定期メディカルチェックを終えて背伸びをしながら廊下を歩く。異常はなく、健康で立ち会ったダ・ヴィンチも、ここのマスターたちは元気で大いに結構! と笑顔したくらいだ。医務室を出ると、後輩のマシュ・キリエライトが立っていた。結果を聞かれ、ぜんぜん問題なかったよ! と答えると、マシュは嬉しそうに微笑んだ。また後でね、と告げると、はい! と頷き医務室の中へ入っていった。
さて、メディカルチェックという今日一番の仕事も済んだ。一旦マイルームへ戻り、待ってくれている、唯一契約をしているサーヴァント――アーサー・ペンドラゴンに声をかけ、その後のことはゆっくりと考えよう。
のんびり歩いていると、背後から聞き覚えのある声に呼び止められた。振り返ると、とある特異点で出会いいつの間にか人類最後のマスターの一人でもある藤丸立香と契約し、カルデアサーヴァントの一員となったBBが居た。
「何か用かしら? BB」
「はい! なまえ先輩にとーっても大事な用事ですっ」
最後にハートマークをつけてBBは言う。けれども何故か背筋がぞわりとし、嫌な予感がした。一歩退がると同時に、BBはにこりと笑った。
「はーい、突然のサクラビーム!(面白く変身しちゃえー!)」
「えっ!?」
ハート型のビームを浴びせられ、咄嗟になまえは目を閉じる。ぼふんっと音がしたかと思いきや、ひやりとした空気を感じゆっくりとまぶたを開く。視線を落とすと、ひぃっ!? と無意識に声を上げ一気に顔に熱がのぼった。いつの間にか衣服は着慣れているものではなく、ハロウィンの時に誤って酒を飲んでしまったマシュがイタズラサーヴァント達により着せられた衣装――デンジャラス・ビーストに変わっていた。
両腕で自身を抱きしめるようにするも、急いでBBに向き合う。BBはくすくすと心底愉快そうに笑っていた。
「ふふっ、流石だよBB」
「そ、その声は――!」
と、BBの背後――廊下の曲がり角から覚えのある声がまたした。
「そう――私だ!!」
姿を現したのは同期の立香で、手には小型のデジタルカメラを持っている。そういうことかとなまえは瞬時に理解した。BBと立香は手を組んでいたのだ。はあっ、とBBは大きく息を吐くとやれやれと肩をすくめて言う。
「なまえ先輩? 質問をしたいようなのでお答えしますが、何故最強AIであるBBちゃんが下賎なマスターと手を組んだのかというと……ずばり。なまえ先輩にイタズラをする隙が全く見つからなかったからです!」
「下賎なマスターって私のこと? ひどくない?」
隣に並んだ立香が、ねえ酷くない? とこぼしていたが、BBは無視して先を続ける。
「なまえ先輩の隣には犬みたいにいつも傍をくっついているセイバーさん――もとい、異世界のアーサーさんが居るじゃないですか。私にイタズラをする隙を与えないよう、常に警戒をしていて手を出せない……」
なまえにイタズラをしたいと思っていた矢先、なんとなく立香に相談をしたところ、メディカルチェック後はアーサーも傍には居らず無防備になると教えてくれたのだと言う。立香お前……! と目で訴えると、てへぺろっと返事があった。
「私はアーサーが来る前のように、なまえちゃんに色んな格好をさせて、それでもって可愛い写真が撮れるならそれで良かったの。だからBBに協力したの」
「情報にはそれ相応のご褒美が必要ですので。ですから、先輩の望む衣装をなまえ先輩に着せることで協力いただきました。等価交換、というやつです」
そんなわけで、と立香はじゅるりとよだれを垂らしながらなまえに卑しい目を向けた。身の危険を感じ、なまえは二、三歩退がる。
「これでまた家宝が増えるでぇ……写真いっぱい撮るでぇ……!」
「立香先輩、もし良ければオプションをつけちゃいません? 私、触手みたいなものを出してなまえ先輩をいっぱいいじめます。ぬれぬれ写真にしちゃいましょう!」
「え。何それ、BB最高。採用」
グッと親指を立てて互いに頷き合うと、立香とBBはにたりと笑みを浮かべじりじりとなまえに迫った。
「さあっ、なまえ先輩? 観念して私達の玩具になっちゃってください!」
「私と一部のなまえちゃん愛好会サーヴァント達のために、あられもない姿を晒すのだー!」
「き、きゃあああっ!?」
バッと立香とBBは一斉に飛び掛ってきた。立香は某泥棒漫画の主人公のようなダイブだ。無意識に瞼を閉じて腕を前に出し瞬時に防御の体制をとった。心の中では彼――アーサーの名前を呼び心の中で祈る。
