(※太公望×夢主←コヤンスカヤの設定。夢主は特殊設定持ちです、ご注意下さい。また、コヤンスカヤも光・闇とはっきりと明記していない為、お好きなコヤンスカヤでお読みください)


人類最後のマスター藤丸立香とファーストサーヴァントのマシュ・キリエライト、セイバー霊基の葛飾北斎と、先日カルデアへ来たばかりのライダー太公望の四人で微小特異点への修復へ向かった。北斎は特異点へ行くつもりはなく、巻き込まれたかたちなのだが。
特別干渉しなくても良いという推測だったが、四人が特異点へ着いた瞬間、事態は変わった。通信は切れ現地の状況はわからない。その状態が現在、一日半続いている。マスターのバイタル数値は現在も大きく乱れてはいない。それに、経験豊富なサーヴァント達が付いているのだから問題はないだろう。
だから、いま出来ることをする――それが職員達の考えだった。シオン・エルトナム・ソカリスとライダー霊基のレオナルド・ダ・ヴィンチ、シャーロック・ホームズは特異点の時代や原因の考察、推測、まとめを。オペレーターや職員達は随時通信の声かけやバイタルチェックを、そして所長であるゴルドルフ・ムジークはただ静かに、時に百面相しながら立香達の無事を祈った。
四人が特異点へ入る前から管制室に居たカルデア職員兼オペレーターのみょうじなまえは、不安と、けれども"彼が居るから"という絶対の安心感とに板挟みになりながら、ほぼ不眠不休で勤務している。流石にこれ以上はまずいだろうと察した同僚のムニエルが気を利かせ、一度休めと声を掛けてきた。だが、なまえは首を横に振り拒む。聞こえていたのか、黙っていたゴルドルフも唇を開き休むようにと告げる。ムニエルのように同僚に掛ける言葉ではなく、所長としての権限を持ったものだった。上司に命令されれば断らざるを得ない。それでもなまえは四人が帰って来るまでオペレーターとしての席を譲るつもりはないと伝えると、二時間の休憩と仮眠を取ること、そして一度、管制室を出るように言い渡された。
ふらふらした足取りで管制室を出たなまえは、職員が使う休憩室に向かう。ソファテーブルと自販機が数台置かれており、小さいながらも羽を休めるには十分だ。自販機で甘いカフェオレを購入し、ソファに腰掛け一息つく。誰も居ない休憩室は静かで、ぼんやりと天井を眺める。瞼を閉じれば今にでも睡魔に襲われ眠ってしまいそうだ。立香とマシュは、今までもこういった困難を二人三脚で乗り越えて来たのだから大丈夫だろう。"彼"――太公望も、知恵と経験と持てる力で皆を助け、余裕を残しながら帰還するに違いない。否、するとなまえには断言できる。残るは北斎だが、セイバーとしてまだまだ未熟ではあるが、何だかんだと問題を起こしても無事だろう。
なまえは、輪廻転生を繰り返していた元仙女だ。封神演義の派生作品では引き名で記されている太公望の後妻である。封神計画実行時より太公望と共に行動し、いつしか二人は惹かれ合い、物語の後半で正式に夫婦となったが、結末はどの作品も同じで封神寸前の妲己に致命傷を負わされ道連れにされる。本来であれば封神台へ魂が収められるはずだったが、収める場所が無く、けれども身体から離れてしまった魂は戻れず、いつしか浄化される運命を待つしかなかった。しかし、なまえはそれを良しとせず、自身の力を使い輪廻を巡る旅へ立つ。
それはいつか、最愛の人との再会を願って。
獣の呪いを受けながら、何十、何百、何千と流転の度を続けるも、長い歴史の中で様々な苦痛を受け続け、いつしか心を閉ざしてしまった。こころも耐えきれなくなり、記憶と力を封印しての最初の流転が今――みょうじなまえだ。
なまえが特別な存在であることは、カルデア職員とサーヴァント達は太公望が来たその日のうちに知っている。北斎が管制室に居たのは、なまえに弟子入りをする為だった。水着剣豪を戦い抜いたのだからその力を特異点で思う存分発揮してなまえに見せつければ弟子入りを認めてくれるだろう、と楽をしたい太公望に言いくるめられ今回の特異点修復メンバーに意気揚々と加わったのだ。ちなみになまえは、帰ってきたら夫である太公望を叱るつもりだが。
カフェオレをテーブルの上に置き、深呼吸を一つ。瞼を閉じれば急激に睡魔がやって来た。うとうとと意識が薄れていく。こくりと身体が横に傾きソファの上に倒れようとした時、何やら柔らかなものに包まれた。ふわりと、鼻腔をくすぐる甘い香り。

