朝食をとっている最中、ダ・ヴィンチに声をかけられ、食事を終えたら工房に来てくれと言われた。なんでも試作中の新たな魔術礼装を着用してみてほしいのだという。ダ・ヴィンチにはいつも世話になっているし断る理由はない。後で行くよと快く承諾をした。
食事を終えひとり工房を訪ねると、待っていたよ! とダ・ヴィンチは笑顔で迎え入れる。
「ささっ、ずずいーっと奥まで!」
なまえの近くまで来ると、ダ・ヴィンチは後ろに回って背中を押す。部屋の真ん中まで来ると、デスクの上には試作中の礼装が既に用意をされていた。畳んで置いてあった礼装を手に取ると、さっそく着てみてくれと言う。ただし、上の下着ははずすようにと念を押された。超取り急ぎで作ったらしいパーテーションで囲っただけの簡易試着室に案内され、首を傾げるも何も考えずに渡された礼装へと着替えた。
そうして――着替え終えるなり、ふと視線を下げて自身の姿を見る。背中は大々的にみえており、ノースリーブ以上にノースリーブな上に胸が見えてしまうのではないかというくらいのミニスカート丈セーターもとい魔術礼装。試作品とダ・ヴィンチは言っていたが、これはどう考えても戦闘向きではないだろう。
終わったー? というダ・ヴィンチの声が聞こえるや否や、バッと扉代わりのパーテーションの一枚を退けられる。
これはいったいどういう格好の礼装なのかと表情で訴えていたらしく、まあまあ落ち着きたまえ、とダ・ヴィンチ。笑顔で手をとり、ずりずりとへっぴり腰ななまえを部屋の中央へ引っ張った。
「ななな、なんなのこの礼装!? 背中ぱっくりだし、スカート短いし、ばんざいしたらそれこそ見えるしっ!!」
「うんうん、言いたいことはわかるよ。けどね、なまえちゃん。それ、まだ"試作品"だから」
ということは、と羞恥により火照っている頭でダ・ヴィンチの言葉を荒くだが頭の中で租借した。今はこんな服装だが、素晴らしく改良されていくと前向きに考えて良いのだろうか。ダ・ヴィンチのことを疑いたくはないが、現状を見るに嫌な予感が大半を占めているのだが。やはりそれも顔に出ていたのか、こほんとダ・ヴィンチは咳払いをした。
「ちなみにその礼装、将来的にはこうなる予定だよ」
どこから取り出したのか、片手にスケッチブックを持ち、ダ・ヴィンチは将来的な礼装の図を見せてくれた。可愛らしいなまえの似顔絵とともに描かれていたのは、白を基調としたドレスだった。ところどころにフリルとリボン、そして細かに装飾が施されており、まるで物語に出てくるようなお姫様のような衣装だ。良い……、と素直にこぼした。考案は後輩であるマシュ・キリエライトだとダ・ヴィンチ。マシュのイラストかわいすぎっ、と驚いた反面、なまえに似合う格好を親身になって考えてくれたということについては感謝の念を抱いた。
「……でもこのイラストの礼装と今着ている試作の礼装とじゃ、見た目が全然違うくない?」
それにはちゃんとした理由があるのだとダ・ヴィンチは説明をしてくれた。某良妻系きつねの巫女が礼装の話をたまたま小耳に挟んだ際に持っていたのがこの新品のセーターで、譲ってくれたので試しに術式を編みこんでみたという。巷ではなまえの着ているセーターは通称"童貞を殺すセーター"と呼称されているそうだ。ちなみに、なぜ彼女がこのセーターを持っていたかを聞くのは大変野暮なことであり決して聞いてはいけないと念を押された。
"殺す"という単語に、命を奪う呪詛系のものと勘違いしたなまえが、このセーターあかんっ、と心の中で叫び急いで脱ごうとしたが、そういう意味じゃないよ、とすべてを見通していたらしいダ・ヴィンチは笑った。命を奪うのではなく別の意味で"悩殺(ころ)す"のだと説明をしてくれたが、なまえは頭の上に疑問符を浮かべた。