その時、ひゅっ、と一陣の風が吹いた。かと思うと、ドシャッという音。
「いたた……」
立香の声が聞こえ瞼を開けると、大きな背中がなまえを庇うようにして立っていた。
「――アーサーっ!」
祈りが通じたのか、そこに立っていたのはアーサーだった。アーサーはなまえを安心させるかのように、ふわりと微笑む。ほっと安堵の息を吐いたのもつかの間で、だんだんっと床を踏みBBは両頬を膨らませていた。アーサーの気配を察知したのか、飛び掛ったものの勢いを殺してアーサーの攻撃――かなり手加減をした風王鉄槌(ストライク・エア)を回避したらしい。
「どういうことだい? 二人とも」
鋭い眼差しを立香とBBに向けてアーサーは問う。立香は尻をさすりつつ立ち上がると、ぐうっと歯噛みしながら口を開いた。
「えっちな衣装を着たなまえちゃんをもっとあられもない姿にして写真を撮ろうとしました……」
「私はそこの無能な先輩にただただ脅されただけです! なのでBBちゃんは無関係であり無実です! 衣装は先輩が懇願したので仕方なくでーす!」
「ちょっ!? BB酷い! 裏切り者!!」
つーんとそっぽ向き、ぷくっとBBは両頬を膨らませる。邪魔が入ったことに対して余程ご機嫌ナナメなようだ。
「こうなったら憂さ晴らしにロビンさんを豚に変えて遊んできます!」
くるりと背を向け立ち去ろうとした際、何かを思い出したかのようにムッと表情を顰めながら言った。
「ちなみになまえ先輩のその姿は一時間もすればもとに戻ります! それじゃあ先輩、またいつかイタズラをするので覚悟しておいてくださいね」
語尾にハートマークをつけると、BBはその場からすっと姿を消した。ロビン逃げて今すぐ逃げて、となまえは口の中で呟いた。残された立香は分が悪いと察したのか、えっと、と辺りをきょろきょろと見まわすも味方は居ない。大きく息を吐くと、カメラをスカートのポケットに仕舞いすっと冷めた色を浮かべた。
「メディカルチェックそろそろ終わるだろうし……私の可愛いナスビちゃんでも愛でてくるか。アーサーには敵わないもの」
でもね! と立香はビシッとなまえを指差す。
「次は絶対に写真を撮るから!」
諦めんぞー! と捨て台詞を残し、立香は高笑いしながら去って行った。逃げてマシュすごく逃げて、となまえは願った。
嵐の去った廊下はシンッと静かになった。
アーサーは聖剣を仕舞いなまえに向き直ると、改めて今の姿を見て目を大きく見開いた。なまえは頬をほんのりと赤く染め、ふいと視線を逸らす。
「BBにイタズラされて……」
恥らうように自身を抱きしめてなまえは言う。その言葉を聞き、今度からはメディカルチェックの時も付き添いが必要か、とアーサーは思った。
「あの……どうして……、」
来てくれたのかと尋ねようとすると、マスターの、とアーサーはなまえの気持ちを読み取ったのか先をさえぎるようにして紡いだ。
「――なまえの呼ぶ声が聞こえた気がしたんだ」
部屋で待っているとき、なまえの助けを求める声がして急いで魔力を辿り駆けつけたのだと言う。本当にすごい人だなと心の中でこぼした。
アーサーは軽く息を吐き、マスター、と呼んだ。目のやりどころに困りながらも、けれどもしっかりと見据えた時だった。ふわりとなまえの体は宙を浮き、きゃっ!? と小さな悲鳴をあげた。なまえの体はアーサーに抱えられており、その姿はさながら王子様がお姫様を抱き上げる例のあれのようだった。
「え。ええっ!? あ、アーサー!?」
「今の姿を誰かに見られるのはまずいだろう? だから、最短でマイルームへ戻ろうと思っているのだけれど――」
驚き目をぱちりと瞬くと、嫌かい? とアーサー。ふるふるとなまえは頭を左右に振った。嫌なわけは無い、むしろとても有難い心遣いだ。しっかりつかまっていて、と言われ首に腕を回してぎゅっと抱きつく。
「いい子だ」
耳元で囁かれるや否や、アーサーは軽やかに床を蹴った。人間よりも早いスピードでなまえのマイルームへと向かう。道中、ふと視線を上げてアーサーの見ると頬が赤く染まっていた。けれども瞳は強かで、見ているだけで吸い込まれそうになる。真っ直ぐで、優しくて、それでいて温かくて――傍に居てくれるだけで安心する、大きくて大切な存在。自然と表情は緩んだ。恥ずかしくて、嬉しくて、それを隠すためにもう一度、次はしっかりと抱きついた。
私を包む温かさが君の存在を教えてくれた
(あなたはわたしの大好きな、大きくて優しい騎士様)
愛子||181005(title=星屑Splash!)