本番前の張り詰めた空気に戦闘の時とは違う、心臓は早く高くなっている。年末の風物詩である歌合戦を今年はカルデアでも行うこととなった。数多の英霊や職員達が今日という娯楽の為に練習を積み重ねてきた。その練習の成果を、この大舞台で披露する。
白組代表の蒼銀の騎士ことアーサー・ペンドラゴンと、黒組代表の巌窟王ことエドモン・ダンテスは司会進行と最後のトリを飾る。二人の活躍も気になるところだが、今は最初に登場することとなっている自分達のことで頭がいっぱいだ。上手く出来るだろうか、間違えたりしないだろうか、と様々な不安が頭の中で低回した。
なまえは同期の藤丸立香とともに歌とダンスを披露する。歌とダンスの指導は自称トップアイドルこと、今回の歌合戦では審査員側に回っているエリザベート・バートリー。そしてエリザベートのライバルこと、同じく審査員側に回っているネロ・クラウディウスだ。楽曲提供はヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。現代風にアレンジされており、逆に自分達が歌いたいとエリザベートとネロが駄々を捏ねたくらいに良い曲に仕上がっている。
舞台袖からちらっと観客席を覗き見る。歌合戦専用に急ピッチで作られた会場だが、席は多くの人で埋まっており更になまえの緊張は上がった。あわわっ、と一歩後退した時、とんっと何かにあたった。驚いて振り向くと、今回の歌合戦の為だけに用意された白と青を基調とした衣装を身に纏ったアーサーが立っていた。アーサーもなまえと同じように観客席を覗き、すごいね、と呟く。いつもの騎士のような出で立ちとは違い、まるで本物の王子様――というよりもアイドルのような格好に、なんだかキラキラとした眩しさを感じて視線を逸らすことができない。じっと見つめているのに気づいたのか、アーサーはちょいと首をかしげた。
「どうかしたのかい?」
「えっ。あ、ええと……アーサーとエドモンは、始まったら出突っ張りだよねっ」
「ああ。司会進行と、それから最後に歌うことになっているからね。対バン……というものをする予定だよ」
事前情報として対バンをするのは知らされていなかった為、なまえは目を瞬かせる。これは最後が楽しみすぎると静かに息を呑んだ。
「ところで――その衣装、とても似合っているね」
「あ、ありがとうっ。ダ・ヴィンチちゃん曰くホワイト・リリーっていう礼装なんだって」
身に纏っている純白のドレスもといホワイト・リリーという名の礼装の裾を軽くつまんでひらりと動かす。まるで物語に出てくるお姫様のような衣装は細部までしっかりと装飾が施されており、本当に礼装なのかと疑ってしまうほどだ。ちなみに、エドモンと何やら話し合っている立香も色違いの礼装――濃いオレンジ色をしており名前は確かオリエンタルポピーと言ったか――を着用している。アーサーと話をしていて一瞬だけ忘れていたが、舞台の幕が上がればなまえは立香と二人で一番最初に出ることとなっているのだ。それを思い出し、なまえの表情は再び硬くなった。そんななまえを見てアーサーは察したのか、もしかして、と言った。
「緊張、しているのかい?」
図星をつかれハッと息を呑む。やっぱり、とアーサーは目を細める。ふと、アーサーは唐突になまえの手を取るとそっと自身の胸に押し当てた。ちょっ!? と大きな声を出しそうになるのを堪え、急いで手を引こうとするがアーサーの力には敵わない。一呼吸置いてから、感じるかい? とアーサー。
「実は僕もこういうのには慣れなくて……だから、ほら――とても緊張しているんだ」
掌から伝わってくる鼓動に、なまえはぱちりと目を瞬く。まるで早鐘のように高く早く打っているのはアーサーの心臓。あのアーサーでも緊張をしているのかと知り、自分と一緒だと思うと不思議と笑みがこぼれた。