「ところで、礼装に組み込もうとした術式って何なの?」
「サーヴァント全体強化、回復、そして敵味方に高確率で付与する魅了(チャーム)」
「最後のはいらないと思うな!?」
手で先を制すると、だからこれは試作品だぜ? とダ・ヴィンチ。最終的には敵全体にだけ魅了を付与できるようにこれから調整を行っていく予定だと告げる。
「なら良いけど……それより、もう脱いでもいい?」
もうちょっと目の保養をしたいところだが仕方がない、とダ・ヴィンチは呟くも、もういいよ、と指で丸印を作った。ふうっと息を吐き試着室へ踵を返そうとした時、工房の扉が突然開かれた。
「すまない、ここにマスターが居ると聞いたんだが……」
訪ねてきたのはなまえが唯一契約をしているサーヴァント――アーサー・ペンドラゴンだった。どうやらマスターであるなまえを探しているらしく、誰かにダ・ヴィンチのもとに居ると教えてもらったようだ。工房の中へ入るなり、アーサーはぎょっと目を丸くさせた。
「マスター!? その姿は……、」
驚くアーサーとは裏腹に、なまえは声にならない悲鳴を上げて急いでパーテーションの裏へ逃げようとする。だが、大きく笑うダ・ヴィンチにより阻止され再び部屋の中央へとずりずり引き戻された。アーサーの前まで連れて来られると、なまえは体を小さくしぷるぷると震え恥ずかしさのあまりに今にも泣き出しそうな色を浮かべている。視線を上下に動かし全身を舐めるようにして見てくるアーサーからふいと顔を背け、早く着替えたいとなまえは心の中で叫んだ。
「あ、そうだ!」
何かを思いついたのかパチンとダ・ヴィンチは指を鳴らした。
「なまえちゃん、良い機会だしちょっと礼装を試してみない?」
「試すって、何を……?」
いやな予感しかしない、と思いつつ尋ねる。案の定、やはりという答えがダ・ヴィンチから返ってきた。
「もちろん、"魅了"」
「無理、かえる!!」
急いで首を横に振り逃げようとするもダ・ヴィンチにより三度阻止された。ずいっと顔を近づけてきたかと思うと、そっと耳打ちをされる。高魔力を誇る謂わば最強クラスであるセイバーに相手に、まだ試作段階である礼装魔術のひとつである魅了は効果がないに等しいだろうとのこと。確かに、アーサーのもっているクラススキルの一つに対魔力がある。自身の弱体耐性を補うそのスキルはAランクだ。今までアーサーが何かの術にかかったことはない。
今後のことを考えてお願いされると、どうしても断ることができなかった。肩をすくめてアーサーの名前を呼ぶ。
話は聞こえていたのだろう、なまえから少し目を逸らしながらも、絶対の自信があるからかアーサーも実験に付き合うことを了承をした。
というわけで――アーサーとなまえは対峙するように向き合う。ダ・ヴィンチはわくわくとした表情で見守る。が、ここで一つ問題が起こった。
「……あの、魅了ってどうすればいいの?」
がくりと二人のサーヴァントはこけそうになった。主に強化や回復といった守りを中心とした魔術をよく使う為、魅了というのはなまえにとって今までに一度も触れたことも習ったこともない、未知の分野だ。これでは実験にならないのではとこぼすアーサーをよそに、ダ・ヴィンチは無言でなまえの隣に並ぶ。
「大丈夫、魅了なんてすぐに習得できるぜ?」
「え?」
「アーサーくん、なまえちゃんに注目」
完全に油断をしていたアーサーに声をかけると、ダ・ヴィンチはセーターの裾をつかみそのまま勢いよく上にめくり上げた。裾はなまえの下胸が見えるくらいまでめくられており、ショーツに関しては完全に丸見えだ。黒とはまたセクシーだね〜と茶化すダ・ヴィンチとは正反対に、大きな悲鳴とともになまえはバッと両腕で袖を押さえもとの位置まで戻した。
「だ、だだだダ!?」
「ダ・ヴィンチさ! ほらほら、深呼吸」
