のんびりとくつろいでいた午後。マイルームのベッドの縁に並んで腰掛け、なまえはアンデルセンの書いた新作を、アーサーは岩窟王ことエドモン・ダンテスのことを記した書物を読んでいた。内容はとても面白いのだが、あまりに心地良すぎてうとうととし始めたことまでは覚えている。ゆっくりと瞼を閉じた後のことは記憶にない。自分は今、仰向けになっている状態だ。頭は心地良い高さと、かたいけれども少し柔らかいものを枕にしている。
アーサーはなまえが目を覚ましたことに気づき視線を下げた。
「目が覚めたかい?」
一呼吸置いてから、おはよう、と言うとアーサーは笑って同じ言葉を返してくれた。思考は鮮明になりようやく状況を理解する。どうやら本を読んでいるうちに眠ってしまい、アーサーが気を利かせて自身の膝を貸してくれたらしい。つまり――アーサーに膝枕をしてもらっている状態だ。
急いで起きようとするも、このままで大丈夫だとアーサーは言いなまえの頭を優しく撫でた。
「で、でもっ。足、痛くない……?」
平気だとアーサーは答え、なまえの頭を撫で続ける。何だか恥ずかしくて、けれども温かくて、アーサーを真っ直ぐに見ていることができずに視線を逸らす。頬に熱が上っていくのを感じ、高鳴る心臓に酸素を送り落ち着かせる。心地良いがどうも慣れないことになまえはそわそわとしていた。そんななまえの気持ちを読み取ったのか、マスター、とアーサーは呼んだ。
「君は本当に甘えるのが下手だね」
ぐさりと言葉が心に刺さる。ぎこちなく視線をアーサーに戻し、ぱくぱくとなまえは口を動かした。アーサーはおかしそうに小さく笑う。
確かに、なまえは誰かに甘えるという行為が苦手だ。幼い頃に両親と死別し、みょうじの家を継ぐ者として、人類最後のマスターの一人として――そして同期である藤丸立香の魔術の師として、例え唯一契約をしているサーヴァントである彼の前でだとしても自分の弱さを見せるわけにはいかない。常に凛と強かであること――それが自身に枷ているものだ。今までずっと通してきた枷を簡単に外すことはできない。
「わ、わたしだって、息抜きをする時くらいあるよっ。本を読んだり、お風呂に入ったり……」
そうじゃない、とアーサーは笑うのをやめて軽く頭を横に振る。
「僕は君のサーヴァントであり剣だ。そして剣であり、一人の騎士だ。マスター、君に――なまえに絶対の信頼を置いている」
だから、とアーサーは紡ぐ。
「僕の前ではありのままの――本当の君で居てほしい」
ふわりと微笑むアーサーの表情はとても優しく、それでいて胸がぽかぽかとなるものだった。
甘える、とはいったいどうすれば良いのだろう。本当の自分で居る――とはどうすれば出来ることなのだろう。枷の外し方なんて知らないが、けれども、いま自分のやりたいと思うことをすれば良いのかもしれない。
体をアーサーの方に向けてそっと腕を伸ばすと、腰にぎゅっと抱きついた。アーサーは少し驚いた色を浮かべたが、すぐに目を細めた。
大好きなアーサーの匂い、ぬくもり――瞼を閉じるとすべてに満たされていく感覚。
再び優しく頭を撫でられる。あまりの心地の良さに知らずと口元は綻ぶ。
「……いつもありがとう、アーサー」
ぽつりとこぼれた感謝の言葉に、こちらこそ、とアーサーは応えた。
恋い焦がれたぬくもりに包まれて
(陽だまりのような温かさに触れてとかされて――)
愛子||180413(title=睡郷)