マイルームの扉を開けるなり再びぱちりと目を瞬く。どうやら探し人は帰ってくるのを待っていたらしく、気配を感じ取って扉の前に立っていた。ただいま、と告げると同時に手を引っ張られ強引に部屋の中へ。足元がふらついたかと思えば、いつの間にか探し人――ライダー霊基で召喚された太公望にしっかりと支えられ強く抱きしめられていた。
これは何かあったなと察する。だから、何も語らず両腕を伸ばしてしっかりと抱きしめ返した。
なまえは輪廻転生を繰り返していた元仙女だ。封神演義の派生作品では引き名で記されている太公望の後妻である。封神計画実行時より太公望と共に行動し、いつしか二人は惹かれ合い、物語の後半で正式に夫婦となった。だが、結末はどの作品も同じで封神寸前の妲己に致命傷を負わされ道連れにされる。本来であれば封神台へ収められるはずだったが、収める場所が無く、けれども身体から離れてしまった魂は戻れず、いつしか浄化される運命を待つしかなかった。しかし、なまえはそれを良しとせず、自身の力を使い輪廻を巡る旅へ立つ。
それはいつか、最愛の人との再会を願って。
獣の呪いを受けながら、何十、何百、何千と流転の度を続けるも、長い歴史の中で様々な苦痛を受け続け、いつしか心を閉ざしてしまった。
封印は太公望が来てから少しずつ解けており、記憶も戻ってきている。二人が夫婦であり、探し求めていた最愛の人は
呪いは、祝福へと転じたのだ。
なまえが特殊な魂の持ち主だというのは、カルデアベースに居る者は既に周知の上だ。
ぐっ、と太公望の腕の力が強くなる。余程のことがあったらしい。少し痛いが静かに耐える。
「――……なぁ、」
ぽつりと吐いた言葉に耳を澄ませる。閉じていた唇を開き、何があったの? と問えば今度ははっきりと太公望は口にした。
「悔しいなァ!!」
「……は?」
悔しい、と言ったか。考えていたのと違う回答が来て、うん? と顔を顰めた。
「えーと……え? 何?」
「負けました。ええ、それはもう大敗ですッ! なんでかなァ、本当に!!」
宥めるようにして背中をぽんぽんと手のひらで叩けば、むすぅっと子どものように唇をすぼませた太公望はぽつぽつと経緯を述べた。
今日は、オデュッセウスとバックギャモンで対決する約束をしていた。なまえを管制室に送り届けてから、レクリエーションルームにて互いに待ち合わせし、そうして十戦の激闘を繰り広げた。互いに名軍師として名高い者同士。周りには様々な人が集まり、差し入れ、時に歓声とため息。最初は太公望が優位だったが、何処をどう間違えたのか、偶然にもかなり運が悪かったのか、気づけばオデュッセウスのペースになりドツボにはまり大敗を喫した。
悔しいと連呼する太公望に、今度はあやすように背中を優しくさすってやる。
「勝負は時の運だもの、そんな日もあるよ」
「あの時、あの手にしていればなー! 流れが変わってたかもしれないのになァー!! 僕の話聞いてます!?」
さっきから聞いてるけれども、とは口の中でこぼすも声には出さない。同じことを繰り返す太公望にそろそろ耳に胼胝ができそうになったので、繰り返してる繰り返してる、と苦い笑みを浮かべる。太公望の心情を一言でまとめれば案の定、悔しいなァーッ!! だった。
「オデュッセウスさんと、次の勝負の約束を交わしたのでしょう?」
もちろんと太公望は強かに頷く。それならするべきことは一つしかない。
「じゃあ、リベンジしなくちゃね。昔のように、次が無いわけではないのだから」
嗚呼、確かに――と太公望も心の内で思う。
太公望の表情は吹っ切れた色をしていた。なまえがにこりと微笑めば、ちょっと恥ずかしそうに笑顔を浮かべる。両腕を伸ばし手のひらでぺちんっと頬を挟んでやれば、痛いですよ、と太公望。痛くもないはずなのに何を言うか、とむぎゅむぎゅと円を描くように頬をいじってやる。
「次は必ず勝つこと。わかった?」
「わかった、わかりましたから。もう離してください」
「約束をしたのだから、ちゃーんと守ってね!」
頬から手を離し笑顔すれば、必ず守ると太公望は軽く首を縦に振った。互いに約束を交わし落ち着いたところで、あのね子牙、となまえは照れたようにふいと目を逸らす。
「実は私、お腹ペコペコで……夕食、食べに行かない?」
サーヴァントに食事は必要無いが、人間であるなまえには必要なものだ。次はなまえが栄養補給をする番だと理解している太公望は快く頷く。食堂へ向かうことで話はまとまり、太公望はなまえに手を差し伸べた。差し出された意味は言葉にしなくてもわかる。指を絡めて手を握れば、太公望が先導する。
「そうそう。約束守ってくれなきゃ、あれだからね?」
「あれ?」
「次もまた負けたら、罰として私の為にたくさんの桃を用意すること!」
「……それで得するのはなまえだけですよね?」
「全部、子牙の自腹だからね?」
「頑張るしかないなァー!」
本気出すしか無いなァーっ! とも添える太公望に、なまえは小さく笑った。
「では、勝った時の褒美は何です?」
「……えっ?」
負けた罰があるなら、勝った場合の褒美もあるはずだ。だが、改めて聞かれると困ってしまう。正直に言えば、何も考えていなかった。ええと、と言い淀めば太公望は急に立ち止まる。ぶつかりそうになってなまえも咄嗟に歩みを止めた。
「こうしましょう」
何かを閃いたらしく、太公望は振り返りそっとなまえに耳打ちする。刹那、ボッとなまえの顔が真っ赤に染まった。はわはわと唇の開閉を繰り返し、ぷるぷると小刻みに身体を震わせる。相変わらず初々しい反応を見せるなまえが可愛くて太公望は忍び笑う。
「きゃ、きゃっか!」
「却下を却下!」
「な、何だと……!?」
「僕のモチベーションとやる気に大いに関わることなので!」
約束を交わした反面、次も負けてくれとは流石に言えず、ぷすぷすとなまえの頭から湯気が出始める。耳打ちされた言葉の威力が強すぎたのか、空腹はどこかへ消え去りなまえはその場に固まる。無言は肯定の証と昔から良く使われる常用句。まだ顔を真っ赤に染めているなまえの手を引き、勝利した暁に得られる褒美を今から楽しみにしつつ太公望は上機嫌で鼻歌を歌った。
愛のシレネ
(僕が勝ったら――なまえを一日、
愛子||230123(title=Liebe)