定時に仕事を終え、背伸びを一つ。愛しい彼――先日、ライダー霊基で召喚された太公望は、仕事へ行く前に今日も本の虫になると言っていたから管制室を出るなり自室ではなくその足で図書室へと向かった。夕食時だから、太公望を迎えに行ったついでに食堂へ歩を進めるかたちとなるだろう。
みょうじなまえは輪廻転生を繰り返していた元仙女だ。封神演義の派生作品では引き名で記されている太公望の後妻である。封神計画実行時より太公望と共に行動し、いつしか二人は惹かれ合い、物語の後半で正式に夫婦となった。だが、結末はどの作品も同じで封神寸前の妲己に致命傷を負わされ道連れにされる。本来であれば封神台へ収められるはずだったが、収める場所が無く、けれども身体から離れてしまった魂は戻れず、いつしか浄化される運命を待つしかなかった。しかし、なまえはそれを良しとせず、自身の力を使い輪廻を巡る旅へ立つ。
それはいつか、最愛の人との再会を願って。
獣の呪いを受けながら、何十、何百、何千と流転の度を続けるも、長い歴史の中で様々な苦痛を受け続け、いつしか心を閉ざしてしまった。こころも耐えきれなくなり、記憶と力を封印しての最初の流転が今――みょうじなまえだ。
封印は太公望が来てから少しずつ解けており、記憶も戻ってきている。二人が夫婦であり、探し求めていた最愛の人は太公望というのも魂で理解した。
呪いは、祝福へと転じた。
なまえが特殊な魂の持ち主だというのは、カルデアベースに居る者は既に周知の上である。
図書室には思っていた以上に人が居た。受付で返って来た本を検品していた紫式部と目が合い互いにぺこりと頭を下げる。なまえが来た理由を察したのか、紫式部は何も言わずに利き手でとあるテーブル席を指す。目線で追えば、なるほど探していた人物の姿が。なまえは改めて頭を下げると、紫式部はにこりと笑みを浮かべ再び検品作業に戻った。
図書室では静かに、を頭の片隅に置きつつ探していた人物――太公望のもとへ向かう。くしゅんっ! と誰かがくしゃみをした。視線をやれば、未だ水着霊基のジャンヌ・ダルク・オルタがドイツ語の辞書を片手に何やら物書きしている。サーヴァントに病は無縁ではあるはずだが、多少なりとも肌寒さは感じているのだろう。ジャンヌが二度目のくしゃみをしたが、それでも太公望は本から目を離さなかった。ずっかり時間を忘れて読みふけっている。
そんな彼に、何だか声を掛けるのが忍びなくてなまえは立ち止まった。腹時計は、今日は遅れているのか音を出していない。声を掛けるのを止め、少し離れたテーブル席に腰掛けた。
テーブルに両肘をつき、太公望の姿を瞳に映す。テーブルにはたくさんの本が積まれている。読み切った分は利き手側に置かれ、まだ手を付けていない分はあと二冊。頬杖をつき、時折何やら小声でぼやいている。
そんな姿を見ていると、昔を思い出してしまう。妻となる前と、その後。ふいに、口元が綻ぶ。
どうしようも無く、私は彼の事が愛しくて大好きで仕方がないようだ。
熱心に本を読んでいるところも、時折ひとりごちるところも、頭の中でパズルがかみ合った時に見せるちょっと嬉しそうな仕草も、すべて含めて、愛している。
突然、大きな音が響き図書室に居た全員がビクリを大きく身体を震わせ顔を上げた。なまえも咄嗟に音の方に顔を向ける。

「す、す、すみません〜っ!!」

紫式部の謝る声。検品後、棚へ戻していたらしいが手を滑らせて辞書のような本を落としてしまったようだ。すぐに本を拾い上げ、テーブル席に座る皆に紫式部はぺこりと頭を下げる。本を落としたのは仕方ないが、紫式部に怪我は無くて良かった。
ほっと安堵の息を吐いた瞬間、はたっと太公望と目が合った。えっ、と驚いた表情を浮かべる太公望に、え〜と……、となまえは視線を泳がす。途端に気まずくなり、苦い色を浮かべた。本を閉じて腰を上げるなり、太公望はなまえの傍へ。

「……いつから居たんです?」
「えっと、その、つい……さっき?」

嘘をつく時、本人は気づいていないがなまえは頬を若干引きつる癖がある。ずっとここから眺めていたのかと察した太公望は、えい、となまえの頬を指で軽く摘まんだ。

「本当は?」
「ちょっと前に来て本を読んでる子牙を眺めてました」

小さく息を吐くなり、今度からはちゃんと声かけてください、と太公望は手を離す。はい、と一呼吸遅れて返事をしたものの太公望の頬がほんのりと赤く染まっているところから照れているのだと気づき口元は緩む。すると、今度はむぎゅっと両頬をつままれ痛くない程度に引っ張られる。ごめんなひゃい、と今度こそ謝ればパッと両頬は解放された。
壁に掛けてある大きな時計を見て、嗚呼やはりもうこんな時間かと太公望はこぼす。読書の続きはまた明日に切り上げるらしく、本を仕舞ってくると告げて踵を返した。その後をなまえも追い片付けるのを手伝うと言い、手分けして本を持ち、大きな図書室を二人で巡る。
本のジャンルは、やっぱりなーというものから、こういったものまで読んでいるのかと、ちょっとびっくりした専門書まで多種多様だ。本棚に一冊一冊仕舞っていき、高い場所は太公望が仙術を使って直した。

「――ねえ、子牙」
「何です?」

受付とテーブルから死角となる場所に入った時、何気なくなまえは言った。

「本を読んでる子牙、素敵だったよ」

不意打ちにも似た言葉に太公望は小さく息を呑む。静かに深呼吸を一つした後、読書をしている時だけですか? と意地悪気に尋ねれば、もうっ、と今度はなまえが頬を染めた。

「普段も素敵に決まっているでしょう、私の旦那様愛しい人
「ありがとうございます、僕の愛しいひと

互いに立ち止まり、顔を見合わせ、ふっとふき出す。図書室だから声は最小限に、けれども二人で忍んで笑い合うことくらいは許させるだろう。えいっ、となまえが軽く体当たりすればコラコラと言いつつ太公望は望んで受け止める。返す本は残り数冊――だが、歩く速度を落として、寄り添って、束の間の図書館デートを始めた。


何度も君に恋をする
(ちょっとした、二人のとある日常の一コマ)

愛子||230506(title=水星)