もそもそとベッドから出ると、スリッパを履いて厨房へ向かう為にマイルームの外へ。電力消費削減の為、廊下はぽつぽつとしか明かりがついていない。薄暗い廊下の曲がり角で、パジャマ姿のマシュ・キリエライトと出会った。互いに目をぱちりと瞬く。
「えっ、先輩?」
「マシュ?」
立香は空腹で、マシュは目が覚めてしまい眠れなくなったという。立ち話も何だし、二人は食堂へ歩を進める。誰か居るのか、薄明りがついており声も聞こえた。ひょこっと二人して覗けば、厨房には見覚えのある人物――先日、契約を結んだライダー霊基の太公望と、カルデア職員であり今はTシャツと短パンというラフな格好をしたみょうじなまえの姿。気配を感じたのか入り口に顔を向けたのは軽装の太公望で、おや、と声を上げる。何やら真剣に作業していたなまえも手を止めて入り口に視線をやるなり、あれっ、と驚いた。
「こんな夜中に何しているの?」
「二人こそ、厨房で何してるの?」
立香が先導して中へ。マシュもその背を追い、もしかして料理を作っているのですか? と首を傾げる。マシュの推測は正解で、その通りと太公望は頷いた。
「なまえの体内魔力が少なくなってしまって……流石にこのままだと明日に響くので、無理やり連れて来たわけです」
連れて来るまでが一苦労だったと太公望は続ける。夜中に、しかも寝る前に食事を摂る=女性にとっては背徳的な行為だからか、カロリーがッ!! と最初は断固拒否していたらしい。それでも、明日の仕事の際に体内魔力の減少が原因で集中力が途切れ満足に勤務できないままでは他の職員に迷惑をかけてしまうかもしれない。太公望なりに説得して二人で夜食作りをしているのだと教えてくれた。ちなみに、作っているのは海鮮炒飯。冷蔵庫にあった、厨房組が下拵えして置いていた小エビやほぐしたカニの身等の海鮮食材に、小分けにされていた冷凍ごはんをこっそり拝借して作ると言う。なまえがしていたのは、ボウルに落とした卵を菜箸で溶く作業だった。
「一般人のなまえさんが、魔力減少……?」
太公望の話を聞いて、ちょいと首を捻ったのはマシュだった。
一般人にも二つの部類がある。魔力回路の無い本当にごく普通の人間と、魔力回路はあるが開いていないだけの人間。後者は何かしらの干渉等があれば回路が開き、訓練を受けて居なくとも微力ながらも体内に魔力が巡っている。立香となまえは後者の方だ。立香はマシュと契約をして、なまえは太公望と
なまえは輪廻転生を繰り返していた元仙女だ。封神演義の派生作品では引き名で記されている太公望の後妻である。封神計画実行時より太公望と共に行動し、いつしか二人は惹かれ合い、物語の後半で正式に夫婦となった。だが、結末はどの作品も同じで封神寸前の妲己に致命傷を負わされ道連れにされる。本来であれば封神台へ収められるはずだったが、収める場所が無く、けれども身体から離れてしまった魂は戻れず、いつしか浄化される運命を待つしかなかった。しかし、なまえはそれを良しとせず、自身の力を使い輪廻を巡る旅へ立つ。
それはいつか、最愛の人との再会を願って。
獣の呪いを受けながら、何十、何百、何千と流転の度を続けるも、長い歴史の中で様々な苦痛を受け続け、いつしか心を閉ざしてしまった。
封印は太公望が来てから少しずつ解けており、記憶も戻ってきている。二人が夫婦であり、探し求めていた最愛の人は
呪いは、祝福へと転じたのだ。
なまえが特殊な魂の持ち主だというのは、カルデアベースに居る者は既に知っている。太公望が召喚されたその日のうちになまえの話は広まったのだが、今は置いておこう。
ちなみにマシュは封神演義のファンであり太公望となまえの夫婦は最推しカップリングであるが、なるべく顔や声に出さないように努めている――らしい。
話は戻り、なまえの体内魔力の減少についてマシュは真剣に考えた。
「カルデアの電力不備でしょうか?」
