シュミレーションルームで軽く鍛錬を終え、アルトリア・ペンドラゴンは何気なく廊下を歩いていた。風呂に入りに行っても良いし、食堂で軽く何かを食べるのも良い。さてどうしようかと考えていると、偶然、赤い外套のアーチャーことエミヤと出会った。アルトリアを見るなり、ちょうど良かった、とエミヤ。今からブーティカ達とともにケーキを焼く予定だから、少し時間が経ったらきてくれと残し、エミヤは去っていった。
そういう話ならすることは一つだ。アルトリアは踵を返し、自身のマスターであり人類最後のマスターでもあるみょうじなまえのもとへと向かった。なまえは恐らくマイルームに居るだろう。今朝、アンデルセンから新作本を手渡され大喜びしていた。きっと今も本を読んでいるに違いない。
マイルームの前に着くと、中から騒がしい声が聞こえた。声からして、もう一人の人類最後のマスターこと藤丸立香とデミ・サーヴァントのマシュ・キリエライト、そしてなまえの三人だが、聞きなれないパシャパシャという効果音も混じっている。首を傾げつつアルトリアは扉を開けた。
「マスター、少しよろしいですか? 先程アーチャーが――」
部屋に入るなり、ぴたりとアルトリアは動きを止めた。ぱちりと目を瞬くと、なまえは慌てて持っていたもので顔を隠す。なまえの代わりにいらっしゃいと声をかけたのは立香で、すぐさまエッヘンと胸を張った。
「見て、セイバー! なまえちゃん、すごくきれいじゃない!?」
「立香先輩の提案で、ダ・ヴィンチちゃんの新作礼装を使ってなまえ先輩をきれいに着飾ろう計画を実行してみたんです」
視線を動かしてアルトリアは改めてなまえを見る。純白のドレス――ダ・ヴィンチが作ったなまえ専用の礼装、ホワイト・リリーだとマシュが説明してくれた――を身に纏い、同色のパンプスを履いている。手には美しい白い薔薇の花束を、頭には純白のネロ・クラウディスが身に着けている月桂冠のヴェールと似た、葉の代わりに特殊な加工が施された白百合が飾られたヴェールをかぶっている。
なまえの姿はまさしく花嫁だった。花束を少し横にずらし、ちらっと覗くようにしてなまえはアルトリアを見返す。息を呑んで数秒と経たずにアルトリアは目を細めた。
「マスター――いえ、なまえ。とても、とても美しいです。ええ、本当に……すごく綺麗だ」
まさかアルトリアからそんな言葉が聞けるとは思っておらずなまえは驚いた色をするも、すぐに頬に熱が上り、うわずった声で、ありがとう……、とお礼を言った。なまえとアルトリアは長い付き合いだ。親友でもあり最高のパートナーでもある彼女から賛辞を述べられると、嬉しくもあり恥ずかしくもある。なんて顔をするべきかと戸惑っている隙に、立香は手に持っていたデジタルカメラでパシャパシャとなまえを撮り続けていた。音の正体はカメラだったのかとアルトリアは密かに苦い笑みをするもなまえを訪ねた理由を伝える。
すると、いち早く瞳を輝かせたのは立香で、シャッターを押す指を止めると、こうしては居られない! とマシュの腕を掴み一目散に部屋から走って出て行った。嵐が去り、マイルームに静けさが戻る。なまえはほっと息を吐き、へなへなと力なくベッドの端に腰を下ろした。きっと立香に散々遊ばれ、愛のあるいじられをしたのだろう。
お疲れ様ですと声をかけると、ありがと、と言いヴェールに手をかけた時、アルトリアは慌ててなまえを呼んだ。
「そのまま、動かないで」
「えっ。ど、どうしたの? アルトリア……」
足早になまえの前へ行くと、アルトリアは小さく深呼吸を一つ。両腕を伸ばすと、そっとなまえのヴェールをあげた。同時にふわりと微笑み唇を動かす。
「まるで花の妖精――いえ、姫と呼ぶに相応しいでしょう。本当に、美しいです」
間髪入れずに、ぼしゅんっとなまえの顔は真っ赤に染まる。素直に伝えたつもりだったのだが、どうやらなまえにとっては致命傷にも似た一言だったらしい。けれどもアルトリアはそれに気づかず、おや? と頭の上にいくつか疑問符を出していた。あわわっ、となまえは急いで花束で再び顔を隠す。だが、今のこの雰囲気に似合わずなまえの腹がぐうっと音を鳴らした。目を丸くしたものの、続けてアルトリアの腹の虫も元気よく鳴る。花束を下げ、なまえは視線を上げた。二人は目を合わせるとふっとふき出し、しばらく笑い合った後、さて、とアルトリアは切り出す。
「そろそろケーキも焼けている頃合でしょう。食堂へ向かいましょうか」
「そうだね、行こっか」
「ええ。けれどもなまえ、その姿は素敵です。ですので、そのまま向かうのはどうでしょうか?」
アルトリアの提案に、ええっ!? となまえは驚く。さすがにドレス姿は恥かしいよっ、と言うと、ではこうしましょう、とアルトリア。今日は特別なお茶会に誘われたという程で振舞えば良いと。さすがにヴェールとブーケはお茶会には似合わないため、マイルームへ置いておかなければいけないがと添える。
立香からの頼みであれば正直、断っていたところだが、アルトリアからの提案とあれば話は別だ。深く息を吸うと、わかった、となまえは了承した。
「では――僭越ながらエスコートをしましょう。姫、手を」
"姫"だなんて初めて呼ばれた気がする、となまえは思う。今日だけは特別――そう口の中で呟くと、なまえは差し出された手を取った。
「よろしくお願いします、アーサー王」
「お任せを」
アルトリアは強かに頷いた。なまえは腰を上げると、アルトリアにエスコートをされて食堂――否、お茶会の場へと向かった。
ありふれた笑顔が咲く刹那
(君とともに過ごす、ひと時の幸せ)
愛子||180611
(この後、色んな英霊たちに絡まれたけどアルトリアが全部追い払ったり守ってくれたという裏設定)(title=空想アリア)