自分に力を貸してくれるのなら、どんなサーヴァントでも良い。
心臓は期待に早鐘を打ち、緩みそうになる顔をなんとか引き締める。そして――光の中から姿を現したのは、黄金色の鎧を身に着けた、神々しい雰囲気を纏った青年の姿だった。
誰もがぎょっと目を丸くした。召喚した自分でさえ驚き目を大きく見開く。が、あまりの眩さに目がくらみそうになり、瞼を少し閉じる。光がおさまると同時に、聞きなれない声が響いた。
「ふはははは! この我を呼ぶとは、運を使い果たしたな雑種!!」
しっかりと目を開き、青年を瞳に映す。途端、右手の甲にチリッとした痛みを感じた。視線を落とすと、そこには彼と同じように、形は違えど令呪がはっきりと映っている。まだ頭の整理はできていないが、これはつまり――英霊召喚に成功したのだろう。
令呪と、堂々とした色で腕を組んで立っている青年とを見比べる。ふいに、表情がふにゃんと綻びると同時に全身の力が抜けその場にペタンと膝をついた。
「何を惚けておる。王である我を呼び出したのだ、それなりの敬意を払うのは当然であろう」
と、頭上から声と圧力がかかる。えっ、と見上げるなり青年の表情は驚きに変わり、だがすぐにふっと自嘲気味に微笑んだ。
「なるほど、これも何かの因果か、それとも――。いや、今は良い。なかなかどうして、この世は面白いものだ」
どうしたら良いものかと混乱し、周りに助けを求めるなまえに視線を落として金色のサーヴァントは呟く。雑種、と呼ばれまるで迷子になった子犬のように忙しなく動きぷるぷると震えているなまえはびくりと大きく反応する。完全に圧倒されてしまっているなまえは、はひ、と弱々しい声で返事をした。
「もっと堂々とせぬか! 仮にも我のマスターであろうっ」
「は、はい! ごめんなさいすみませんっ!!」
しゅっと立ち上がりピシッと背筋を正す。周りから見ても完全に主従関係は逆転している。このマスターとサーヴァント本当に大丈夫か、という心配を余所に、金色のサーヴァントはなまえに自己紹介を促す。もちろんなまえは従い、簡単にだが自身のことを伝えた。あなたは……とこのまま友好的な関係を築こうと名前を教えて欲しいと告げるなまえの言葉をフンッと鼻を鳴らして無視すると、金色のサーヴァントは冷たい瞳をする。
「では行くぞ、雑種。こんなところに何時までも居っては退屈で仕方がないわ」
「えっと、行くってどこへ……というかあなたのなま、」
「そうさな。まずはこのカルデアを案内せよ」
「あ、はい。……あの、なま、」
「行くぞ。ついて参れ!」
有無を言わさずなまえの腕を掴み、周りの声等意図せずに金色のサーヴァントは召喚室を出て行く。これから先どうなるのか、なまえは考えるだけでキリキリと胃が痛くなった。
♪
金色のサーヴァント――否、ギルガメッシュと契約して早幾日。当初より襲われていた胃痛は日々、強さを増し、時折、Dr.ロマンに相談をしては胃腸薬を処方してもらうとこともあった。
ある時、小さな特異点が発生した。
ギルガメッシュの横暴ぶりと、嫌われているのかと思いきや何故かやたらと構われてしまうことに心身疲労してはいるものの、修復に向かわなくてはならない。立香とマシュ、そしてなまえとギルガメッシュは管制室に呼ばれると、Dr.ロマンから簡単にだが説明を受ける。ものの、ギルガメッシュはさも興味がなさそうにさっさと向かうぞと一蹴。すみません、と謝るなまえにいつものことだから慣れてるよとDr.ロマンや立香達は笑った。
説明はレイシフトをした先で話すよと言うと、Dr.ロマンは立香となまえ達を送り出した。
レイシフトをした先は以前に訪れたことのある冬木の地。熱を持ち燃え続ける街には生物は既に存在しない。凄惨な光景に目を背けたくなるものの、さっそく特異点の原因の探索を始める。
熱気か、それとも別の何かの所為かはわからないが、呼吸をするのが少し辛い。はあっ、と息をこぼすと唐突にぐいと身体を引き寄せられた。ぱちりと目を瞬き視線を向けると、すぐ傍にギルガメッシュの姿があった。驚いて声を出せずに居ると、ふっとギルガメッシュは微笑む。
「何だ、我に見惚れたか?」
「まだ何も言ってもないし思ってもいないんですけれども……」
相変わらずな我様っぷりになまえは肩をすくめる。しかし、先程より呼吸がしやすいように感じた。それに不思議と安心する。もしかして気遣ってくれたのだろうかとも考えたが、あのギルガメッシュに限ってそれはないと軽く頭を振った。
その時、Dr.ロマンからの通信が入った。
『気をつけて、前方から敵性反応だ! しかも……なんだかどんどん大きくなっているぞッ!』