なまえの魔力減少は、カルデア電力の故障か何かが原因ではないかと思っているらしい。不備が起こっているのなら立香にも影響を及ぼすかもしれない。急いで技術顧問ことライダー霊基のレオナルド・ダ・ヴィンチに報告するべきではないかと踵を返そうとしたところを、マシュ殿、と太公望が引き止めた。
「なまえの魔力問題は今夜だけの話ですから、お気になさらず。電力不備でも何でもありませんよ」
「え……? で、でも、」
中華鍋をガスコンロの上に置いた瞬間、頬を真っ赤にしたなまえがそっと顔を下に向けた。反対に太公望は涼しい色を浮かべており、本当に気にしなくて良いと続ける。マシュは首を傾げていたが、立香はピンッと来たのかなるほどと軽く頷いた。
前にロード・エルメロイ二世こと諸葛孔明から受けた講義の内容を思い出す。サーヴァントに魔力供給を行う方法として様々なやり方はあり、その中でも非効率ではあるが手っ取り早く濃密に供給できる方法がある。その正体はキス以上の大人の"アレ"だと教わった。立香はまだ誰かとキスやそういったことの経験はないが、太公望となまえのお陰で講義内容を深く理解した。
なまえの魔力減少の原因が"アレ"というのを回りくどく説明しようとしていた太公望を遮り、あの、と立香は小さく手を挙げた。
「俺、もの凄くお腹減ってて……もし良かったら炒飯、分けて貰っても良い?」
マシュももちろん食べるだろうと聞けば、えっ、と瞬きを一つ。立香の咄嗟の機転になまえも反応し、作るから食べるよね!? とマシュに問う。
「マシュ、推し夫婦が俺達に炒飯作ってくれるんだから好意に甘えようよ」
「――はっ!? ぜ、是非! マシュ・キリエライト、太公望さんとなまえさんが作ってくださる炒飯、ものすごく食べたいです!!」
「そういうわけだから子牙、頑張って作ろう!」
「ん〜、作るのは僕なんですけどねェ」
やれやれと言った風で、けれども期待されていることにちょっとした嬉しさがあるのか太公望は涼やかに笑みを浮かべる。立香とマシュは厨房の見える位置に近いテーブル席に腰掛ける。唐突に、そういえば! と、マシュはポンッと手を打った。
「なまえさんは、料理がとても苦手なんですよね。ついたあだ名が"炭職人"、と」
「焼き魚はッ!! 焼き魚だけは上手に出来るの!!」
もちろんマシュに悪気は無く、本で得た知識を口にしただけなのだが、純粋無垢なその言葉はなまえの心にズドンッと刺さる。なまえが料理下手なのは太公望から聞いてはいたが、まさか食材を炭へとかえる天才だったとまでは知らず立香は口を噤んだ。太公望は大きく笑い、今にも腹を抱え出しそうだ。顔を真っ赤にしながらもなまえはパチンッと太公望の背を叩き、早く炒飯を作るよう促す。
太公望流、炒飯の作り方はいたって簡単で時短だ。火で温めた中華鍋に溶き卵、食材、白ごはん、そして軽く塩と胡椒を全て入れる。中華鍋を一振り――とはいかず、此処で登場するのはもちろん十八番の道術だ。
「そうれ!」
一声かけて術を使えば、あっと言う間にパラパラ海鮮炒飯が出来上がった。間近に居たなまえも、二人の姿をテーブル席から眺めていた立香とマシュも動きを止める。固まっている三人とは裏腹に、出来上がった炒飯を太公望は更に盛り付けていく。一呼吸後にようやく思考が回った三人は、わっ、と声を上げた。
「ず、ずるだ! 道術ずるい!!」
「鍋すら振ってません! 先輩、あれは炒飯と言えるのでしょうか!?」
「何で焦げてないの!? どうして炭にならないの!? 綺麗な黄金色のパラパラ炒飯も作れるなんてどういうこと!?」
一人別の意味で異議を唱えているが、温かいうちに食べましょうと太公望。何故!? どうして!? とまだ言い続けるなまえにも手伝わせ、立香とマシュが待っているテーブル席に出来上がった料理を並べる。太公望の作った炒飯は見事な黄金色で、それでいて美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐる。レンゲを渡され、召し上がれ、と料理した本人はにっこり笑顔。まだまだ言いたいことは山とあれど、空腹には敵わず手は動く。
