先日の特異点で、霊基に損傷を受ける程まで傷を負った太公望。ライダー霊基のダ・ヴィンチとカルデア医療チームサーヴァント達の尽力と回復ポッドのお陰で無事に回復した。
特異点修復直後、彼が回復ポッドから出て来るまで、カルデア職員であり太公望のであるなまえが昼夜問わず傍に居たのは言うまでもない。仕事の方も新所長であるゴルドルフ・ムジークの許可を得て彼が回復するまで休みをもらっている。
太公望の傷が癒えたのは良いが、まだ病み上がりだからということで今しばらくは療養しておくようにと医療チームサーヴァント達の助言を受けたので、二人はマイルームに戻り久しぶりにゆったりとした時間を過ごす――はずだった。
太公望が無許可で魔改造して二人部屋に作り替えたマイルームのダブルベッドに並んで腰掛けたまでは良い。身体を労わるも太公望は応えず、逆になまえに膝枕を望んだ。もちろんなまえに断る理由はない。今回の特異点での功労者の一人でもある太公望の願いには応えて今回は特に頑張りを労ってあげたい。いいよ、と軽く自身の膝を叩けば太公望はさっそく膝枕を味わう。ほどなくして、腰に腕を回され離れなくなった。

「子牙」

呼びかけるも返事はない。手を動かしてくしゃりと太公望の頭を撫でる。絹のような滑らかで美しい黒髪を時折、指の間に滑らせて遊ぶ。どうしたの、何かあったの、とは敢えて尋ねない。話してくれるまでなまえは待つ。
それからしばらくして、ようやく顔を上げたかと思えば、太公望は何やら悟った色を浮かべていた。

「半年も一人で待ち続けるってやっぱり寂しかったなァ!」

先日の特異点での事を、あれだけ胸を張って自分に適正があったことに感謝すると豪語したにも関わらず、人類最後のマスターである藤丸立香の最初の窮地を救うことが出来ず、本来なら自身が最善を振るわなければならなかった。それも叶わず面目ないと思う反面、自分なりに最善を尽くしたと思うのだがとちょっとテンションが壊れ気味で太公望は話す。なまえは黙って耳を傾け、時折、相槌を打つだけに留めた。自身の心情を一気に吐露した後、ふうと太公望は一息つく。

「……孤独とは寂しいものだな、と。なまえの気持ちを、少しだけ理解したように思います」

生前では必ずと言って良い程、太公望の周りには誰かが居た。弟子であったり、部下達やその家族であったりと、心細いという感情は芽生えなかった。封神計画の時も、傍には必ずなまえが居た。だから、不思議と孤独なんてものには無縁であったのかもしれない。
なまえは輪廻転生を繰り返していた元仙女だ。封神演義の派生作品では引き名で記されている太公望の後妻である。封神計画実行時より太公望と共に行動し、いつしか二人は惹かれ合い、物語の後半で正式に夫婦となった。だが、結末はどの作品も同じで封神寸前の妲己に致命傷を負わされ道連れにされる。本来であれば封神台へ収められるはずだったが、収める場所が無く、けれども身体から離れてしまった魂は戻れず、いつしか浄化される運命を待つしかなかった。しかし、なまえはそれを良しとせず、自身の力を使い輪廻を巡る旅へ立つ。
それはいつか、最愛の人との再会を願って。
獣の呪いを受けながら、何十、何百、何千と流転の度を続けるも、長い歴史の中で様々な苦痛を受け続け、いつしか心を閉ざしてしまった。こころも耐えきれなくなり、記憶と力を封印しての最初の流転が今――みょうじなまえだ。
封印は太公望が来てから少しずつ解けており、記憶も戻ってきている。二人が夫婦であり、探し求めていた最愛の人は太公望というのも魂で理解した。
呪いは、祝福へと転じたのだ。
なまえが特殊な魂の持ち主だというのは、カルデアベースに居る者は既に周知の上である。
あの特異点で自身の限界を超えてふと、なまえは何千、何万とあの時の気持ちを繰り返していたのかと思う。頭で理解出来ていても、心が耐えきれなくなるのは当然だ。いくら修行を積めども――……孤独は、寂しいものだ。
その先は続けず、ただただ申し訳なさそうに太公望は唇を結ぶ。静かに話を聞いていたなまえだったが、にこりと微笑むなり腕を伸ばして太公望の額に軽いデコピンを一つ。

「痛っ!?」
「まったく、子牙はまだまだ未熟ね」

これは読めなかったと、太公望は驚いたように目をぱちりを瞬く。

「そこは謝るところじゃなくて、もう一度、貴方をずっと想い焦がれ続けた私を包み込むことこそが正解です」

ちなみに自分の想いは大国をも超えると胸を張って添えると、重いなァ! と太公望。大国と比喩したのはなまえなりの冗談ではあったが、それでも今の一言で余計な考え等は消え去り吹っ切れたようだ。
力は抜けて穏やかに、いつもの涼しい表情に次第に戻って行く。それを見てなまえも心の奥底で安堵した。

「大国、ですか。けど、その想いごと受け止めましょう。それくらい出来なくては、僕の名が廃るというものです」

しっかりと受け止めてね? と念押しすると、ちょっとだけこぼすかも、と太公望も冗談を交えた。

「ありがとうございます、なまえ。胸の内が軽くなった」
「それは良かった。もう詰まっているものは無い?」
「ええ、今のところは。――キミにだけですよ、こうして自分の弱さを吐き出せるのは」

常ににこやかに、涼し気に振る舞っている彼だが、それは他者に弱さを悟らせない一つの仮面でもある。その仮面を取るのは生前も、今世でも、なまえの前だけと決めていた。その弱さを含めて、なまえは太公望というひとを温かく包み込む。

「さて、マイルームでゆっくりとするのも良いですが……改めてマスターにも謝っておかないと」
「付き合うよ、子牙。歩くの、まだ少し辛いでしょう?」
「……ばれてましたか」

ポッドで回復をしたと言えども、やはりまだ霊基(からだ)に痛みは残る。マイルームに戻ってくるまでもの歩みも少しぎこちなかったことからなまえは察していた。肩を貸すと言えば、太公望は素直になまえの肩を借りて立ち上がる。マイルームを出る前に、そうだ、となまえは声を上げた。

「まだ、ちゃんと言ってなかった」

首を傾げる太公望を見上げるなり、なまえは満面の笑みで伝えた。

「おかえりなさい、子牙」

嗚呼、そういえば――と太公望も思う。互いに顔を見合って、この言葉を交わしてはいなかった。

「ただいま、なまえ」
しあわせの合言葉

愛子||231126(title=水星)