特に大きな問題もなく、難なく原因を特定しそれを修復することが出来た。後は帰還するだけ――なのだが、それに異を唱えたのはフランケンシュタインことフランで、なんでもここへ来るまでに通った花畑があまりにも綺麗で少しの間でも良いので愛でたいとのこと。モニター画面越しに後輩のマシュ・キリエライトは、判断はマスターである立香達に任せると言う。どうしよう? と立香はなまえに相談した。すぐに帰還をしても良いし、フランの主張を尊重してやるのも良い。少し考えて、特別早く帰る理由もない為、しばらくこの世界に居るのはどうだろうとなまえは答えた。それを聞いてフランは嬉しそうに微笑む。そんなフランの様子を見て流石に帰ろうとは言えなくなり、少しの間だけ留まることにした。
自由時間という形になり、なまえはフランとともに花畑へ戻ることにした。もちろんアーサーもなまえ達の傍に居る、と告げようとした時だった。
「あ、」
「鹿」
と、クー・フーリン達の声とともに森の中から一頭の鹿が現れた。鹿はなまえ達に視線を向けるや否やすぐに踵を返し森の中へと消えていく。立香は何かを悟ったのか、恐る恐るクー・フーリン達に尋ねた。
「まさかとは思うけど……狩りをしてくる、とか言わないよね?」
すると、そのまさかとでも言うかのようにクー・フーリン達は満面の笑みを浮かべた。立香は有無を言わさずランサーのクー・フーリンに腕を捕まれ、狩りに同行させられることとなった。自分もフラン達とともに居たいと懇願するも、男なら狩りの一つくらい嗜むことが必要だとキャスターのクー・フーリン。どう足掻いても逃げられないとわかったのか、立香はがくりとうな垂れる。
そんなわけでクー・フーリン達と立香は狩りをしに森の中へ行くことが決まり、それぞれ別れようとしたのだが、なまえはふと気がつく。アーサーに目をやると、どうも落ち着かない様子を見せていた。アーサー、と呼び、狩りの方へ行っても良いよと伝えると瞳は大きく見開かれきらきらと光を帯びた。
「良いのかいっ?」
「うん。だってアーサー、狩り好きでしょう? わたしはフランと一緒に居るから大丈夫だよ」
「ウ!(大丈夫!)」
いざとなれば自分が守るとフランは胸を張る。だから大丈夫だと念を押すと、一呼吸あけてから、わかった、とアーサーは頷いた。
「それじゃあ僕も狩りに行ってくるよ。ありがとう、マスター」
「良い報告を期待しています、アーサー」
何かあればすぐに令呪で召喚を、と残し、アーサーもクー・フーリン達の狩り組に同行することとなった。あ"ー!! と立香は叫び声を上げ、ずるずるとは森の中へと連れて行かれた。行ってらっしゃ〜い、となまえとフランは手を振る。皆の姿が見えなくなると、二人は花畑の方へと向かった。
♪
しばらく時間が経ち、なまえとフランは花畑でたくさんの花を摘んでいた。時折、話に花を咲かせて笑いあう。二人の手には色違いの花冠があった。途中で作ろうという話になり、作り方は本で読んだことがあるというフラン指導のもと一生懸命作った。フランの花冠は色とりどりで、なまえの花冠は白色。フランは既に自身の頭に花冠を載せて上機嫌だ。綺麗にできたことを喜んでいたところに、クー・フーリンの良く通る声が二人を呼んだ。
声のした方を見ると、何故かボロボロな姿の立香と、上機嫌で鹿ではなく巨大な猪を担いでいるランサーのクー・フーリン。アーサーとキャスターのクー・フーリンは、連携が決まり気持ちよかったと互いを健闘し合う言葉を掛け合っていた。猪を狩るために全員で協力をしあったようだ。
「ウッ。ウウ!(大きい!)」
「良くこんなに大きな猪を狩れたね!? 大変だったんじゃないのっ?」
ドシンッという音とともに地面に下ろされた猪はとてつもなく大きい。この猪を担いできたクー・フーリンもすごいが、森の中にこれほどまでに大きな存在が居たとは。フランと話をしていた際、時折、爆音やら轟音やら魔力を持っていかれる感覚はあったものの、正直驚いた。
誇らしげに微笑み、これでしばらくはカルデアの食料事情も困らないだろうとランサーのクー・フーリンは言う。厨房を牛耳るサーヴァント達の密かに喜ぶ姿が目に浮かんだ。そうだね、と相槌を打うと同時に、ぱたりと静かに倒れた立香の傍へとフランとともに歩み寄る。
「ウ、ウ……?(大丈夫?)」
「オトリは……もう、嫌だ……」
立香の呟きに、えっ、と思わず声が出る。この猪を狩るにあたり全員で協力をしたのは良いが、立香は貧乏くじを引いていたようだ。サーヴァントが三騎もついていたから命の心配はいらないものの、ボロボロになるのも納得だ。ザザッという通信音とともにマシュが姿を現し、先輩の勇士に感動しました……! と敬礼する。フランも真似して敬礼したが、立香の反応はなかった。
軽く息を吐き、なまえは呪文を唱えると回復術をかけてやる。これで少しは体が楽になるだろう。お疲れ様、と労いキャスターのクー・フーリンとまだ熱く語り合っているアーサーのもとへと歩を進めた。
