきれいな町並み、西洋の城、そしてその知り合いの住んでいるところから少し離れた場所にある修道院。有名な王様のお墓だと父に教えてもらったが、当時はよくわからずに文化が違うにも関わらず手を合わせ、皆を苦笑させた。
その日の夜、両親達は話し合いがあるとか何とかで、一人はやくに就寝させられた。最初は疲れで眠っていたものの、途中、ふと目を覚ました。暗くて広くて大きな部屋に一人ぼっちだったのが寂しくて怖くて、泣くのを必死にこらえて両親を探し始めた。きっとまだ食堂にいるはずだと思い、重量のある木造の扉を開き長い廊下へ出た――はずだった。
えっ――、と眼前の景色に目を見張る。青空と、美しい花畑が広がっていた。無意識に一歩前へ進むと、草花の感触が素足に伝わり息を呑む。帰らなくちゃと振り返るが、扉はどこにもなかった。
夢か現かの判別もつかず、震える声音で両親を呼びあたりをくるくると回る。しかし、応える者はなく、ただ風のざわめきが草花を揺らす音が聞こえるだけだった。
とうとう耐えられなくなり、我慢していたものが一気に決壊しそうになった――時だった。
「君、こんなところで何をしているんだい?」
やさしい、それでいて心底驚いた声音でどこからか問いかけられた。声のした方を向くと一人の騎士――のような姿だった気がする、ここはぼんやりとしか記憶に残ってはいない――が立っていた。
一人ではないということを知り安堵した瞬間、箍は外れ大声とともに両頬に勢いよく涙は伝い落ちる。ただただ泣きじゃくっていると、騎士は傍に来るなり片膝をつく。くしゃりと頭を撫でられ、何か言葉をかけられたような気がしたが、泣くことに精一杯だった。すると、ふわりと身体が浮いたかと思うと、騎士に抱き上げられていた。ぎゅっと抱きしめられ、身体を軽く揺すられる。
「マーリンが悪戯でもしたのかな? 全く、彼女は酷い魔術師だね」
と耳元で騎士は囁く。どこからか、私はなにもしてないぞぅ! と女性の声が聞こえた気がしたが、あまりに心地の良い声と感覚に自然と涙は止まった。しゃくりを上げつつも泣き止んだのを確認して騎士はにこりと笑顔する。
「君はどこから来たのかな? 此処は人間(ひと)の身では辿りつけないはずだが……」
騎士はじっと顔を見てくるなり、なるほど、とこぼした。
「小さいながらにその身に纏う魔力……君は偉大な魔術師となる素養があるね」
まじゅつし、と拙いながらも復唱すると騎士は頷く。
「どうして此処へ来てしまったのかはわからないが、これも何かの縁なんだろう。もし、君が強大な悪(もの)に立ち向かわなくてはならない時が来たら――力になることを誓おう」
「……ほんとう?」
「ああ、約束だとも」
朗らかに微笑む騎士に知らずと表情は緩み、やくそくねっ、と小指を伸ばす。片腕で器用に抱えなおすと、騎士はそっと小さな小指に自身の小指を絡めてくれた。心がぽかぽかと温かくなり、同時にうれしくて満面の笑みを浮かべる。
――刹那、ざあっと強い風が吹いた。
驚いて強く目を閉じる。風は止み、音も聞こえなくなり、温かな感触も感じなくなった。
恐る恐る瞳を開けると、見覚えのある景色が広がっていた。花畑はなく、整備された道と被い茂っている木々に点々と立ち並ぶ西洋風の家。騎士の姿を求めて辺りを見回すもどこにも居ない。おにいちゃん? と呼ぶと同時に、背後から叫びとも似つかない、母の呼び声。振り返ると、両親とそして知り合いが血相を変えて傍へとやって来た。何が起こったのか、と聞かれたがわからない。否、答えようがなかった。
知り合いはなにかに呼ばれたのではないかと言っていたが、結局最後まで――、両親が生きているうちに原因は解明できなかった。
誰も知らない場所で交わされた小さな約束。
幼い自分とあの時出会った騎士しか知らない、秘密の出来事。
それは、ごく小さな特異点だった。
だからいつも傍でがんばっている同期の藤丸立香ではなく、自分が行くと立候補した。ダ・ヴィンチ曰く、そこまで危険な特異点でもなさそうだということで、それなら尚更、立香を休ませるためにも自分が行くと告げた。
心配をしてくる立香と後輩であるマシュ・キリエライトに満面の笑みを浮かべ、任せておけと胸を叩く。立香とマシュは顔を見合わせた。一緒に人理修復を行ったから実力を知ってはいるものの、やはり向かう先が特異点ということで心配だという色を浮かべていると、それじゃあこの件は彼女に任せようじゃないか! とダ・ヴィンチが仕切ってくれた。なまえは立香とは違い、サーヴァントと契約をしていない。否、正確にいえば様々な英霊を前にしても何故か令呪が宿らず契約をすることができなかったのだ。その為、立香一人では補いきれない魔力供給をダ・ヴィンチ特製のある装置を身につけて行っている。マスターではないが、今回の件についてはいつも供給してくれてる礼だということでモードレッドが同行をしてくれることになった。
無理をしないでくださいね、と気にかけてくれるマシュに大丈夫だと告げる。レイシフトの準備が始まり、そういえば一人で特異点へ赴くのは初めてだなと唐突に思った。
俺が居るんだから安心しろよなまえ! とバシバシと背中を叩いてくるモードレッドに、頼りにしているわ騎士様、と返す。モードレッドは気を良くしたのか、おうよ! と歯を見せた。
行ってらっしゃい、という立香の声を背に受けて静かにまぶたを閉じた。
そうして――目を覚ますなり思ったのが。
(どうしてこうなった)
一緒にレイシフトをしたはずのモードレッドは傍に居ない。
冷静になれ、と口の中で呟き辺りを見回す。景色はバビロニアの時に見た風景に似ている。
落ち着け落ち着けと軽く頭を振り、こういうときこそカルデアに通信をして座標を特定してもらいサーヴァントの位置を掴めば良い。――はずだった。
(誰か嘘だと言って……)
まさかの事態に頭を抱えそうになる。自分はこんなにも不運だったかと悲しくなった。通信機でカルデアに呼びかけるも返答はない。なまえ先輩、と響くはずのマシュの声の代わりに聞こえたのは、殺意と食欲でいっぱいの悪に堕ちた獣の鳴き声。色で例えるなら赤と黒の、あきらかに不運な自分を狙っている獣のような敵の姿。
これはまずい、と身構える。今、どの礼装を身につけていただろうかと必死に頭を回転させた。
戦闘服――はこの間、ダ・ヴィンチにメンテナンスを依頼してからまだ返ってきていない。無意識に首から提げている供給装置であるロザリオに手をやる。
(そうだ、アニバーサリーがどうとかっていう礼装を着ているんだ!)