「少しは落ち着いたかい?」
そういえば、爆発寸前のように鳴っていた鼓動は正常に戻っている。うんっ、と頷くとそれは良かったとアーサーは微笑んだ。
まだ開幕までしばらく時間があるためもう少し話をすることにした。他愛のない会話を交わしているといつも通りの心持となったいた。ところで、と話を区切りアーサー。
「ずっと言おうと思っていたんだが……」
「なに?」
「――すごく綺麗だ、なまえ」
ふわりと微笑んだアーサーになまえは呼吸を忘れた。突然の賛辞の言葉に忘れていたはずの緊張が再びやって来る。ぺしっとアーサーの肩を叩き、いきなりそういうことを言わないでっ、と目を伏せて抗議した。頬は一瞬にして熱が上り、きっと真っ赤になっているだろう。せっかく平常心に戻っていたのにと口の中で呟くと同時に、唐突に手を引かれアーサーの腕の中に閉じ込められた。
「心配なんだ」
耳元で囁くアーサーの声は低く、思わずなまえの肩は震える。心配って……? と問うと、一呼吸置いてアーサーは続けた。
「君があまりにも綺麗だから、誰かに卑しい目で見られたりしないか。これが終わった後、他の誰かに言い寄られたりしないか……不安なんだ」
なまえを抱く腕の力を強くし、アーサーは言う。それを言うならっ、となまえは体を小さくしながらも伝える。
「わ、わたしだって心配だよっ。アーサー、すごく格好良いし……誰か他の女性(ひと)に言い寄られたり、その、好意を寄せられたりしないか……」
不安だと結ぼうとした刹那、アーサーは少し離れるとなまえの頬に触れるだけのキスを落とした。ぱちりと目を瞬くと、そろそろ時間だ、とアーサーは告げる。
「互いに心配をし合える関係というのは良いね。これが終わったら……」
そうだな、とアーサーは少し考えた素振りを見せる。
このイベントが終われば二人きりでまた話をしよう、と心の中で呟くとアーサーはふわりと微笑んだ。
「――続きをしよう、なまえ」
それじゃあ、と残してやって来たエドモンと合流をするなりアーサーは幕の開いた舞台の上へ歩を進めた。二人の司会とともに盛り上がり始める会場に、なまえはまるで金魚が酸素を求めるかのようにぱくぱくと口を動かしていた。当然、アーサーの心の言葉はなまえには聞こえてはいない。だからアーサーがなまえに伝えた言葉は、頬のキスより後のことをしよう、という意味にとらえられていた。
緊張よりも別の感情がこみ上げ、両頬を押さえその場に膝をついてしまいそうになった時、ぽんっと誰かがなまえの肩に手を置いた。
「ひゃあっ!?」
「わあっ!? だ、大丈夫……?」
振り向くと、オレンジ色のドレスに身を包んだ立香だった。顔を真っ赤に染めているなまえとは別に、立香はきょとんとして首をかしげている。何かあったの? と尋ねられ、何でもない! となまえはぶんぶんっと手を振って答えた。ふーん、と立香はこぼすもそっとなまえの手を握った。
「私達の出番、もうすぐだよ。準備は出来てる?」
準備も何もアーサーの所為で色んな意味で無に帰したのだが……――軽く深呼吸をすると、不思議と最初の頃よりも緊張は薄れていた。
「顔は赤いけど……大丈夫そうだね」
「あ、うん。なんとか、いけそうかも……」
「アーサーのお陰なんじゃない?」
にやりと笑う立香になまえは苦い笑みを浮かべる。あれはきっと冗談で力を抜く為に言ったのかな、と思い直す。天然なアーサーに限って実のところ怪しいが今はそう考えるとしよう。
立香の手を握り返す。マイクを通してアーサーの声で二人の名前が呼ばれる。
行こう! と二人は顔を見合わせると、互いに手を握り合い、舞台へと歩みを進めた。
桃色の口とりんごのほっぺ
(今日はみんなが主役の特別な一夜!)
愛子||180507(title=星屑Splash!)