掃除を始める前からばたばたとしたが、他のサーヴァント達も協力をしてくれ、ようやく大掃除は始まった。
なまえとアーサーは掃除道具を片手に振り分けられた場所へと向かう。重い扉を開けると、ひんやりとした空気が肌を撫でる。どうもここは普段見ているカルデアと様子が違い、まるで牢屋を思わせた。扉の近くには、両端に二段ベッドが設置されている。こんなところがあったなんて……、となまえは軽く息を呑んだ。
アーサーは掃除用具を一旦置くと、扉が閉まらないよう、ここへ来る前にダ・ヴィンチから預かったドアストッパーを取り付けていた。どうもこの一室は、外から扉を開ける分には問題はないのだが、中から開けるには少しコツが居るらしい。そのコツはダ・ヴィンチでさえも知らないらしく、扉が閉まらないように気をつけてくれ給えと忠告を受けた。
「マスター、どこから掃除を始めようか」
「えっ。あ、うん。えーと……とりあえず、壁から拭いていこうか」
わかったと頷き、アーサーは一旦置いた掃除用具へ手を伸ばそうとした時だった。わーっ! という明るい声が聞こえ、ぱたぱたという数人の足音がこちらへ近づいてきた。そして、ぴたっと部屋の前で立ち止まった。
「こんにちは! トナカイさん、騎士王さん!」
「こんにちはなのだわ!」
「こんにちは、おねーさん。おにーさん!」
やって来たのはジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィことサンタリリィと、ナーサリー・ライム、そしてジャック・ザ・リッパーの三人。なまえとアーサーも挨拶を返すと、何をしているのかと聞かれ、これから大掃除をするのだと答える。何か手伝おうかと言われ、それならレクリエーションルームに居る立香達を手伝ってあげて欲しいと伝えた。レクリエーションルームはここよりも広いため、メイドオルタが一緒でも時間はかかるだろう。三人はわかったと頷くと、さっそく立香達のもとへと向かった。
「そうだ。扉に挟んであった積み木みたいなもの、外しておきますね!」
「えっ」
「!? まっ――、」
サンタリリィの一言で、急遽状況は変わった。
ばたん、と扉が閉まると同時に三人に足音は遠ざかっていく。アーサーは急いで開けようと試みるものの、扉はぴくりとも動かなかった。筋力Aのアーサーでも駄目だと……、となまえは驚きつつも必死に頭を回転させる。
「あっ。こ、こういうときの通信機……!」
レイシフトの際にいつも手首に巻いている小型の通信機のことを思い出し視線を落とすも、今は非常時でも何でもないため、マイルームに置いてきたことを思い出す。なんてことっ、と咄嗟に頭を抱えた。
「仕方がない。ここは、強引にでも扉を開けよう」
冷静な声音で、けれどもうんともすんとも言わない扉に痺れを切らしたのか、アーサーは聖剣エクスカリバーを握る。腕を振り上げ斬り開こうとしたアーサーをなまえは慌てて止めた。
「ま、待ってアーサー! 設備を壊したらダ・ヴィンチちゃんの負担が増えちゃう! あと本音を言うとわたしが怒られるので……始末書を書かされるので……やめてください」
力なく肩を落とし項垂れると、始末書に追われるなまえの姿を脳裏で想像できたのか、アーサーは腕を下ろしてエクスカリバーを仕舞った。すまないと一言謝ると、アーサーは扉の前から離れ近くのベッドに腰掛ける。
掃除どころではなくなってしまった現状と、どうにも気まずくなってしまった空気に、なまえはおろおろと視線を泳がす。そんななまえを一瞥し、アーサーは軽く息を吐いた。
「マスター、こちらへおいで」
と、自身の隣をぽんぽんと叩く。なまえはこくりと頷くと歩を進め、アーサーの隣にぽすんと腰を下ろした。
「"メイド"がそんな落ち込んだ顔をしてはいけないよ」
そう声をかけられ、もうっ、と唇をすぼめた。メイド服のことは出来れば触れないで欲しい話題だ。無理やり着せられたこの服は――正直、可愛い。しかし、自分に合っているかどうかは疑問に思っているのだ。
「似合っている。随分と可愛らしいよ――なまえ」
突然の賛辞になまえはぱちりと目を瞬いたが、みるみるうちに頬を赤く染めていく。てしっとアーサーの腕を叩いた。
「だから、そういうことは言わないで。まだ……慣れてはいない、から……」
恥ずかしいものの、アーサーからの賛辞は素直に嬉しい。表情が綻びそうになるのを必死にこらえた。そんななまえの様子がおかしいのか、アーサーは小さく笑う。
最近はイベントや特異点の修復が立て続けに起こり、心身ともに休む時間がなかったことに気づく。非常時ではあるものの、こんなにも静かな時間を過ごすのは久しぶりだ。他愛のない会話を交え、互いに緊張を解し、いつの間にか緩んだ空気を楽しむ。
話は先日カルデアで開かれたクリスマス会の話題となった時、なまえはくしゃみを一つ。
「寒いのかい?」
「ちょっと……」
ひんやりとした空気は体温を少しずつ下げていたらしい。おまけにメイド服はカルデアから支給された服よりも薄手のようで、なまえは軽く体を摩る。
誰かが部屋の前を通るのを待ってはいるが、一向に通る気配はない。まだしばらく時間はかかりそうだと判断し、アーサーはなまえの名前を呼んだ。
「なに? アーサー、」
言葉を続けようとした瞬間、アーサーはなまえの肩に手を置き抱き寄せた。驚いて目を丸くするなまえに、アーサーはふわりと微笑む。
「これで少しはマシになるだろう。それとも、やはりまだ寒いかい?」
寒い――という感覚は瞬時に消えた。アーサーをあまりにも近くに感じ、胸は高鳴り頬に熱が上っていく。ふるふると頭を横に振ると、そっとアーサーに寄り添った。
「……もう少し、傍に寄っても良いですか?」
二、三度瞬きをしたものの、アーサーはふっと口元を緩めた。
「もちろん」
そう返事をすると、なまえははにかみアーサーに遠慮がちに体を近づけた。だがすぐに、アーサーはなまえを強く抱き寄せる。その為、アーサーとなまえの体は更に密着した。
「アーサー、」
「何だい? なまえ」
「ありがとう……すごく、温かい」
どういたしまして、とアーサーは目を細め、自身もそっとなまえに寄り添った。
立香の提案で掃除を終えたら一度、食堂へ集まろうと決めていた。そろそろ掃除を終え、何名かのサーヴァント達は集まっているだろう。なまえのことを随分と気に入っているメイドオルタのことだ、アーサー達がまだ食堂に集まっていないとなれば、直感でこちらを訪ねて来てくれるかもしれない。
それまでの間、なまえの体は心配ではあるが、もうしばらくは二人だけの時間を過ごしていたいとアーサーは願った。それはアーサーだけはない。ほんの少しの間だけでも良い、アーサーのぬくもりを感じていたいと、なまえも心の奥底で思った。
心臓が愛で脈打つ時
(二人だけの秘密の時間を、もう少しだけ――)
愛子||181231(title=星屑Splash!)