食堂で夕飯を食べていると、いつの間にか人が集まり、気づけば宴会が始まっていた。酒飲みサーヴァントを中心にどんちゃん騒ぎが始まり、厨房に目をやるとエミヤやキャット、ブーティカ達が既に酔っ払った集団の無理難題ともいえる注文に一つ一つ忙しなく応えている。
食事を終えたらすぐに席を立とうかと、同期の藤丸立香と後輩のマシュ・キリエライトと話したものの、事はそう簡単にはいかない。食器を返し静かに各々マイルームへ戻ろうとしたが、酒癖の悪いサーヴァント達に捉まりあれよと言う間に引き戻され席に座らされた。
浴びせられるしつこい絡みを、三人は手馴れたもので華麗にスルーするもなかなか解放してはくれない。そうして気がつけば食堂にはまたもや人が増えていた。なまえが唯一契約をしているサーヴァント――異世界のアーサー王こと反転したアーサー・ペンドラゴンは円卓の騎士達との戦闘シュミレーションを終えやって来たかと思うと、立香達のもとへ行こうと歩を向けたが、出来上がったサーヴァント数名により無理やり別のテーブルへと追いやられ、強制酒盛りに参加させらた。アーサーと目が合ったものの、こっちは大丈夫だから楽しんで、と常に開いているパスを通して伝える。すると頭の中に直接、何かあればすぐに呼べ、とアーサーの声が響いた。ありがとう、と礼を告げたなまえは、アーサーが傍に居るということに密かに安堵した。マシュはというと、食事を取りに来た子ども達の世話を始め、疲れた色を出したなまえと立香の前の席には自称素面らしい新宿のアーチャーが座った。
「ふむ、随分とお疲れのようだね?」
「慣れたにしても疲れるよ、流石に……」
「みんなすっかり出来上がっていたもの……」
「ならばそんなキミ達に私からとっておきのプレゼントを贈ろうじゃあないか!」
新宿のアーチャーがパチンと指を鳴らすと、酒盛りを企画した酒呑童子と茨木童子が二人のもとへとやって来た。手にはグラスを持っており、中には透明な液体が入っている。茨木童子のグラスには黄色い液体が注がれていた。
「はい、旦那はん」
「えっ。ありがとう、酒呑童子」
首をかしげながらも立香は酒呑童子から透明の方のグラスを受け取る。何だろうと思い嗅いでみるもにおいはしなかった。
「そら人間、受け取れ」
「ありがとう、茨木ちゃん……?」
なまえも立香を真似て黄色い液体のにおいを嗅ぐ。瞬間、すっと顔を上げて新宿のアーチャーに視線を戻した。
「こ、これは……っ!?」
「なまえ嬢には私特製、ミルクセーキならぬ――プリンセーキを用意した!」
「アラフィフ老……! 警戒していてごめんなさい! わたし、貴方のことを怪しんでいましたっ」
「え? 警戒されていたのかね私? マジで? デジマ?」
後その呼び方地味に傷つくナ! とこぼす新宿のアーチャーになまえはにっこり笑顔。悲しいッ! と声を出したが、新宿のアーチャーは先を続ける。
「マスターのはただの水だ。なに、怪しいモノ等は仕込んではいない」
なあ? と新宿のアーチャーは酒呑童子と茨木童子に振る。本当に? と立香は眉を顰めつつ酒呑童子に尋ねた。新宿のアーチャーにはいくつもの前科がある為、自身のサーヴァントではあるもののどうもすぐには信用出来なかった。
「うちは言われた通りにしただけやさかい、なぁんも知りまへんえ。なぁ、茨木?」
「うむ。吾も知らぬぞ! 人間の持っている水やプリンセーキとやらの中に酒呑特製、無味無臭即効性の酒が混ぜられていることなどなっ!!」
「いま全部吐いたよね? はい、これ返す」
茨木童子の自信満々な無自覚な自白を聞き立香は酒呑童子にグラスを返した。酒呑童子は受け取りつつもぷるぷると体を小刻みに震わせ必死に笑いを堪えている。しまった! と声を上げた茨木童子の後にある言葉が続いた。