立香となまえ達は歩みを止め、前を見据える。すると、Dr.ロマンの言ったとおり、無数の黒い影が突然集まり大きな形と成す。その周りを囲うように骸骨兵が現れた。
「マシュ!」
「はい、先輩!!」
立香とマシュはすぐさま戦闘態勢に入り、敵の攻撃に備える。なまえも立香達の援護に回ろうとしたが、ギルガメッシュは動かず高みの見物といった風だった。ちょっ、と声を上げそうになった刹那、戦闘が始まる。ギルガメッシュ! と呼ぶも、フンッと鼻を鳴らされ素知らぬ顔をされた。
相手は巨大で敵も多い。マシュが大型の影と戦っている最中、立香は骸骨兵相手にガンドで応戦していた。立香のガンドは一時的に相手の動きを止めるもので、なまえのように攻撃力が備わっているわけではない。マシュに指示をしつつも立香が押されているのは明白だ。文句を言っても聞き流されるだろうが、この戦闘が終わったら絶対に言ってやろうと心の中で決めると、なまえは立香のもとへ走った。そんな後姿を、ギルガメッシュは愉快そうに眺めている。
走っている最中、立香の背後に一体の骸骨兵が近づいていた。刀を振り上げ、今にも切りかかりそうだ。
「立香!」
声を上げるなりなまえはガンドを打った。打ったガンドは立香を背後から狙っていた骸骨兵に当たり消滅する。ほっと安堵したのもつかの間だった。
「なまえ、後ろ!!」
と、立香の叫び声。えっ、と振り向いたと同時に刀を振り上げた骸骨兵の姿が目に飛び込んできた。防御魔術も間に合わない。
これわたし死んだ、と悟った。
きゅっと強く瞼を閉じ、無意識に防御の体制をとる。その時、耳元でジャラッという鎖の音が聞こえた。数秒と経たずガキンッという金属がぶつかる音。
いっこうに来ない痛みに恐る恐る瞼を開ける。なまえを守るようにして張り巡らされた、ギルガメッシュの"天の鎖"が骸骨兵の刀を受け止めていた。ぱちりと瞬きをすると、飛んできた金色の剣が一撃で骸骨兵を粉砕する。剣の飛んできた方に視線をやると、何とも面白くないといった様子のギルガメッシュが立っていた。
なんで、と呟いている間にギルガメッシュは王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)により多数の武器を投擲し、なまえの周りに居た骸骨兵を一掃した。
王様こっちも! と助けを求める立香を無視し、ギルガメッシュはなまえの傍へとやって来る。
「我の所有物に傷を負わせた罪……償うが良い」
そう言うと、ギルガメッシュは王の財宝より乖離剣エアを取り出す。ぎょっと立香の顔色は変わり、マシュを急いで下がらせた。下がらせると同時にマシュも察したのか、宝具を展開して立香を守る。凄まじい風が吹き荒れるや否や、ギルガメッシュはなまえを抱き寄せ守るようにするとエアを構えた。魔力が一気に奪われていく感じは、ギルガメッシュを召喚した時に少し似ている気がした。
「裁きの時だ。世界を裂くは我が乖離剣!」
ふっ、と目の前が暗くなった。宝具の所為で一気に魔力を持ってかれている所為か、それとも――。
ギルガメッシュが宝具を放った後、どうなったのか、記憶にない。
次に目を覚ますと、カルデアの医務室に居た。ふと手にぬくもりを感じ、視線を動かす。ベッドの傍には椅子に腰掛けなまえの手を握っているギルガメッシュの姿があった。
「目を覚ましたか。遅いわ、馬鹿者」
「あの後、どうなって……?」
こうしてカルデアに戻ってきているということは、特異点は立香がなんとかしてくれたのだろう。足手まといになってしまったのだなと悟り、情けなくて涙が出そうになる。ぐすっと鼻をすすると、痛みはないのか、とギルガメッシュ。痛み? と涙ぐみながらちょいと首をかしげる。握っている手をぐいと上に挙げられると、腕に一枚の絆創膏が貼られていた。どうやらあの時、天の鎖で守られてはいたものの骸骨兵の攻撃はかすっていたらしい。
いつの間に……とこぼすも、痛みはないため大丈夫と返した。
「もう少し眠っておけ、なまえ。エアを使ったからな、まだ魔力を回復しきれてはおらんだろう」
うん、と返事をしたもののハッとなる。今、ギルガメッシュはなんと言葉にのせただろうか。確かに"なまえ"と初めて名前を呼んでくれたはずだ。
「い、いま……わたしの名前……」
「名前がどうした?」
「呼んで……、」
名前を呼んでくれたということは、自分をマスターとして認めてくれたということだろうか。さっきの特異点では迷惑をかけ足手まといとなっていたはずだが、心の底からふつふつと喜びが湧き上がる。ギルガメッシュは軽く息を吐いた。
「さっさと休まねば、我にも考えがある――……ゲート・オブ・バ、」
「お、おお、おやすみなさい!!」
