それはただの事故だった。
曲がり角で同期の藤丸立香と正面衝突してしまった。立香は何やら急いでおり、勢いあまってなまえを押し倒す形となってしまった。咄嗟に防御の魔術を行ったため怪我等はなく、ごめん大丈夫!? と慌てる立香に、ぜんぜん平気だよと笑う。ほっと安堵の息を浮かべるや否や、立香が急いでいた原因がぬらりと蛇のように姿を現した。

「マスター……わたくしというものが居りながら、そこな平凡な魔術師とそのような関係だったのですか……?」
「いや違ッ。清姫、なまえは関係ないから! だから、」

なるほど今日も今日とて狂気のストーカーと化している清姫から逃げていたからかと理解する。本当にごめんと謝りながら立香は離れ、なまえに手を差し伸べた。その手を借りて立ち上がると、いつの間に立香の傍へ来ていたのか、ずいっと二人の間に清姫が割って入ってきた。じろりと睨んでくるその瞳は嫉妬の色が濃くあり、思わず苦い笑みを浮かべる。

「この際ですので率直に伺いますが、あなたは安珍様とは一体どういうご関係で?」

どうもこうも安珍様――否、立香とはただの同期であり戦友だ。素直に応えようにも、果たしてバーサーカーである清姫に通じるだろうか。湾曲して伝わっても困りものであるはあるが。

「マスター、なまえ。道の真ん中で何をしているのかね?」

と、弓の英霊であるエミヤが通りかかった。さあっ、と迫る清姫から視線を逸らし、目で助けてとエミヤに訴える。

「清姫、なまえと俺は本当にそういう関係じゃないよ。なまえは俺の魔術の師匠でもあるし、友人でもあって。だから、」
「マスターは少し黙っていてくださいまし」

ぴしゃりと一蹴され、立香はきゅっと唇を結ぶ。二人の置かれている状況を察したのか、エミヤは大きく息を吐くと歩みを進めた。

「マスターとなまえはそういう色恋沙汰な関係ではない。それは私が保障しよう」

清姫の隣を抜けてなまえの傍に並ぶ。視線をエミヤにやり清姫は淡々とした口調で言った。

「その根拠は?」

ふっとエミヤは唇の両口角を上げると、なまえの腰に腕をまわし自身の方へと引き寄せた。

「何故なら、なまえと私は"こういう関係"だからだ」

パチパチと目を瞬くなまえに、そうだろう? とエミヤは問うてくる。清姫の後ろで、そうだったの!? と驚く立香を他所に、上目でエミヤを見つめて数秒こくこくと何度も頷く。

「嘘のようにしか見えませんが……、」
「あっ。う、うう嘘なんかじゃないよ清姫! なまえとエミヤは本当に仲睦まじい関係で、」
「マスターの慌てよう……やはり嘘なのですね」
「なんでわか、」
「清姫、本当のことよ」

ボロが出そうになった立香を遮り、凛とした声音でなまえは紡ぐ。

「わたし、エミヤのことが好き。尊敬するひとりの人として――この気持ちに嘘や偽りはないわ」

ぴくりと腰にまわっている手が小さくだが反応した。告げた言葉に虚偽はない。尊敬をしているのは確かだし、特に料理作りの練習ではとても世話になっている。言動は時折厳しいが、それでも立香とはまた別の、一人の男性として見ることは度々あった。
何かの機会でなければこのような恐れ多いことはできない。今このひと時だけ――と心の中でぽつりとこぼすと、そっとエミヤに寄り添った。
なまえの表情、仕草には一遍の陰りもない。じっとなまえとエミヤを見ていた清姫だったが、程なくしてふうっと表情を緩めた。

「それならそうと早く仰って頂ければ良かったのに。ふふっ、お二人に倣ってわたくし達も愛を育みましょう。ねえ、ますたぁ?」
「あー……そういえば俺、マシュに呼ばれてたんだ。それじゃあ!」
「ああっ、待ってください!!」

キリッとした表情と同時に立香は再び清姫からの逃亡を始めた。くるりと踵を返して走り出した立香を愛おしそうに呼び清姫は後を追う。
嵐は去り、残されたなまえとエミヤは何気なく顔を見合わせると、それとなく距離をとった。お互いにふいと顔を背け何を話せば良いのかと悩む。
その場しのぎを良いことに個人的においしい思いをしたのだ。それに、まずは助けてくれたエミヤに礼を言わなければならない。

「助けてくれてありがとう。その、迷惑をかけてごめんなさい」
「気にするな。それよりも、先程の言葉だが――真に受けて良いのかね?」

清姫に放ったあの発言のことを言っているらしい。どきりと胸は高鳴りなまえは先を詰まらせる。じっとエミヤに見つめられ、えっと、と一度区切り静かに深呼吸をした。

「それを言うなら、わたしだって……あの言葉、真に受けたいのだけれども」

ちらっと上目で眇め見ると、エミヤは少し驚いた色をした。ふっと微笑むと、そっとエミヤは腕を伸ばしなまえの頬をやさしく撫でた。

「なら、互いに真に受けようじゃないか」

それはどういう意味かと尋ねようとした時、近くにエミヤの凛々しい顔があった。ほんの一瞬の出来事。唇に柔らかな感触があったかと思うと、すぐに離れた。いったい何が起こったのかと止まった思考を一生懸命に回転させる。
理解をして数秒後、一気に頬に熱が昇った。
いつもは冷静なエミヤも今ばかりは照れているのか、頬にほんのりと赤色がさしている。しばらく顔を見合わせていたが、ずっと同じ想いを持っていたということに気づいた嬉しさと、恥ずかしさとが入り混じり、言葉にできない。
沈黙に耐えかねて、二人は同時にふき出した。


幼い嘘からほころんだ二人
(嘘が本当になりました)

愛子||180710
(title=空想アリア)