「えっ」
ぱちんっ、と新宿のアーチャーはもう一度、指を鳴らした。
「なまえ嬢、飲んだ!!」
「あーもー俺の魔術の師匠、ほんとプリン馬鹿ー」
年甲斐もなく、完全犯罪(イタズラ)成功イエーイ! と喜ぶ新宿のアーチャーとは逆に、立香はテーブルの上に突っ伏す。新宿のアーチャーと酒呑童子、そして茨木童子は二人に完全犯罪もといイタズラをする為に今このひと時だけ組んでいたのだ。
間抜けな声を上げたのは酒呑童子特製、無味無臭即効性の酒が混ぜられたプリンセーキを無防備に半分程飲んでしまったなまえだった。ことん、とテーブルにグラスを置くなり、ひっくと小さなしゃっくりを一つ。みるみるうちになまえの顔は林檎のように赤く染まっていく。ほんと馬鹿ー、とこぼす立香の肩になまえはぽんっと手を置いた。
「人を馬鹿って言う方が馬鹿なんですー! なまえ馬鹿じゃないもん!」
「即効性半端ねぇっ!!」
なまえの一人称が名前に変わっており、バッと立香は顔をあげる。なまえは胸に手を当て何度か深い呼吸を繰り返した。
「立香……なんか、あつい……」
「酒呑童子特製の酒をガッツリ飲んだからだよ」
「立香……なんか、心臓がドクドク言ってて、つらい……」
「警戒もせずに酒呑童子特製の酒を飲んだからだよ」
淡々とした口調で返していると、唐突になまえは表情を変えた。
「もしかしてわたし……立香に恋をしているの……!?」
「アーサー! 今すぐ来て、これアカンやつやーッ!!」
声を張り上げバンバンッとテーブルも叩き立香は急いでアーサーを呼んだ。呼ばれたアーサーはテーブルを囲んでいた円卓の騎士達と他のサーヴァント達から浴びせられた質問等の一切を無視して席を立つと、すぐにやって来た。
「呼んだか? 随分と急いているようだが――」
「アーサー! まってたーっ!」
立香の代わりに答えたのはなまえで、嬉しそうにはにかむ。アーサーはぱちりと目を瞬くも、程なくして表情を変える。どういうことだ? とアーサーは鋭い眼光を立香に向けた。
「何故、我がマスターは酔っている?」
「えっ。何で酔ってるってわかったの!?」
「前に無理矢理……いや。ちょっとした事故で酔わせてしまったことがあってな。その時の様子と似ている、だからわかった」
「無理矢理飲ませたの!? 何してんの? 駄目じゃんそれっ」
貴様にとやかく言われる筋合いはない、とアーサーは顔を顰めるも、その夜のことを聞かせてやろうか? と立香に問う。ふるふると立香は首を横に振った。軽く咳払いをすると、アーサーは話を戻す。
「原因は、そこの胡散臭い紳士(ジェントルマン)と鬼共の仕業なのだろう?」
ずばりと言い当てたアーサーに、お見事! と新宿のアーチャーは感心する。しかし、キッとアーサーに睨まれ新宿のアーチャーはきゅっと表情を引きつらせると、そそっと席を立って逃げた。
「うち等も早いとこお暇しよか。小僧ンとこに戻るで、茨木」
「あ、待て酒呑! ではな人間!」
坂田金時をからかいに戻った酒呑童子の後を茨木童子は高笑いを残して追った。立香はため息をつくも、アーサーに事の経緯を簡単にだが説明する。そして最後に謝罪した。
「貴様が頭を下げることではない。これは、我がマスターの危機意識の無さが招いた結果だ」
「ありがとう……ちょっと気持ちが楽になったよ」
さて、とアーサーは話を切り替える。
「マスター、さっさと部屋へ戻るぞ。ここに居ては後々面倒なことが起こりそうだ」
アーサーが手を差し伸べるも、なまえはふるふると頭を横に振る。むっ? とアーサーが顔を顰めるや否や、にこっと笑みを浮かべて両腕を前に差し出した。