すべてが終わった時にダ・ヴィンチから送られた、立香とおそろいの礼装。しかしこの礼装では、得意ではないガンドを撃ってもあまり効果はないかもしれない。
それでも一か八か賭けてみるしかない。話の通じる相手ではなさそうだ。警鐘を鳴らす心臓に、軽く酸素を送る。その後は結果はどうであれ全力で走るだけだ。
意を決してガンドを放つ構えをした――時だった。
「――大丈夫かい、君。少し下がっていた方が良い」
背後から、優しい声音が言った。今は敵から目を逸らすわけにはいかない。声の言うとおり少し後退した。
「いい子だ、それで良い」
と、今度は耳元で聞こえた。瞬間、風が通り抜けたかと思うと庇うようして現れた見慣れぬ誰かの後姿。
ふッ――と瞬きよりも早い動作で打ち込み、敵を撃退させた。
敵の姿がなくなり安堵の息を吐く。助けてくれた誰かに、ありがとう、と礼を告げた。
「どういたしまして。怪我はないかい、勇気あるお嬢さん」
振り返った彼はフードを目深に被り、表情を伺いしれない。気にかけてくれる話し方、声音に敵意は感じられず強張っていた表情は緩む。
ふいに、何だか懐かしい気持ちになった。自分は目の前の彼を知っている。この地の獣と対峙しても失神せずに睨み返せるのはただ事ではないと関心している彼に歩み寄り、フードの下に隠れている顔を覗き込む。
嗚呼やっぱり、と思わず笑みがこぼれた。
「あの時の約束、守ってくれたんですね」
彼――否、あの時、花畑の中で約束を交わした騎士に懐かしさと、感謝と、そして嬉しさを込めて告げる。騎士は少し驚いた色をしたものの、以前にも感じたことのある魔力に遠い記憶を蘇らせたのか、まさかとフードを脱いだ。
「君は……あの時、アヴァロンに居た少女なのかいっ?」
あの花畑はアヴァロンという場所だったのかと知る。もしかしてこの騎士は――、と話の先を継ごうとした時、物音がした。先程と似た獣が群れをなし、二人を囲むようにして突然に姿を現した。騎士は声を落とし、獣の群れとそれを率いる王が近くに迫っておりそれらを倒す為に警戒をしていたのだと簡潔に説明してくれた。どうやら目の前に現れたのは、果たして騎士の目的としていた獣の群れとその王だった。
すまないが時間がない、と騎士は軽く息を吐くとなまえに向き直る。
「良ければ一緒に戦うかい? ――否、共に戦おう。再び出会えたこの奇跡……君となら私は――いや、僕は本気で戦える」
右手の甲に焼けるような、チリッとした痛みを感じるも、今は気にしている場合ではない。眼前には群れを成す獣とその王。今回の特異点の原因はこの獣の群れかもしれないのだ。
小さく深呼吸をすると、なまえは騎士の隣に並んだ。
「そういえば、自己紹介をしていなかったですよね。わたしはなまえです」
「僕はセイバー。真名はアーサー・ペンドラゴン」
セイバー――否、アーサーの名前を復唱する。一瞬、覚えのある姿が脳裏をよぎったが軽く頭を横に振った。
「お兄ちゃん、じゃなくて、アーサーって呼びますね。一緒に戦いましょう、アーサー!!」
「ああ。では、なまえ。共に――荒ぶる群獣(ぐんじゅう)の討伐といこう!」
もう一度、出会えた運命に感謝をし、騎士となまえは一斉に襲い掛かってきた敵に立ち向かった。
刹那と永遠の調和
(この瞬間、彼女の運命は騎士王と共になる――)
愛子||180114
(title=空想アリア)
(最初は旧剣体験クエストに沿って話を書いていましたが路線変更。旧剣資料少なくて…似非ですみませんorz)