「あらあら、根を詰めすぎではありません? 今のなまえさんは人間、無理をしてはお身体に障りますわ」

瞼を開き視線を上げれば、艶やかなピンク色の髪に美しい顔立ちの女性がすぐ目の前にあった。金色の瞳と目が合うなり、ぞわりと全身から汗が吹き出し脳が瞬時に覚醒する。急いで身体が翻し距離を開けた。

「妲っ、」
「コヤンスカヤです」

語尾にハートマークを付けてにっこり笑ったのは、自己紹介通り、コヤンスカヤだった。記憶にある彼女・・にそっくりではあるが別人――なまえは安堵の息を吐いた。

「もしかして、誰かと間違えました?」
「……ごめんなさい」

特別に許しますと告げ、コヤンスカヤは再びなまえに近寄る。まじまじとなまえを見やると両腕を伸ばした。生前の記憶がフラッシュバックし、なまえは咄嗟に瞼を閉じた。両頬に触れたのはコヤンスカヤの柔らかな手のひら。悪意の無いことがなまえにも伝わり瞼を開く。大きな金色の瞳の中になまえが、なまえの瞳の中にコヤンスカヤの姿が映る。

「酷い顔……隈もびっしり。疲れていらっしゃいますね」
「あ、はは……眠る時間、無くて……」

もちろん今がどのような状況なのかコヤンスカヤも知っているからか無言で頷く。

「私、貴女のことをたくさん調べました。生前、過去、今に至るまでの数々の苦難、その道のり――」

慈しむように、包み込むように、甘く、優しい声音でコヤンスカヤは続ける。

「たった一人の為に地獄から這い上がって来た人間ひと――……私、なまえさんに尊敬の念すら抱いています」
「あ、ありが、とう……」

コヤンスカヤから、目が逸らせない。こつん、と額同士が触れ合う。甘い香り――コヤンスカヤが愛用している香水の匂いが胸の内をいっぱいにしてくる。

「――貴女を、から奪ってもよろしくて?」

一呼吸開けて、なまえはぱちりと瞬き。へ? と思わず気の抜けた声を漏らす。だが、コヤンスカヤは本気らしい。金色の瞳はなまえを捉えて離さない。静かに、息を呑む。この目は知っている、獣の――肉食獣が獲物を狙っている様だ。思考をフル回転させ単語を紡ぎ合わし言葉を作っている最中、なまえの腕につけている小型の通信機がピピッと音を立てた。

『みょうじ! マスター達の映像が映るようになったぞ! 声はまだダメそうだけどっ』

通信機の声の主はムニエルで、現地の様子がモニターに表示されるようになったという急ぎの報せ。なまえは急いでコヤンスカヤを振り切り離れると、慌てて管制室へと戻った。今の彼女にはもはやコヤンスカヤという存在は見えていない。愛しい人太公望の存在で頭の中はいっぱいになっている。
一人になった休憩室でコヤンスカヤはソファに座り直す。舌打ちし、すらりと伸びた足を組み、何処でプランを誤ったか振り返った。
なまえという存在に興味を持ったのは異聞帯――秦でのこと。芥ヒナ子――否、虞美人と似た雰囲気・存在であるのに薄々気づいてはいたが、正体を知ったのはカルデアへ来てからだ。なまえのことを知って思ったのは、なんて残酷な愛らしい人間なのだろうということ。たった一人の為に何千年と輪廻転生を繰り返し、どん底を味わっては人への希望を捨てなかった美しい光可哀想な人。今はきっと幸せの絶頂であるに違いない。

だが、もし再び地獄へ突き落されたとしたら?

絶望したなら管理したい。
再び希望を持って前を向くのならしたい。

みょうじなまえという人間は紅閻魔と同じく自分にとっての好きで構築されていた希少な人間玩具。嗚呼、本当なら抱きついて頬ずりしてたくさん愛でたい気持ちをぐっとこらえる。ビジネス口説くにはじっくり時間をかけるのも大切だ。
腕を伸ばし、なまえが残したカフェオレを手に取る。

「一度狙った獲物は逃がしません。私、諦めの悪い女ですの」

なまえが口を付けたであろう箇所と同じところに唇を押しあて少し冷めたカフェオレを飲む。口内に広がる甘い味。唇を離し、舌なめずりをするなりコヤンスカヤは獣の本性を全面に出した邪悪な笑みを浮かべ次のプランを練り始めた。


チューベローズの罠
(障害のある危険なビジネス程、燃えるものは無いでしょう?)

愛子||23.7.20(title=Liebe)