様々な事情が重なり共闘することとなった衛宮士郎の家で世話になること早数日。家事等は主に衛宮と、その後輩の間桐桜が担っていた。二人の料理に既に胃袋を掴まれているのは恐らくみょうじなまえだけではないはずだ。けれども、どうも世話になるばかりは性に合わず密かにうずうずとしていたのだが、それがついに爆発した。
なまえは此度の聖杯戦争にマスターとして参加してはいない。兄弟弟子の遠坂凛を手伝う為、魔術師として手伝いはしている。この戦いに裏方ではあるものの協力をしている為、何かあっては困るとのことで凛からは必要時以外の外出は控えるようにと耳にタコが出来るほど言い聞かされていたが我慢が出来なかった。
衛宮と凛は魔術の修行で離れに居り、桜はまだ部活があるため来てはいない。衛宮のサーヴァント、セイバーは道場で精神統一をしているらしくこもったきりだ。藤村大河も桜と同じく学校に行っており、まだ来てはいない。このチャンスを逃すまいとなまえは厚手のコートを羽織ると財布のみを手にして衛宮邸から出かけた。
商店街へ続く道へ出るために曲がり角を曲がった刹那、どこへ行くのかね? と背後から覚えのある声に問われた。ビクッと体を震わせ動きを止め、恐る恐る振り返る。果たして背後に居たのは、衛宮邸の屋根で見張りをしていたはずの凛のサーヴァント、アーチャーが呆れた顔をして立っていた。ええと、と言いよどんでいるとアーチャーは小さく息を吐く。

「行ってくると良い。もし凛に何か聞かれたら、その時は適当に答えておこう」

思いがけない言葉に瞳を輝かせると、ついでだが君のことも見張っておく、と残しアーチャーは霊体となり姿を消した。ありがとう! と声に出して礼を言うと、なまえは再び歩き始める。
商店街に着くと、ちょっと良いお肉と野菜、そしてフランスパンを買い込む。今日はどうしてもビーフシチューが食べたかった。両手にビニール袋を持ち、久しぶりの買い物に鼻歌交じりで衛宮邸へ戻ると、何故か怒られた。
玄関先で待ち受けていた凛は満面の笑みで仁王立ち。衛宮は心配したんだぞと声をかけつつも隣の凛の様子をちらちらと見やっていた。二人の後ろにはほっと安堵した様子のセイバーが立っている。

「このわたしの言葉を無視して外に出歩いたんだから、それ相応の事情があったのよね?」

一歩後退り、アーチャーから何か聞いていないかと問うも、確認する前に帰ってきたのだから知らないと一蹴された。タイミングの悪さにがくりと肩を落とす。

「ええと……これ……」

言葉につまりつつ買い物袋をそっと差し出すと、凛は奪うようにして中を見ると、そういうことかぁ、とこぼした。

「たかがビーフシチューを作りたいがために外出したってわけね?」
「はい……たかがビーフシチューのために出かけてごめんなさい……」

しゅんっと体を小さくして謝ると、料理をするために!? と衛宮は驚いた色を浮かべていたが、なまえの姿を見てほどなくして目を細めた。

「ビーフシチューを作る為に黙って外に出かけるなんて、みょうじも変なところがあるんだな。けど、自分で作りたいって気持ちは良くわかる」

衛宮の神的対応になまえは嬉しさのあまりに、はわんっと表情を緩めるも、次の瞬間、ハッと動きを止めた。凛の笑顔が三割り増しになっており、おまけにひくひくと頬の筋肉が強張っている。いろんな意味で降参です、という意思表示を兼ねて両手を上げると、凛は満面の笑みで告げた。