王の財宝を発動するということは永遠の眠りにつかせるという意味ではないかと察する。なまえは急いで布団を頭までかぶった。
密かに、ギルガメッシュが笑っていたのをなまえは知らない――。
♪
宝具を発動し、敵を一掃した後、特異点の原因はあの影だということが判明した。気を失っているなまえを抱えながら、ギルガメッシュは特異点の原因をわかっていたのかエアを仕舞うと肩をすくめる。
「王様、なまえは!?」
マシュの盾から出ると、立香は早足でギルガメッシュとなまえのもとへとやって来る。ギルガメッシュの腕の中で気を失っているだけだとわかった瞬間、良かったと安堵の息を吐いた。
あれは一体なんだったのかと首をかしげる立香に、ギルガメッシュなりに種明かしをしてくれる。難しい言葉を用途してくるため、立香は時折頭の上に疑問符を浮かべるものの、マシュとDr.ロマンがフォローをしてくれた。
『ところで、なまえちゃんは本当に大丈夫なのかい? 帰還してすぐにでも検査を――』
原因も解決したところでDr.ロマンが言う。ギルガメッシュはふっと笑みを浮かべると、ただの魔力切れの為、検査の必要もないと返した。
「そういえば王様、なまえのことを"我の所有物"って言ってたけど……それって……」
ようやくなまえをマスターとして認めたのかと尋ねる立香に、ギルガメッシュは一瞬冷めた色をしたものの、今回だけだぞと付け加え先を続ける。
「なまえは我の妻だ。姿かたち、そして名前や魂そのものまでも同じときた。輪廻転生――巡りめぐって今回は魔術師となり、そして生前に結んだ縁(えにし)故に、我を召喚したというわけだ」
なまえ自身は転生する前の記憶をまだ完全に思い出しているわけではなく、随分と苦労をしているとギルガメッシュは言う。つかの間の沈黙。ほどなくしてそれを破ったのは、ポカンと口を大きく開けた立香とマシュ、そしてDr.ロマンだった。
「え、えええ!?」
「なまえ先輩がギルガメッシュ王の奥さん、ですか!?」
『けど、君のことを記しているものに"なまえ"なんて女性の名前は見たことも聞いたこともないぞ!?』
するとギルガメッシュはさも当たり前だとでも言うようにフッと両口角を上げる。
「この女はそういう奴よ。自分の存在を公に残すなというのが遺言でな。守らなければ冥界の女主人エレシュキガルをも味方につけて戻ってくるとまで言った程だ」
何それこわい、とDr.ロマンは素直に感想をこぼす。聞きなれない単語の数々に立香は首をかしげるばかりだった。けれども、一つだけ理解をしたらしい。気を失っているなまえを抱くその腕には強かさと、そして時折様子を伺うように動く視線はとても優しい。
なるほど、今まで散々なまえをからかったり、他のサーヴァント達や自分と話をしていると不機嫌そうに割って入ったりしてくるのはそういう意味だったのかと立香は納得した。なまえを"所有物"と言ったのはギルガメッシュなりの愛情表現なのだろう。
なまえはギルガメッシュにマスターとして認めてもらうことに必死だ。ギルガメッシュは自身と生前、過ごした記憶を思い出して貰うためにあえて回りくどいやり方を行っている。生前の二人はいったいどんな夫婦だったのだろう。今のなまえとギルガメッシュからはうまく想像出来ない。だが、ギルガメッシュがこれほど優しい色をしているのだ、きっと仲睦まじかったに違いない。
記憶を引き出すにはどれくらいの時間がかかるのかと立香は尋ねる。強引にすれば一気に引き出せるが、今のなまえをもうしばらく見物しているつもりだとギルガメッシュは笑う。強引な方法を使わないのも、なまえを気遣ってなのだろうと立香は察する。
「王様のこと、はやく思い出すといいね」
立香はふわりと微笑んだ。普段なら調子に乗るなと返されるのだが、今は気分が良いのか、そうさな、と表情を緩めた。
しっかりとなまえを抱きなおすと、立香の代わりにDr.ロマンに早く帰還させろと指示をする。さっきまでの良い雰囲気は!? と慌てるDr.ロマンをキッとギルガメッシュは睨んだ。
ふと、立香の瞳に一瞬ある光景が映る。それは、仲睦まじく寄り添いあう二人の男女の姿。太陽の光がきらめく美しい丘の上に、金色の鎧を纏った青年と、その傍らになまえにそっくりな女性。瞬きをすると消えてしまった光景に、少し名残惜しくもあった。
今見た光景がなまえとギルガメッシュの記憶なのだとすれば――それはなんと綺麗で心奪われるものだろう。
早く思い出すと良いね、ともう一度、今度は心の中で呟くと立香はマシュの手を握りDr.ロマンにカルデアへの帰還を頼んだ――。
いつかの愛をあなたへ
(いま一時はこのまま、共に静かな刻を過ごしてやるとするか――)
愛子||180121(title=空想アリア)