「アーサー、抱っこ!」
一呼吸置いてから、ほう? とアーサーの眉がぴくりと動く。しかしなまえは笑みを湛えたまま、抱っこー! と強請る。ふっとアーサーは口元を緩めると、くいっとなまえの顎を持ち上げ顔を近づけた。
「なかなかどうして、満点を与えたくなる程に上手い強請り方だな?」
「アーサーっ、大勢の前でそういうことはちょっと……」
「安心しろ。こんな所で襲ったり等は――」
しない、と続くはずだった言葉は喉の奥に消えた。立香も驚きぎょっと目と口を開けてとある一点を直視する。騒がしかったはずの食堂は一瞬にして音が消え、誰もがその光景に釘付けとなった。アーサーの唇は、柔らかなものに塞がれていた。塞いだものの正体はなまえの唇。一瞬離れたかと思いきや、両手でしっかりとアーサーの頬を固定し、今度は深く口付ける。拙いながらも口内に舌を侵入させ、ぎこちなく動かす。軽くリップ音を立てると、なまえとアーサーの唇は離れた。だが、間髪入れずに次はアーサーがなまえの後頭部に手をまわし支えると、一度離れた唇を再度触れさせた。なまえが行ったような拙いものではなく、口内に舌を侵入させ、歯列をなぞり、激しく、時に緩やかに啄ばむようなキスを繰り返す。なまえのくぐもった声が静まり返った食堂にある唯一の音。
「ふぅ……ん、はぁ……っ」
ほどなくして唇同士は離れ、銀色の糸が二人の間を厭らしく繋ぐ。瞳をとろんとさせているなまえをまじまじと見つめた後、満足気にアーサーは目を細めた。
「少し意地になってしまったな」
「な、何もしないって言ってたよねッ!?」
顔を真っ赤にした立香が叫ぶようにして言うと、うるさいとアーサーは一蹴。唐突に、なまえの体から力が抜けた。アーサーは咄嗟になまえを支える。えっ、と驚き心配の言葉を発しようとするものの立香はもごもごと詰まる。それでも立香が何を言いたいのかを理解したアーサーは、安心しろ、と告げた。
「眠っているだけだ」
程なくして規則正しい寝息がなまえから聞こえてきた。びっくりした……、といろんな事に対して心の奥底から立香は呟く。ほっと息を吐き胸に手を当ててみると、目の前で起こった映画かドラマのような大人のキスシーンにまだ早鐘を打っていた。
肩をすくめると、アーサーはなまえをしっかりと抱き上げる。その姿はまるで王子様がお姫様を抱き上げる、誰もが憧れ見惚れるような光景。なまえのマイルームへと戻るのだろう。
「――しかしあれだな」
食堂からの去り際、アーサーはぽつりとこぼした。
「王を生殺しにするとは随分と生意気なマスターだ。部屋へ戻り次第、覚悟をするが良い。なあ、なまえ?」
不敵な笑みを浮かべながら言い残した言葉は、もちろん立香の耳に聞こえていた。二人の姿が消えるなり、子ども達の世話をしていたマシュはぱたぱたと立香のもとへと駆けてくる。いったい何が起こったのかと問うマシュに、立香はすっと真顔になる。がしりとマシュの肩を掴むと、いいかマシュ? と伝えた。
「明日の昼まで、絶対になまえの部屋の前を通っては駄目です」
「え。えっと、それは……どうして……?」
「いいから。先輩との約束、絶対だぞ?」
「――……はい」
首をかしげながらも頷いたマシュに、じゃあこの話はおしまい、と立香は結ぶと席を立った。何だかドッと疲れたような気がして、ふらふらとした足取りで食堂を出る。その後をハッとなったマシュが追い、なまえ先輩とアーサーさんのことを詳しくお願いしますー! と言うも、もう疲れた無理です、と立香は返した。
リップノイズの音色
(楽しい宴会が大人の時間に変わった、とある夕飯時の出来事)
愛子||1801015(title=好きになろうか)