上半身を起こして座った状態のまま、視線だけをある方へと動かす。ベッドの傍にある椅子に腰掛け、膝の上に盆を載せてレンゲで粥を一口すくい食べやすいようにと息を吹きかけて冷ましている彼――唯一契約をしているサーヴァント、アーサー・ペンドラゴンは、よしっ、と微笑んだ。

「はい、マスター」

そう言ってアーサーはレンゲをなまえに差し出す。これはすなわち、食べさせてやるから口をあけろ、という意味らしい。無意識にきゅっと下唇を噛み、どうしてこうなったんだっけ、となまえは必死に経緯を思い出した。
事は数時間前。同期の藤丸立香と反転したこの世界のアーサー王ことアルトリア・ペンドラゴン、同じく反転したジャンヌ・ダルク、そしてバーサーカーの坂田金時と、なまえとアーサーは極小ではあるものの特異点になり得る場所が観測され、修復へ向かった。犬猿の仲とはまさにこのことで、アルトリアとジャンヌオルタは行く前から口論していた。二人だけで行うのであれば良いのだが、アルトリアは随分となまえのことを気に入っている。その為、常になまえを間に挟んで口論を始め、逆にアーサーが頭を抱えた。そんなアーサーを慰めるように金時がポンッと肩を叩き労ったのは言うまでもない。
行くまでも大変だったが着いてからも一悶着あった。二人の所為でなかなか観測されている場所に進まず、目的地に着いたかと思えば、当初よりも敵性反応が増えており巨大な魔猪も数十体は居た。
予定は少し狂ったものの、マシュのサポート、そしてなまえと立香の指示によりアーサー達は確実に敵を倒していく。
残り三体となった時、想定外のことが起きた。
魔猪の一体が立香に向かって突進して来たのだ。まさかのことにアルトリアやジャンヌオルタ、金時やアーサーは反応が遅れた。咄嗟に動いたのはなまえで、魔術で足を強化し地を思い切り蹴り、立香のもとへ飛ぶ。その勢いのままに立香を思い切り突き飛ばしたと同時に魔猪の突進を二人して避けた。だが、魔猪の牙がなまえの利き手を掠っていた。庇うようにして倒れたなまえの腕からは血が流れ、立香は大きく目を開く。立香がなまえの名前を呼んだ刹那、顔色を変えたアーサーが宝具を展開し、一気に魔猪を蹴散らした。
心配する立香やアルトリア、厳しい言葉をかけるものの気遣ってくれるジャンヌオルタに大丈夫と告げ治癒の魔術を施し応急処置をする。負ぶってやろうかと声をかけてくれる金時に礼を言ったのと入れ違い、アーサーが駆け寄って来た。応急処置を施した為、怪我の具合は少し治まったものの血は出ている。息を呑むと、アーサーはなまえを抱え上げマシュに急いで帰還の手配を頼んだ。いつもなら邪魔をするアルトリアだが、今はアーサーと同じようにマシュを急かしている。そんな二人をジャンヌオルタと金時が諭し、何とか落ち着かせているという状態だった。
カルデアへ帰還するなりアーサーにより医務室へ連れて行かれ処置を受け、対応が早かったというのもあり全治一週間の診断を受けた。だが、約3日程は利き手を動かさず安静にするように言われ、後から駆けつけた立香達はアーサーから報告を聞き安堵の息を吐き、少し会話を交わした後、各々マイルームへと戻った。
傷は痛むものの腕以外は元気な為、腹の虫が大きく鳴り食堂へ行こうとしたがアーサーにより止められた。アーサーの顔は笑って居らず淡々とした口調で、ベッドで休んでおくように、自分が食事をもらいに行ってくるから、と言い食事を運んで来てくれた。事情を知っているからかエミヤなりの気遣いで食べやすいように粥を作ってくれた。さっそく食べようとしたが、利き手を使わせないようにと、アーサーがレンゲを奪い――冒頭へ戻る。

「あの、アーサー……気持ちは嬉しいけれども、レンゲがあるから一人で、」

食べれるよ、と結ぼうとしたが言葉は止まる。アーサーの雰囲気は明らかに違っていた。レンゲを下げ、一旦、粥を器の中に戻す。盆を近くのテーブルの上に置くと、アーサーは静かに唇を開く。

「マスター……否、なまえ。僕は怒っている」

知ってる、となまえは心の中で返事をする。治療を受けた後、心配をしてはくれているもののアーサーの言葉数は少なかった。

「一つ間違えれば君は命を落としていたかもしれない。人類最後のマスターの一人として、もう少し自覚を持つべきだ」

それに、とアーサーは続ける。

「もっと僕達を信用して欲しい。あの時、ジャンヌ・ダルクが炎でリツカを守ろうとしていた」

そうだったの……、と思いつつなまえは謝ることしかできない。アーサーは軽く息を吐くと、目を伏せているなまえの頬をそっと手のひらで撫でた。

「君が居なくなってしまうと考えただけで、僕は――……」

と、頭を左右に振り口を噤む。どれだけの心配をかけたのか、アーサーの態度で痛いほど分かりなまえも唇を結んだ。軽く息を吐き、アーサーはなまえの名前を呼びゆっくりと先を紡いだ。

「二度と心配をかけないと、約束をしてくれないかい?」

もちろん断る理由はない。顔を上げて頷くと、アーサーはふわりと微笑んだ。頬から手が離れ、アーサーは小指を伸ばす。なまえも表情を緩めると、差し伸ばされた小指に自身の小指を絡めた。

「ゆびきりげんまん」
「嘘ついたら針千本のーます」

指切ったと続けようとしたが、それでは駄目だ、とアーサー。

「嘘を吐いたら……そうだな。僕が付きっ切りで看病をする、というのはどうだろう?」
「えっ!?」

それはつまり、完治するまで絶対に傍を離れないということかとなまえは考える。もしそうなら食事や風呂等々、二十四時間一緒に居る――ということになるのか。密かに嬉しいことではあるが、絶対に逆らえないし怪我を負ったことに関してまるで保護者のように時折小言を言われることを考えると、正直よろしくない。特になまえのメンタルと心臓が持たない。
それは困るという意を込めて頭を左右に振ると、アーサーは反応を読んでいたらしく目を細めた。むうっと観念したように唇をすぼめると、わかった、となまえは頷いた。

「アーサーに心配をかけないって約束する。マスターとしての自覚も、改めて持ちます」

そう伝えると、いい子だ、とアーサー。ゆびきった、と結んぶと、なまえも一呼吸遅れて同じ言葉を言い終え互いに小指を離す。約束を交わした直後、ぐうっとなまえの腹の虫が泣いた。食事をお預けしていたことを思い出したのか、ごめんよとアーサーは一言謝りテーブルの上に置いた盆に手を伸ばした。だがすぐに動きを止め、恥ずかしそうに腹をさすっているなまえを呼ぶ。小さく首をかしげた瞬間、額に柔らかな感触。ぱちりと目を瞬くなりアーサーと目が合う。額に触れたものの正体に気づき、程なくしてなまえの頬に熱が上る。

「い、いきなり……どうしっ、」
「約束をしてくれたお礼にと思ってね」

朗らかにアーサーは微笑む。その表情に、瞳に、声に、自然と胸は高鳴る。静かに深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。軽く息を吐いたところで、感謝を込めて笑顔した。


不器用な愛だけどありったけの
(少し過保護すぎるところも、全部含めて大好きです)

愛子||180812(title=星屑Splash!)