「許して欲しかったら、最高のビーフシチューを作りなさい」

こうして凛の命令――否、久方ぶりのビーフシチュー作りが始まった。



台所を借り、こっそりと自宅から持ってきていたマイエプロンを着けていざ下ごしらえを始める。衛宮もサポートとして隣に立ち、傍から見るとちょっとした料理番組のようだ。
凛とセイバーはこたつの中に入り、二人の様子を時折伺いながらもテレビをつけてのんびりとくつろいでいる。
肉と野菜を切り準備を終えると、ここでなまえなりの一工夫を加える。炒める前に肉にフォークを何度か突き刺し、予め繊維を壊しておくのだ。そうすると、肉は硬くならずに煮込むことができる。親の敵とでも言うかのように怪しい笑みを浮かべながらザクザクとフォークと肉に突き立てているなまえに、衛宮が若干引いていたのは内緒である。
下ごしらえを完璧に終え、借りた鍋にオリーブオイルを入れ、肉に焼き色が付いてきたのを確認すると次に野菜もともに炒める。
軽く下味をつけ、充分に焼き色がついたところで水を加えた。コトコトという音をBGMになまえは鼻歌を歌う。あまりの手際の良さに、隣で簡易サラダを作っていた衛宮は密かに関心した。
灰汁を取り、しばらく煮込んだ後、買ってきた市販のルーを入れる。ふわりと漂う香りにテレビを観てくつろいでいた凛は、良い匂い〜、とこぼした。セイバーもほわんとした表情を浮かべている。
全体的にルーが広がったのを見てとると、なまえは衛宮を呼んだ。

「士郎くん、悪いけど買ってきた袋の中から蜂蜜取って。後、摩り下ろしにんにく使わせてもらうね」
「このタイミングでその二つを入れるのか……?」
「うん、このタイミングが重要なの!」

えっへんと自信満々に胸を張って言うと、へぇ、と衛宮は相槌を打ち、封を切った蜂蜜を手渡してくれた。ついでにチューブに入っている摩り下ろしにんにくもなまえが取りやすい位置に出してくれる。ありがとうっ、と礼を告げ、最後の仕上げとしてそれぞれを鍋の中に加えた。軽くかき混ぜひと煮立ちさせると、よしっ、となまえは声を上げる。

「出来上がりです!」

どれどれといった風に衛宮は鍋の中を覗き、うまそうだと感想をこぼす。念のために用意していた小皿を手に取り、シチューを軽く注ぐと、はいっ、と衛宮に差し出した。

「士郎先生、味見をお願いします!」
「先生って……普通に呼んでくれよ」

苦い笑みを浮かべつつ、衛宮は差し出された小皿を受け取る。士郎くんお願いします! と言いなおすと、わかった、と衛宮は返した。熱々のビーフシチューに息をかけて冷まし、程よい温度まで下がったであろう頃合で衛宮は小皿に唇をつける。くいっと皿を傾け味見。舌の上に広がる味に、衛宮はぱちりと目を大きく瞬いた。

「――美味い」

素直に感想をこぼすと、やったー! となまえは喜ぶ。

「なあ、みょうじ。後でこのビーフシチューのレシピ、教えてくれないか?」
「良いよ。衛宮家でも代々伝えてくれたまえ!」
「代々って……けど、本当に美味いなっ。ポイントは、やっぱり最後の味付けか?」
「うん。ルーが全体に溶けた辺りで二つの調味料を加えるのがポイント」

なるほど、と衛宮は呟くと小皿に残っているシチューを最後まで啜る。

「出来たのね!? じゃあ早くテーブルに並べましょう!」

こたつに居座りながらバンバンッと凛はテーブルを叩く。余程、なまえのビーフシチューを楽しみにしているようだ。セイバーは腰を上げて二人のもとへとやって来た。

「なまえ、シロウ。運ぶのを手伝います」
「ありがとう、セイバー。気持ちだけで十分だ。すぐに持っていくから戻っててくれ」
「わかりました。なまえのビーフシチュー、とても楽しみです」

瞳を爛々と輝かせ、セイバーはくるりと踵すを返した。戻る最中にセイバーの腹の虫が元気に鳴っていたのは言うまでもない。
ビーフシチューを皿に盛っているなまえの隣で、衛宮はフランスパンを食べやすいように切っている。その時、玄関の扉が開きどたどたと慌しい音が近づいてきた。

