ベッドの上でごろごろとするのを止め、のそのそと上半身を起こした。
「ねえ、セイバー。ちょっと気になったことがあるんだけど」
ベッドの端に座り声をかける。アーサーは軽く首をかしげ、本を読むのをやめてなまえに視線を向けた。
「何だい?」
「聖杯についてどう思ってる?」
アーサーと契約してしばらく経つが、そういえば聖杯についての話をしてはいなかった。様々な特異点の原因の一つとなっている聖杯とその欠片――同期の藤丸立香とともにいくつかは回収を終え、ダ・ヴィンチに管理を依頼している。
聖杯、と呟くとアーサーは息を吐いた。何かを思い出したのか表情は少し暗くなる。だが程なくして、懐かしいな、とこぼした。
「今の僕には、必要のないものだ。悪しきものであれば正すまで。それだけだ」
これでは答えになっていないかな? とアーサー。ふるふるとなまえは頭を横に振った。きっとこう返してくるだろうと予想はしていた。アーサーらしい真っ直ぐで強かな言葉に表情は緩んだ。
「そういうマスターはどうなんだい?」
「え?」
「もし、世界に無害な聖杯があったとして一つ願いを叶えられるのなら……君は何を願うんだい?」
逆に尋ねられ、はたと目を丸くして考える。もしも、願いを叶えるにあたって世界へ影響を与えない奇跡の聖杯があったとしたら自分は何を願うだろう。
「……笑わない?」
「笑わないよ」
「……怒らない?」
「僕が怒ってしまうような願いなのかい?」
ぱちりと目を瞬くアーサーに、なまえはばつが悪そうにそっと枕に腕を伸ばし引き寄せる。
聖杯に叶えてもらえることが出来るのなら、一つだけ願いはある。ただそれは利己主義(エゴ)な願いでアーサーにとっては厄介な枷になるかもしれない。
ぎゅっと枕を抱きしめると、視線をそらしつつ答えた。
「全部が終わっても、セイバーと……アーサーとのこの縁が続きますように――って、お願いしたい」
だが、自分の願いによってアーサーが縛られるのであれば叶わなくて良い。これは例え話だ。
しんっとなった空気が続き、徐々に耐え切れなくなる。アーサーは立ち上がり、丸テーブルの上に本を置くとゆっくりとした足取りで傍へとやってきた。笑ってごまかそうとした時、隣にアーサーは腰掛けると、ぐいと肩をつかまれ引き寄せられた。
「アーサー?」
突然、腕の中に閉じ込められ上目でアーサーを見る。名前を呼ぶも返事をしてくれず、腕の力を強くしただけだった。困ってしまい、もう一度、アーサーと呼ぶ。すると、少しだけ腕の力を緩めてくれた。
「全てが終わり、再び悪相の兆しを追って別の世界へ旅立つ時が来ようとも――僕は、君と結んだ縁を忘れない。この愛しい日々を、君と駆け抜けた大切な思い出を……」
だから、とアーサーは紡ぐ。
「これからもよろしく、なまえ」
名前で呼んでくれる時は、心を開き親愛の情を込めてくれている時の証だ。全てが終わった時、隣に立ってくれているとは限らない。だが、アーサーが傍に居るいまこの瞬間だけは、一緒に居る時間を大切にしよう。自身の気持ちを隠さずに素直になろう。
ぽかぽかと心は温かくなる。こくりと頷くと、そっとアーサーの胸に顔を押し当てる。一呼吸置いてから、静かに唇を開いた。
いつか幻へ帰する恋情
(こちらこそ、よろしくねアーサー。……だいすき)
愛子||180131(title=空想アリア)