特異点になりそうな空間の調査だというのに随分と軽いノリだなと思いつつ、なまえは管制室へと急ぐ。管制室に着くと、いつものレイシフトの感じとは違い、穏やかな雰囲気が漂っている。あれ? と違和感を感じたものの、ダ・ヴィンチとなにやら話をしているアーサーの傍へと歩み寄った。なまえの姿を見るなり、ダ・ヴィンチはにこりと笑った。
「やあ、待ってたよ。さっき話した通り、とりあえず二人でパパッと調査に行って来てくれたまえ!」
あまりにも明るい声音で言うものだから戸惑いながらも返事をする。マスター、とアーサーに呼ばれ視線をやると、ふわりと微笑んでいた。
「マスター、今回は僕たち二人だけでの調査だ。いつも通りに行こう」
「う、うんっ。そうだね……わかった」
ふいとダ・ヴィンチは視線を逸らし、密かに口元を歪ませていたのをなまえは知らない。
それじゃあ張り切って行ってらっしゃい! とダ・ヴィンチ。レイシフト開始のアナウンスが流れ、なまえはそっと瞼を閉じた。
そうして――次に瞼を開くと、眼前に広がるのは果てしない草原。髪を撫でる柔らかな風、鼻腔をくすぐる草の匂い。頭上は青々とした空が広がっており、心地の良い景色に知らずと表情はゆるむ。
本当にここが特異点になりえる空間なのだろうかと考える。こんなにも気持ちの良い場所なのにと口の中で呟くと、突然、アーサーに手を取られた。驚いて名前を呼ぶと、こっち、となまえを導くように先を歩く。歩いても歩いても景色は変わらず、緑の絨毯のように敷き詰められた草の上を二人して進む。
「アーサー……楽しんでる?」
「えっ、そう見えるかい?」
振り返るアーサーの表情はとても嬉々としており、まるで無邪気な子どものようだ。だって、と先を続けようとした時、アーサーは立ち止まった。なまえもつられて立ち止まると、唇にそっとアーサーの指が置かれた。それ以上は先は――ということらしい。ついてきて、と言われ再び歩き始める。
すると、一本の木が見えてきた。それは小さな丘の上にあり近づくにつれ随分な大きさだとわかる。丘の上までのぼりきると、ぱちりとなまえは目を瞬いた。
木の下には温かみのあるオレンジ色のレジャーシートが敷かれ、その上にランチバスケットが置かれている。
これは……? と問いかけると、アーサーはなまえの名前を呼んだ。
「まずは謝らないといけないな…此処が特異点になりそうな空間、というのは嘘なんだ」
一呼吸あけてから、は? と間の抜けた声を上げる。つまり、ダ・ヴィンチの言っていたことは嘘。それではどうして二人してここへやって来たのだろうか。アーサーに問いかけるように視線をやると、これはね、と教えてくれた。
「いつも頑張っているなまえに、ちょっとしたご褒美」
そう言うと手を引き、なまえをレジャーシートの上に座らせた。その隣に自身も腰を下ろし、置いていたバスケットを引き寄せる。
「たまには外でランチを取るのも良いんじゃないかと思って。ダ・ヴィンチ氏の提案なのだけれどもね」
アーサー曰く、いつも頑張っているなまえの為に何か出来ないだろうかとダ・ヴィンチに相談をしたところ、外でのランチを提案してくれたのだと言う。少しは羽休めが出来るのではないかとも助言され、今朝から密かに準備をしていたとアーサーは結んだ。
バスケットの中には美味しそうなサンドイッチと、瓶に詰まったサラダとフルーツの盛り合わせが入っていた。わあっ、と歓声を上げるとアーサーは小さく笑う。
ちなみにこの食事を用意をしてくれたのは、いつも食堂の厨房に立っている赤い外套のアーチャー――エミヤとブーティカ、タマモキャットと、そして自分だとアーサーは照れたように言った。
「アーサーが作ったの!?」
そう、とアーサーは頷くとバスケットの中に入れていたプラスチックのフォークと紙皿をなまえに渡す。エミヤにアドバイスをもらいながらソース等も手作りをしたそうだ。
美味しそうな食べ物を前にぐうっと腹の虫が鳴る。アーサーは軽く笑うと、さっそく食べようと言った。いただきますと手を合わせ、アーサーが作ったというサンドイッチを手に取った。ぱくりと齧ると口の中いっぱいに美味しさが広がる。
「すごく美味しいっ」
食べる手を休めずもう一つサンドイッチを手に取る。よかったと安堵の色を浮かべると、その間にアーサーは空の紙コップに持ってきていた水筒から温かい紅茶を淹れてくれた。美味しい料理に舌鼓を打ち次々と手と口は動く。そんななまえの様子をアーサーは目を細めて眺めていた。
少し詰まったのか、アーサーの淹れた紅茶で流し込む。ふと、アーサーから視線を感じたなまえは首をかしげた。
「どうかした?」
「とても美味しそうに食べてくれるから、うれしくてつい」
どうしてそういうことを真顔で言うのだろうか、となまえは思う。紅茶を一口飲んで落ち着くと、だって、と呟く。
「本当に美味しいんだもの……止まらなくなっちゃって」
美味しい食事、素敵な景色、そして――隣には大好きな彼の姿。そういえばまだ伝えていない言葉があった。アーサーの名前を呼び、なまえは満面の笑みでしっかりと紡いだ。
甘いしあわせを青空に込めて歌う
(ありがとう。今この時間が、とても幸せ)
愛子||180312(title=空想アリア)