「たっだいま〜! 良い匂いー! 士郎、今日の夕飯は何?」
「ただいまです。とても美味しそうな匂いが外までしていましたが……」
「お帰り、二人とも。今日はみょうじが作ったビーフシチューだ」

ビーフシチュー、と復唱し二人は台所に立つなまえに視線をやる。視線を感じたなまえはくるりと振り返り、にこりと笑う。

「手洗いうがい後、すぐに集合です! 準備をして待っていますっ」
「わかった! 桜ちゃん、急ぐわよ!!」
「わっ。ふ、藤村先生!?」

桜の手を掴み、大河はバビュンッという効果音とともに手を洗いにいったんその場から離れる。その間になまえと衛宮は皿に盛った料理をそれぞれテーブルに並べた。出てきた料理に、待ってました! と凛。セイバーは今にでもじゅるりとよだれを垂らしそうだ。
マッハという表現が正しいかもしれない、大河と桜が駆け足で戻ってきた。とう! という掛け声とともに大河はいつもの位置に飛び込み、るんるんっと歌っている。大河に引っ張られた桜は、少しへろへろになりながらも席に着いた。
全員がそろったことを確認し、エプロンを外したなまえと衛宮も各々座った。

「それじゃあみんなで!」
『いただきます』

大河の掛け声とともに一斉に声を揃えた。スプーンを手に持ち、待ちに待ったビーフシチューを味わう。

「んーっ! やっぱり、なまえのビーフシチューは最高ね。ビーフシチューだけは絶品!」
「むうっ。凛、ひどい。だけって……それ以外もちゃんと作れるもん……」

むすっと両頬を膨らませると、冗談よ、と凛は笑う。けれどもビーフシチューは本当に大好きなのだと言うと、じゃあ許す、となまえは拗ねながらも返した。

「本当に絶品です。なまえ、また機会があれば是非、ビーフシチューを作ってください」
「近いうちに再び作ることをお約束します!」
「嬉しいです。その時は私も微力ながらお手伝い致しましょう」

もきゅもきゅと肉を租借しつつセイバーは幸せな色で言う。その際はよろしくね! となまえは笑った。

「ルーもおいしいけど、お肉もおいしいわねぇっ。口の中でほろほろと崩れていくのがまた良いわぁ」
「みょうじ先輩、このビーフシチューは何時間煮込まれたんですか?」
「1時間も掛かってないよ」

そんなに短時間で!? と驚く桜に、今回は良いお肉を使ったから余計かも、となまえは苦い笑みを浮かべる。それを聞き、衛宮はハッと表情を変えた。

「この味、その肉のお陰で出てるんじゃ……」
「違う違う! 今回はたまたまだよっ。スーパーで売ってるセールのお肉でも同じ味にできるから大丈夫っ」

なまえの言葉を聞き、衛宮はほっと安堵の息を吐く。あまりに高い食材は毎月の食費予算から足が出る可能性があるため、なまえ特製のビーフシチューをそんなにぽんぽんと作ることはできない。だが、セール品の物を使っても同じ味を作ることができると聞き心の奥底から衛宮は安堵した。
つかの間の温かな団欒。大勢で食べる食事はなんと騒がしく、とても楽しくて美味しいものなのだろう。食べている最中も笑みが絶えなかった。
食事を終え、ふうっと誰かが満足気に息を吐く。なまえも軽く腹をさすると、ゆっくりと立ち上がり台所へ向かった。鍋の中にはまだビーフシチューが残っていたため、凛にランチバスケットを、衛宮に耐熱容器とタッパー、そしてスプーンを借りた。
耐熱容器に再び加熱した熱々のビーフシチューを注ぎ、タッパーに残っているフランスパンを入れる。その二つとスプーンを凛から借りたランチバスケットに入れる。どこに行くのよ? と尋ねる凛に屋根の上、と指でジェスチャー。お人好し、と凛は口ぱくし肩をすくめると、大河と桜に話しかけ二人の注意をそらした。
こっそりと部屋を出るなり、みょうじ、と衛宮に呼び止められる。

