午前中から昼過ぎにかけてシミュレーターでマスターを交えたサーヴァント模擬戦が行われた。今回で三度目となる本日は、中国出身サーヴァントを中心とした紅白戦。人類最後のマスターである藤丸立香は白組、一度マスターを経験したことのある虞美人は項羽と蘭陵王の補佐を受けて赤組マスターとして立ちはだかった。太公望は立香を援護し、存分に力を振るうが相手側に哪吒が居た為、苦戦を強いられるも、最後は虞美人が面倒臭くなり全員突撃ガンガン行こうぜ! 作戦に切り替えてしまったのでカウンターで返り討ちし白組の勝利に終わった。
赤組は項羽と蘭陵王のもとシミュレーターに残り反省会を、白組はその場で解散した。
立香は自身の後輩でありファースト・サーヴァントでもあるデミ・サーヴァントのマシュ・キリエライトが居るメディカルルームへ向かうと言う。二人で昼食をとる約束をしているそうだ。流石に邪魔をするわけにもいかず、太公望はマイルームへ戻ると伝えて別れた。昼過ぎであれば彼女――自身の妻であるみょうじなまえももう起きている頃だろう。まだ食事をとっていないようであれば自分達も食堂へ足を運べば良い。
来て早々、魔改造してカルデアの面々に怒られた職員用マイルームへ慣れた足取りで戻る。部屋の扉を開けて、ただいま、と声を掛ければベッドの縁に腰掛けたなまえがこちらに顔を向けてにこりと笑った。

「お帰りなさい、子牙。模擬戦をしていたのでしょう? お疲れ様」
「――えっ」

ピタリと動きは止まりその場で固まる。思考も停止し唇から出たのはたった一言。なまえの腕の中には、赤ちゃんが居た。安心しきった色ですやすやと寝息を立てて眠っている。
はて、なまえに子どもは居ただろうかと停止したままの思考で考える。否、居ないはずだ。居るわけがない。何せ彼女は自分しか・・・・男を知らないのだから。

「子牙?」

じっと顔を見つめたまま動かないでいたからか、なまえが心配して声をかけてきた。ハッと我に返り軽く頭を左右に振り困惑しつつも、その子は? と太公望が尋ねれば、なまえは視線を下ろして快く応えた。
腕の中で眠っている赤ちゃんは職場ならぬカルデア内で結婚した職員の子どもだと言う。人理焼却という最中ではあったものの、人の営みは続くもの。人理を取り戻した翌日に夫婦は結婚し、新しい命を宿し、様々な事はあったが無事カルデアベース内で出産を果たした。出産時には医学に通じるサーヴァント達も居たし、白紙化した世界の中で誕生した奇跡の子とも呼ばれている。
育児も大切だが夫婦の時間も必要だ。息抜きがてら、育児をひと時だけでも忘れて夫婦で食事を楽しみたいと妻の方が勤務中にぽつりと漏らしていたのを耳にしたなまえは、今日の昼間だけでも赤ちゃんを預かると約束を交わした。今日がその約束日で、夫婦そろって食堂で昼食を楽しんでいる頃だと思うとも添えた。
話を聞き、太公望は密かに胸を撫でおろした。落ち着きを取り戻したところで力が抜け足元がふらついた為、なまえの隣に腰掛ける。
赤ちゃんに視線をやれば、ぐっすりと安心しきった様子で眠っている。随分と好かれているのが目に見えてわかった。
前にも、こんなことがあったなと太公望は静かに思い出す。あの時はなまえも仙女で、知り合いの子どもを預かっていると言っていたか。
なまえは、輪廻転生を繰り返していた元仙女だ。封神演義の派生作品では引き名で記されている太公望の後妻である。封神計画実行時より太公望と共に行動し、いつしか二人は惹かれ合い、物語の後半で正式に夫婦となった。だが、結末はどの作品も同じで封神寸前の妲己に致命傷を負わされ道連れにされる。本来であれば封神台へ収められるはずだったが、収める場所が無く、けれども身体から離れてしまった魂は戻れず、いつしか浄化される運命を待つしかなかった。しかし、なまえはそれを良しとせず、自身の力を使い輪廻を巡る旅へ立つ。
それはいつか、最愛の人との再会を願って。
獣の呪いを受けながら、何十、何百、何千と流転の度を続けるも、長い歴史の中で様々な苦痛を受け続け、いつしか心を閉ざしてしまった。こころも耐えきれなくなり、記憶と力を封印しての最初の流転が今――みょうじなまえだ。
封印は太公望が来てから少しずつ解けており、記憶も戻ってきている。二人が夫婦であり、探し求めていた最愛の人は太公望というのも魂で理解した。
呪いは、祝福へと転じたのだ。
なまえが特殊な魂の持ち主だというのは、カルデアベースに居る者は既に知っている。ちょっとした諸事情で太公望が召喚されたその日のうちに広まったのだ。その話は、今は置いておこう。

