今年も夏がやって来た。
夏と言えば何かしら騒ぎが起きるのは必須。今回は北極圏にてスカサハ=スカディが聖杯を用い特異点を作り出し、マスターである藤丸立香、夏の霊基・霊衣となったサーヴァント数名とともに特異点へと赴いている。管制室に居たはずの新所長ゴルドルフ・ムジークはスカディによる強制レイシフトならぬ転移をさせられ何故か現地で指揮兼豪華氷割クルーザーの運転手となっている。
通信スクリーンに映る特異点は、なんとも楽し気で涼し気で夏らしく、それでいて目の保養となる映像ばかりだ。男性職員は見目麗しい水着霊基となったまたは夏の装いをしている女性サーヴァント達に釘付けで、女性職員は可愛らしい動物達に表情を緩ませっぱなしだ。オペレーター勤務のみょうじなまえもカルデアベースに残り、現地のマスターをサポートしている今回はお留守番のマシュ・キリエライトの補佐等をしつつ動物達の愛らしい仕草や光景に時折ほわっと頬を綻ばせていた。
「なまえさん、お先に休憩を取らせていただきありがとうございました」
交代しますねっ、と職員用の食事を摂り1時間の簡易休憩を終えたマシュが管制室の自席に戻って来た。休憩中に起きた現地の状況を引き継ぎ、特に大きな事は無かったと添えればマシュはほっとした色を浮かべる。
特異点は現状、大きな騒動等も無く解決へ向かっている――と思う。前科ある蘆屋道満が怪しいと皆、予想はしているのだが……今のところ怪しい動きはないので目を瞑っている。もしかしたら、裏で糸を引いている者がいるのかもしれないが。
さて、と自席を立ち軽く伸びを一つ。今日の職員定食はどんなメニューがあるのだろうと既に休憩モードへ入った頭で考えていると、なまえさん、とマシュに呼ばれた。
「太公望さんから伝言を預かっています」
「子牙から?」
ぱちりと瞬き一つし、ちょいと首を傾げる。ライダー霊基で召喚された太公望も確か、立香達とは別行動で例の特異点へ赴いていたはずだ。調査、というよりも今回は現地を楽しんでいたように思うが――そこは敢えて口を噤む。マシュ曰く、管制室へ戻る途中、廊下ですれ違ったらしい。伝言の内容を聞くと、食堂へは寄らずにまっすぐマイルームへ来るように、とのこと。何も食べずに帰ってくるようにと繰り返し言っていたそうだ。伝言ありがとう、とマシュに礼を告げなまえは管制室を出た。
なまえは輪廻転生を繰り返していた元仙女だ。封神演義の派生作品では引き名で記されている太公望の後妻である。封神計画実行時より太公望と共に行動し、いつしか二人は惹かれ合い、物語の後半で正式に夫婦となった。だが、結末はどの作品も同じで封神寸前の妲己に致命傷を負わされ道連れにされる。本来であれば封神台へ収められるはずだったが、収める場所が無く、けれども身体から離れてしまった魂は戻れず、いつしか浄化される運命を待つしかなかった。しかし、なまえはそれを良しとせず、自身の力を使い輪廻を巡る旅へ立つ。
それはいつか、最愛の人との再会を願って。
獣の呪いを受けながら、何十、何百、何千と流転の度を続けるも、長い歴史の中で様々な苦痛を受け続け、いつしか心を閉ざしてしまった。
封印は太公望が来てから少しずつ解けており、記憶も戻ってきている。二人が夫婦であり、探し求めていた最愛の人は
呪いは、祝福へと転じたのだ。
長い空白を埋めるかのように、二人はなるべく一緒に過ごしている。
天邪鬼な性格なら食堂経由でマイルームへ戻るのだが、念押しして真っ直ぐ帰ってくるようにと言っていた程だから何か用意しているのだろう。
いつもより人通りの少ない廊下を足早に歩きマイルームへ。扉が開くと同時に、良い匂いが鼻腔をくすぐった。
「おかえりなさい、なまえ」
「ただいま、子牙」
早く中に入るようにと太公望に促される。テーブルの上には様々な食べ物が置いてあった。焼きそば、ホットドッグ、クレープ等々、勤務中にスクリーンの端に映っていた屋台のものだ。
嗚呼、なるほど。だから食堂へは寄らず真っ直ぐに帰ってくるようにと言っていたのか。調査という名の特異点散策を楽しみつつ、自分にも気を使ってくれる。彼の優しさに思わず笑みがこぼれた。
休憩時間は少ない為、さっそく食事をいただく。紅閻魔が出店した焼きそば店で大行列が出来る意味もわかり、美味しい以外の言葉が出てこない。
特異点の情報を推測を交えて共有し話し合う。互いに真相を掴めてはいないが予想は出来る。今回も解決まで多少時間はかかるだろうが、今までどんな困難も乗り越えて来た人類最後のマスターと、彼を支える太公望含む英霊達とカルデアスタッフが居るのだ。だから、大丈夫という信頼があった。
デザートにエミヤ特製クレープを最後に平らげ、ごちそうさま、と感謝を込めて食事を終えた。
「そうそう、もう一つお土産が」
テーブルの上を片付けていると、太公望は席を立ち一度シャワールームへ。再び姿を見せた時、腕に花束を抱えていた。
「はい、どうぞ」
「わあっ……! 綺麗っ」
「フラワーパークで買って来ました。喜ぶと思って」
花束を受け取り色とりどりの花々。過去、現在でも見たことのない種類は幻想、あるいはどこか別の世界のものだろうか。ふわりと甘い香りが漂い、ほわっと唇が綻ぶ。
花束の中から一本、花を取ると、太公望はそのままなまえの髪に添えた。
「やっぱり、キミには花が良く似合う」
「あ、あり、がとう……」
突然のことに胸は高鳴り言葉は喉の奥で詰まる。頬に熱がのぼり、ふいと太公望から視線を逸らした。瞬間、唇に触れるだけの
あと少しで休憩時間は終わる。名残惜しいが仕方がない。
なまえは管制室へ、太公望は再び特異点へ向かう。腕を伸ばして太公望の袖の端を指先で掴んだ。
「仕事ですし仕方ないけれど……無理はしないように」
「うん。疲れたら可愛い白くまや動物達を見て休むね」
「おや、四不相が怒りますよ?」
「じゃあ、後で謝りモフモフしなくちゃ」
唐突な冗談に応えれば、さすが四不相羨ましい、と太公望。何で羨ましいの、と思わず笑ってしまった。もう一度、触れるだけの接吻を。唇が離れると同時に二人は距離をあけた。
マイルームを出て管制室まで一緒に行き、それじゃあ、と別れる。けれど別れ間際にちょっとだけ呼び止めて、大きな戦闘等が起こらないことを願いつつ、なまえはふわりと笑顔した。
「子牙、行ってらっしゃい。気を付けて」
「ええ、行ってきます」
手を振り互いに背を向けて、事件解決の為に再び互いに尽力し始める。
夏は、まだまだ始まったばかり――。
好きな人がいるということ
休憩を終えて管制室へ戻ったなまえにいち早く気づいたのはマシュで、姿を目にするなりぱちりと瞬きを一つ。席についたなまえに、あの、と声を掛けた。
「なまえさん、髪に花が……」
「――はっ!?」
太公望につけて貰った花を外すのをすっかりと忘れいたことに気づき、察した他の職員達に相変わらずイチャイチャしてるなと突かれいじられまくったのはまた別の話である。
愛子||220919(title=水星)