「脚立なら土蔵に入ってすぐのところにあるから使ってくれ」

誰に届け物をするのかを衛宮も理解したのか、屋根の上で見張りを続けている"彼"のもとへ行くための道具の場所を教えてくれた。声を落として礼を伝えると、レシピ後で頼むな、と衛宮は言った。



屋根の上で見張りを続けていたが、予想外の来客にアーチャーは一瞥だけをくれた。

「何か用かね?」

と、声をかけるも一向に来客は姿を現さない。数秒と経たずに、たすけて〜、となんとも情けない声がアーチャーを呼んだ。アーチャーは軽く息を吐くと、腰を上げて声のする方へ向かった。

「……何をしているのかね、君は」

呆れながらに問うと、上がれませんー、とバケットを片手に構えぷるぷると小刻みに震え梯子の一番上で立ち止まっているなまえは答えた。荷物を手に取り、屋根にのぼるのを助けてやる。

「た、助かった……ありがとう、アーチャーさん!」

まったく、とこぼすもアーチャーは次いで用件を尋ねる。なまえはニコッと笑うと、夕飯を持ってきたと伝えた。

「ビーフシチューを作ったんです。皆からも絶賛してもらったし、アーチャーさんにも是非食べて貰おうと思って!」

手に持っているバケットの蓋を開け、ほう、とアーチャーは呟く。何気なくなまえの顔を見ると、食べて感想を聞かせてほしい、と書いてある。キラキラした瞳にじっと見つめられ、これは逃げることはできないと観念したのか、アーチャーは肩をすくめると少し休憩するとしようと呟いた。もと居た場所に座りなおし、アーチャーはバスケットの蓋を再び開ける。後ろではなまえがそわそわとしながら立っていた。
背後に立たれるのはどうも気になり、アーチャーは隣をぽんぽんと叩く。

「隣、座って良いんですか?」
「そう伝えているつもりだが?」

質問を質問で返すアーチャーに凛ならすぐに突っかかるのだろうが、なまえはぱあっと表情を明るくする。足元に注意をしながらアーチャーの隣に腰を下ろすと、にこりと微笑んだ。
どうもなまえと居ると調子が狂うとアーチャーは常々思う。バケットから耐熱容器を取り出し蓋を開けると、湯気とともにふわりと良い香りが鼻腔をくすぐった。スプーンでビーフシチューを一掬いし一口味わう。舌の上に広がる旨味に、ふむ、とアーチャーはこぼした。

「ほう。これはなかなか……」

アーチャーが料理上手なのをなまえは知っている。だから聞いてみたいことがあり、アーチャーさんっ、と呼んだ。

「100点満点中、このビーフシチューは何点くらいでしょうかっ」

どきどきと胸を高鳴らせ、アーチャーからの返事を待つ。そうだな、とアーチャーはこぼすと程なくして答えた。

「98点だな」
「後の2点はいったい!?」

満点だろうと高を括っていた為、何故!? と衝撃を受ける。

「残りの2点は、薄着でこれを届けに来たことについての減点分だ」

そう言うとアーチャーは一旦、持っていたものをバスケットの中に戻すと自身の外套を脱ぐ。突然薄着になったアーチャーをぱちりと目を瞬き見ていると、脱いだ外套を渡された。

「無いよりかはましだろう」
「えっ。でも、それだとアーチャーさんが……」
「構わない。それに、サーヴァントに風邪なんてもの無縁なものでね。安心して羽織ると良い」

使い間だから風邪なんてものは引かない、ということなのだろう。アーチャーなりの気遣いをこれ以上、無碍にすることもできずなまえは外套を肩にかけた。先程までアーチャーが着ていたからか温もりが伝わってくる。あたたかーい、と呟くなまえを眇め見て、アーチャーは再びビーフシチューを食べ始めた。

「――アーチャーさん」

軽く首をかしげたアーチャーに、なまえははにかんで言った。

「いつもありがとうございます」

すると、フッとアーチャーは唇の両端を上げた。


仮面の裏に隠された素顔
(これは、とある冬の出来事――)

愛子||180917(title=睡郷)