「よお、嬢ちゃん。どうよ、この猪の大きさは」
「すごく驚いた。全員で力を合わせた成果が、こんなに大きな猪だなんて……!」
ニッと歯を見せて笑うとキャスターのクー・フーリンはなまえの頭を軽く撫でるなりその場を離れた。つんつんとフランに突っつかれている立香のもとへ行き、生きてるかー? と声をかけ同じく突っつき始める。そっとしておいてあげて、と心の中で呟くきつつ、アーサーに視線を戻した。
「お疲れ様、楽しかった?」
「ああ、とても。ありがとう、マスター!」
せっかくの自由時間なのだ、お互いに楽しいことをすれば良いと思っただけだ。だからお礼を言われる程ではないのだが――まるで少年のように嬉々とした色を浮かべているアーサーが何だか可愛らしくて表情が緩みそうになったのは内緒だ。
「そちらも楽しかったかい?」
元気よくうなずき、フランとたくさん花を摘んだり話したと告げる。
「……花冠?」
ふと、アーサーの目がなまえの手元に向いた。持っていた白い花冠を見つめ程なくして、綺麗だね、と呟く。フランと一緒に作ったのだと言うと、上手に出来ているとアーサーは微笑んだ。
何気なく、なまえはあることを思いついた。アーサーを呼び、少し屈んで欲しいとお願いする。アーサーは小さく首を傾げたものの、なまえの言う通りにしてくれた。少しだけ膝を折ったアーサーの頭に、なまえは腕を伸ばして持っていた花冠を載せた。アーサーの美しい金色の髪に白い花々は良く映える。ぱちりと目を瞬くアーサーになまえはにこりと笑った。
「冠って、王様がかぶった方が似合うと思って」
頭に載せられた冠に手を触れてみると、指先に花の柔らかな感触。自分に花冠――と姿を想像したのか、苦い笑みを浮かべるも姿勢を正し軽く頭を横に振り、唐突に恭しくアーサーは告げた。
「恐れながらこの冠は私よりも――、」
一度言葉を切ると、アーサーは花冠を両手で持つなりそっとなまえの頭の上に載せた。
「君の方がとても良く似合う。まるで妖精――否、花の姫君のようだ」
ふわりとやさしい風が吹いた。その風は花畑を揺らし、何枚かの花びらを舞い上がらせる。花冠をのせているなまえと、花畑、そして花びらが舞う光景は実に幻想的だった。
アーサーは静かに息を呑む。しかしすぐに口元に笑みを浮かべ、そっとなまえの頬に手を添えた。
「ああ、本当に――とても綺麗だ。なまえ」
強かな瞳、朗らかな表情、声、ぬくもりに、なまえは呼吸をするのも忘れてしまいそうになる。胸は高鳴り、熱が一気に上っていく感覚。ふいと視線を逸らそうとするも、もっと良く顔を見せて欲しいとアーサーは覗き込むようにして見てくる。
「ところで姫。皆の協力を得たものの、私は獲物を仕留めて参りました」
図々しくも褒美を頂けるとうれしいのですが、とアーサーは続ける。褒美!? と内心驚いたものの、何かあっただろうかとなまえは考えた。おろおろとしている様子にアーサーは小さく笑うと、それではこうしよう、と呟くなりなまえの額に触れるだけの口づけを落とした。微笑むアーサーとは裏腹になまえの顔は林檎のように真っ赤に染まっている。ふらふらとした足取りで二、三歩退がると、なまえは両手で自身の頬をはさむようにしておさえると同時に、咄嗟に思い浮かんだ言葉をぽつりとこぼした。
「……ほめて、つかわします」
言い慣れていないからか、です、と最後に詰まりながらも付け加えてなまえは結んだ。その様子がアーサーとしては何ともおかしく、そして愛らしくて、再び、今度は綻んだ色を見せた。
わたしの心を満たす温もり
「ねえ、誰かあの二人にそろそろ帰るよって声をかけてきてよ」
いつの間にか復活した立香の言葉に、フラン、そしてクー・フーリン達は、無理、と両手を上げてふるふると軽く頭を横に振った。モニター越しに、二人の世界に入ってしまったなまえ先輩とアーサーさんの間に割ってはいるのはちょっと……、とマシュも困った色を浮かべつつ断る。割って入ってしまえば後は楽なのだが、それまでがどうも敷居が高いのだ。なまえの親友であるモードレッドや、何故かすこぶる寵愛の意を表して常にアーサーの邪魔をするこの世界のアーサー王こと反転したアルトリア・ペンドラゴンと英雄王ことギルガメッシュはある意味、別なのだが。
「ここは大将が先陣を切るのは常だろ?」
「そういうわけで頼むぜ、マスター!」
「ウ、ウウ!(がんばれ!)」
助ける求めるようにマシュに視線をやるも、がんばってください! と幸運を祈るとでも言うかのように親指をグッと立てたポーズを返される。フランからも同じポーズをされ、最後にはトドメとばかりにクー・フーリン達からも任せたと声をかけられた。
今日は何故か貧乏くじを引いてばかりなことに立香は大きく肩を落とす。重い足取りで、二人の世界が出来上がっている例の空間へ向かいゆっくりと歩を進めた。
愛子||180707(title=空想アリア)
(二人の世界に入るまでが難関)