「すーはー……――何するの!?」
「何って、誰にでもできる簡単魅了だよ」
「そ、そそそ、そんなのでっ」
魅了が付与するわけがない、と言い切り視線を向けると、アーサーは床に両膝と手をついていた。つかの間の沈黙。しかしそれを破ったのはなまえだった。
「アーサー!?」
すぐさま傍へ駆け寄り大丈夫かと声をかける。大丈夫だと返事をするが、伏せているものの顔色はおかしかった。まるで熱でもあるのではないかというほど赤く染まっている。まさか本当に魅了がかかってしまったのかと気持ちは逸り、しっかりと思考をめぐらせることができない。
脱ぎ散らかしていたに等しい服を取ってきてくれたらしく、ダ・ヴィンチはなまえの肩にかけると、アーサーの容態も見る。ほどなくして、ふぅむと唸るとなまえを呼んだ。
「まあ、健全な反応というか……軽度の魅了状態ではあるけど、時間が経てば落ち着くだろうからマイルームで休ませてあげたらどうだい?」
それで本当に治るのかとダ・ヴィンチに確認すると、天才が言うんだから間違いないよ、と微笑む。わかったと頷くと、アーサーに立てるか尋ねる。なまえとは目をあわさず、けれどもアーサーは声を落として短く返事をした。なまえの肩を借りてアーサーはゆっくりと立ち上がる。工房を出る間際、狼には気をつけてね、とダ・ヴィンチ。なまえは意味がわからず首をかしげるも工房を後にした。
幸いマイルームまでの道のりは誰にも会わなかった。マイルームに入ると、アーサーはベッドの端に腰掛ける。先程より息は荒く、それでいて顔の赤らみは更に増しているように思えた。
本当に時間が経てば治るのだろうかと不安になる。魅了とはいったいどうすれば解除できるものなのだろう。ふと、以前に起きたことを思い出す。小さな特異点でラミア系のエネミーと戦闘となった際、黒ひげことエドワード・ティーチが相手の魅了にかかってしまった。その時、一緒に居たボニーとメアリーが、良い方法があると言い敵諸共ティーチに宝具をぶつけ、物理的に効果を解いたことがあった。ただし、二人の宝具を食らったティーチは瀕死だったのは言うまでもない。
物理的解決法ダメ絶対、となまえはふるふると頭を横に振る。しかも付き合いの長いアーサー相手にそんなことをしたくはない。
どうすれば良いのだろうと考えると、アーサーは深く息を吐いた。
「マスター……、少し良いだろうか」
「え。あ、うんっ」
どうしたの? とアーサーの顔を覗き込もうと屈んだ瞬間、肩をつかまれたかと思うと強い力で抱きしめられた。突然、変わった景色にぱちりと目を瞬く。
「アーサー……?」
「その姿は、僕を誘っているのか?」
「え!? これは、」
そういう意味ではないと説明しようとするも、首筋にアーサーの荒い息がかかり、くすぐったくて変な声が出そうになる。腕の力を強くするなり、アーサーはなまえの耳元でそっと囁くように紡いだ。
「――なまえが欲しい」
静かに、息を呑んだ。
少しだけ距離が離れ、アーサーと瞳が合う。艶めいた、それでいて強かな色をした彼から目を逸らすことができない。求めるように名前を呼ばれると、ふいに変な気持ちになった。アーサーの大きな手のひらが優しく頬をなでる様にして触れてくる。
ふいに、ダ・ヴィンチが言っていた言葉を思い出す。"狼には気をつけてね"――なるほど、天才はすべてを読んでいたらしい。
もう一度、名前を呼ばれなまえは思考を放棄し自然とまぶたを閉じた。唇に柔らかなものが重なる。ふわりと体が宙に浮いたかと思うと、どさりとベッドに押し倒された――。
とびきり甘いのをお願い
(ある日の、カルデアで起こった小さな事件――)
愛子||180401
(title=確かに恋だった)(この後、ダ・ヴィンチ便で上の下着が返ってきました)