「い、いただきます……」
道術というチートで作り上げた炒飯は、一体どんな味がするのだろう。見た目や匂いは本当に美味しそうで、忘れていたはずの空腹が音を立てて合図する。レンゲで炒飯をひとすくいし、ぱくりと一口。ほわっと口の中に広がる旨味に、立香とマシュは思わず顔を見合わせた。
「お、美味しいっ」
「はいっ。すごく、美味しいです!」
「それは良かった」
ほっと息を吐いた太公望だが、隣に座ったなまえはまだ納得できないと言い続ける。
「はいはい、あーん」
「むぐっ」
そんななまえを黙らせる為に炒飯を無理矢理食べさせる。咀嚼し、こくんの飲み込めば、ほわんっとなまえの顔色は変わった。美味しかったのか、食べる為にレンゲを持とうとするも阻止され再び太公望に食べさせられる。
「ちょ、まふっ、」
「え? 足りない? 全く、仕方ないですねェ〜」
「ちがっ――むぐぅっ」
太公望に炒飯を食べさせられるなまえを前に、一体何を見せられているのだろう、と立香は炒飯を食べながら思う。隣の席のマシュは食べることすら忘れてハッと息の飲み瞳をキラキラと輝かせていた。推し夫婦の尊い光景に呼吸すら忘れて見入っている。
魔力は、食事によりゆっくりとではあるが回復するだろう。腹の虫ももう鳴くことを忘れ、美味しい料理に舌鼓を打っている。
一人で食べれると別の抗議を始めたなまえに、まあまあそう言わず、と手を止めない太公望。なまえはやや迷惑そうだが、太公望は楽しんでいるし何やら嬉しそうだ。
「――太公望は、本当になまえさんのこと好きだよね」
何気なく呟いた言葉に、目の前の二人はぴたりと動きを止めた。見ているだけでもわかりますとでも言いたげにマシュは無言で頷く。照れたようにほんのりと顔を赤く染め、なまえはもごっと黙る。太公望は優しい色で微笑むと、ええ、と返した。
「こうして再び出逢えたのもマスターのお陰です。お礼と言ってはなんですが、こうして僕達のラブラブっぷりを見せびらかしています!」
顔をキリッとさせて結べば、なまえは照れ隠しにぺちんっと太公望の腕を叩いた。二人が幸せな日々を過ごしているのであれば、別に言うことは無い。自分は別に構わないが、ただ今の状況はマシュが酸欠になりかねないので、ほどほどにねと告げれば太公望は残念そうに肩を竦めた。
「俺、なまえさんの料理も食べてみたいな」
「わ、私の料理!? 焼き魚しか上手に出来ないけれど……」
「それでも良いよ。焼き魚、食べてみたい」
わたしも! とマシュも手を挙げてなまえの手料理を食べたいと言う立香の意見に賛同する。なまえは一瞬、戸惑ったものの後輩達の"食べたい"という希望にわかったと頷いた。
「焼き魚は得意だから、任せて!」
「では、なまえが休みの日にシュミレーターを使って皆で焼き魚パーティーをしましょう。これは腕によりをかけて魚を釣らないとなァ!」
「釣りをするなら俺も手伝うよ、太公望」
「わたしは、なまえさんを手伝いますね」
次の休みは、焼き魚パーティーをすることに決まった。当日までに勘を取り戻しておかなければと意気込むなまえに、今はそれよりも、と楽しい話に腰を折ったのは太公望だった。
「せっかく作ったので残さずに食べてくださいね、なまえ」
「むぐっ」
炒飯を再び口の中に運ばれ食事中だったのを思い出し、はっ、となまえの瞳が丸くなる。立香とマシュにも完食するようにと告げれば、二人はこくこくと頷き手と口を動した。自分で食べれるとぼやいた言葉を流し、太公望はなまえの口の中へどんどん炒飯を運んでいく。困る姿も可愛らしい、というのは太公望だけの秘密。
楽しい時間は、始まったばかり――。
賑やかな夜へ連れ出して
(楽しい日々も、始まったばかり)
愛子||221025(title=水星)