その時、誰かが叫んだ。
声に従い振り返った瞬間、まるで映画のワンシーンのように時間が止まったように思えた。膝から崩れ落ちる瞬間、すべてがスローモーションに見えた。薄れいく意識、唐突に霞む視界。意識が途切れる前に見えたのは、こちらへ手を伸ばし何かを言っているジキルの姿だった――。
ふと、目が覚めた。
二、三度瞬きし、真っ白な天井に視点を合わせる。ここは何処かと思考の回らない頭で考えようとした時、すぐ近くで息を呑む音が聞こえた。
「マスター……!」
視線を動かすと、契約をしているサーヴァント――ジキルが居た。名前を呼ぶとこくりと頷き、本当に良かった、と安堵の息を吐く。此処はどこかと尋ねると、カルデアの医務室だと教えてくれた。
身体を起こそうとすると、ずきりと鈍い痛みに襲われる。無理をしない方が良いと言われ、素直に従った。特異点で何が起こったのか、まだはっきりとは思い出せない。いったい何が……とこぼすと、覚えていないのかい? とジキル。状況を教えてほしいと伝えると、目を伏せるも答えてくれた。
「戦っている最中、マスターの背後から敵が現れたんだ」
なまえの背後から現れたのはゴースト系の敵で、音も気配もなく現れたものだから全員が瞬時に対応できなかった。ただ一瞬だけ姿を眇め見た立香がなまえに向かって避けろと声を張り上げたものの間に合わなかった。ゴーストの攻撃をまともに受けたなまえは、そのまま地に倒れた。ジキルが消滅していないことから命に別状はないものの、かなりの重症を負ったことは一目でわかるほどだった。早急になまえをカルデアへ帰還させる必要があり、ジキルは霊薬を飲みハイドとなり敵を殲滅した。カルデアに居る医術に長けるサーヴァント達が尽力してくれたお陰で、こうしてジキルともう一度話すことができる状態にまで回復をし、今に至る。
「ごめんね……迷惑、かけちゃったね」
「マスターが生きているだけで、それだけで僕は充分だよ」
目を細め、ジキルはそっと腕を伸ばしてなまえの頬を撫でる。本当に良かった、と今にも泣きそうな色で紡ぐ。相当心配をかけてしまったのだとわかり、なまえはただただ謝ることしかできなかった。
「――……僕はもう二度と、マスターを失いたくない」
小さな呟きに嗚呼そうかと思う。ジキルから聞いたことがある。以前に別の聖杯戦争に参加し、そこで――自身のマスターを死なせて(失って)しまった、と。ジキルはそのことを今でも悔いている。もしあの時、なまえが命を落としていたらジキルは再び後悔の念に苛まれることになっていたかもしれない。
もう一度、謝ろうとした時ジキルは俯いた。こつんと額と額が触れ合ったかと思うと、ジキルは静かに唇を開いた。
「死んだら許さねぇぞ……お前は俺が、いつか――」
低く、それでいて乱暴な物言い。けれどもどこか優しい声音。視線を上げて覗き見るとジキルではなく、ハイドが居た。ハイドは先の言葉を繋ごうとするも、奥歯をかみ締め何かに抗っていた。ジキルとハイド、善と悪が内側で闘っているのだ。ギリッと歯噛みし苦悶の声をもらす"二人"に、なまえは瞼を閉じると唇に言葉をのせた。
「心配をしてくれてありがとう、ハイド」
ぴくりと"二人"の肩が揺れる。小さく息を吐くと、なまえは先を紡ぐ。
「ジキルもありがとう。わたしは――死なないよ」
瞬間、"二人"から力が抜けてなまえから離れる。ほどなくして、顔をあげてふわりと微笑んだのは――ジキルだった。
「ああ、マスターは死なない。死なせなんてしない。僕が君を……なまえを、必ず守ってみせるよ」
無理をしてはいけないとわかっているがしておかなければいけないと思った。利き手を動かすとずきりと身体は痛んだが、それでも構わない。小指を伸ばすと何がしたいのか理解してくれたのか、ジキルは頷くと自身の小指を絡めた。
あなたの傷ごとあなたを愛するから
(約束ね、ジキル……――ハイド)
愛子||180709(title=空想アリア)