「ねえ、子牙。抱いてみる?」
「おや、良いんですか? こう見えて僕、なまえより子どもをあやすのが得意ですよ?」
「えー? 本当に?」
「ハハハッ、まァ任せてください!」

とは言ったものの、太公望には子育ての経験はあまり無い。子どもをあやしたのは生前でも随分と昔のことだし、前妻との間に授かった時もほとんど任せきりだったから、なまえから赤ちゃんを抱かせてもらったものの小さな温もりを感じると同時に自然と顔と身体が強張る。腕の中に居る赤ちゃんは本当に小さく、壊れてしまいそうな、そんな気がしてならない。それを見てなまえは小さくふき出した。

「子牙、力を抜いて」
「わかってはいるんですが……、」
「大丈夫」

なまえは太公望の膝の上に手を載せふわりと笑う。

「抱いただけで、壊れたりはしないから」

まるで心の内を読み透かした言葉に太公望は二、三度、目を瞬いた。なまえと腕の中ですやすやと眠る赤ちゃんを交互に見やると、程なくして不思議と今までの不安がどこかへ消え去っていった。身体からすっと力が抜け、自然と赤ちゃんを抱え直した。

「子牙、顔が緩みきってる」
「とても温かいので。影法師の身ではありますが、この小さな命も僕達は守っているんだな……と」

相槌を打つように小さく頷くなり、なまえはそっと太公望に寄り添った。突然のことにきょとんとした色を浮かべたが一呼吸あけてから微笑んだ。
いつか彼女と平穏で何気ない毎日を笑いあえる所帯を持てたらと考えた時期もあったか。それは終ぞ叶わぬ夢となってしまったが――。
忙しい中にも訪れる穏やかな時間を二人で楽しめるのならそれで良い。今はただ、それだけで幸せだと感じるのだから。

「ところで、なまえ」
「なぁに?」

名前を呼ばれ太公望を見るなり、何故か再び身体を固くしていた。あれ? と小さく首を傾げれば、太公望の視線は下へ向く。目線を下げれば、腕の中の赤ちゃんはぱちりと目を開けていた。じっと太公望を見上げ、数秒経たずにくしゃりと表情は歪み瞳に涙が溜まっていく。
これは大泣きするやつだ、と二人は瞬時に悟った。
案の定、赤ちゃんは大声を上げて泣き始める。太公望が一生懸命あやすも涙は止まらない。

「あれぇ!? 何でかなァ!?」
「ごめん子牙、私が抱くっ」

太公望の腕から赤ちゃんを抱え、今度はなまえがあやし始めた。生前によく口遊んでいた歌を紡げば、次第に泣き声は小さくなっていく。次いで聞こえたのは、赤ちゃんの嬉しそうな声と笑顔の花が咲いた。ほっと安堵の息を吐いたのはなまえだけではない。胸を撫でおろしたのは太公望も同じだった。
さて、起きてしまったしどうしようかと考えているとコンコンと扉をノックする音がした。なまえの代わりに太公望が出ると、赤ちゃんの両親の姿が。ひと時ではあったが二人はのんびりと出来たらしく、赤ちゃんを迎えに来たようだ。まさか太公望が応対してくれるとは露とも思わず両親は大きく口をあけて驚いた。後からなまえが顔を見せ、赤ちゃんはここだと微笑む。きゃっきゃっと喜んでいる我が子に任せて良かったと両親は笑った。ただし、太公望を見るなり真顔に戻りふいと視線を逸らしたのは皆で見なかったことにする。
母親の腕に赤ちゃんを戻し、無事にベビーシッター業務は終了した。両親と赤ちゃんと別れ、穏やかな時間が訪れる。さて、これからどうするかと考えている最中、ぐうっと誰かの腹の虫が鳴いた。鳴かせたのはなまえで、顔を赤くしてさっと腹を隠す。やはりまだ昼食をとっていなかったかと太公望はふっとふき出した。

「少し遅くなりましたが、僕達も食事にしましょうか」
「えっ。子牙、まだご飯食べていなかったの?」
「ええ、実はまだでして」

会話中にも腹の虫は元気に鳴り、照れ隠しにふいと視線を逸らす。さっそく食堂へ出発だと言わんばかりに太公望はなまえの手を取りマイルームを出た。指を絡めて握り直せば、なまえも照れたように応じる。
白紙化した世界での希望を守るのは人類最後のマスターと、その彼を助ける世界の記憶である影法師自分たち。世界だけでなく、此処に居る人々なまえを守るのも自身の勤めだと思っている。手のひらから伝わってくる熱を感じながら、一歩、また一歩と前へ進んだ――。


ぐるり、廻って
(この何気ない日々に、ありがとうを添えて)

愛子||220626(title=流星雨)