「戦場は、怖くはないのかい?」
もちろんその問いにはこう答えた。
「怖いです、とても」
戦いの場に赴くのも立つのも怖い。けれどもそれが自分の役目であり責務であり、王の願いと平和のためだ。
「怖いのならやめれば良い。それも勇気だ。君なら、ここを離れどこかへ旅に出ることも出来る。もしくは、"本来の自分"に戻り城の中で穏やかに暮らすこともできる。君の言葉一つで思い通りになるのに、何故、荊の道を歩むんだい?」
次に問われ確かにと思うものの、これは、"私(なまえ)が決めた星路(みち)"だ。
「私はアーサー王の影であり、偽の王。王の歩む道の前に荊があれば払い、闇が差し込むのなら払いましょう。それが、私の天命だから」
すると、尋ねてきた魔術師は笑った。嬉しそうに、楽しそうに、予想通りの返答に満足気な笑みを湛えて。――嗚呼、私はやっぱりこの羊のようなふわふわとしている剣の師であり魔術師でもある彼が嫌いで、けれどもどうしても憎めない、本物の兄のような先輩のような、頼りになる存在だと知っている。知っているからこそ、先の言葉が見つからなくてパシンと背中を叩いた。
「――……、なまえ」
はっと瞼を開き、対面に同じように座っている愛しい家族の姿を瞳の中に映す。話をしている最中だというのに、懐かしいことを思い出したなと口の中でつぶやく。大丈夫かと問われ、もちろんです、と笑顔で返した。
外では戦いの準備が着々と進められており騒がしさが増している。テントの外から出陣ですと兵士に声をかけられた。嗚呼、もう時間かと寂しい気持ちになってしまう。
「では、お姉様。そろそろ参ります」
家族の顔にも影が落ちる。そんな顔を見たくはなくて、前を見て欲しい。願いは通じたのか、家族は静かに息を吸い込むとしっかりと前を見据えて言葉を紡いだ。
「武運を祈ります、"アーサー王"」
「有難きお言葉です、"アーサー王"」
ふわりと微笑むと同じように返してくれる。
――これが最後になるかもしれない。
戦いに赴く度にいつも思う。震える手を隠すようにぎゅっと握り、家族に伝えるべき言葉を模索する。けれども思いつかず、気の利いたことなんてものも言えずにふいと視線を落とすと、願いと祈りを込めて継いだ。
「此度の戦いもどうぞ王をお守りください。聖剣エクスカリバー」
家族の傍にある聖剣に伝えると深呼吸を一つ。そうして――なまえの覚悟は決まった。
外で待っているであろう兵士に返事をし、両手に持っていた兜をかぶると腰を上げテントから出た。
現在、なまえ達は敵の包囲網の真っ只中に居る。包囲網は厚く容易に突破はできないと斥候した兵達が王に報告をしていた。しかし、何としてもこの戦いは勝たねばならない。その為、兵力を分散することにはなるが、突破するにあたり隊を二つに分けることとなった。一つは敵を引き付ける、謂わば誘導隊。もう一つは、包囲網が薄くなったところを突破する本隊。誘導隊には王と同じ格好をしたなまえが率い、本隊にはもちろん王と主力の騎士達がつくこととなった。
テントから出ると兵達は既に隊列を組んでいる。なまえと共に出陣をする別働隊だ。
影武者を出す――ということは、兵達には伝わってはいない。一部の者達しかしらないことだ。同じ格好、同じ背丈――兜と鎧で隠してしまえば、親しい者達でも本物と偽者を見分けることは難しい。
用意されていた白馬に跨ると、兵達は王の出陣とあって喝采の声を上げる。腕を上げて前へ突き出す同時に、なまえは"王"として隊を率いて出陣した。
そして――……二人の"王"は二度と再会を果たすことはなかった。
♪
ドプンと身体が水の中に沈んでいく。沈んでいく感覚だけが延々と続いていく。いつまで落ちるのだろうと思った刹那、ようやく足が地に着いたように感じた。まぶたを開くと見覚えのない景色が眼前に広がっていた。大勢の鎧を身に着け武器を手に持つ人、馬――戦争の始まる前だと嫌でもわかる。ただし、どうも状況は芳しくはないようだ。周りに居る兵士達から聞こえてくる話によれば、どうやら周りは敵に囲まれているらしい。包囲網は厚く、容易には突破できないようだ。しかし、それを切り開く為の手立てがあるらしい。我らが王――アーサー王の手で。
突然、兵士達は整列してある方向に顔を向ける。そこには甲冑を身にまとい兜で顔を隠し、白馬に跨る"王"の姿。兵士達は歓喜し、喝采を上げ、先立つ王に続く。
嗚呼、違うと思った。
この王は"本物の王"ではない。
先を往く背中は"彼女"だ。
光を歩む王の影となり道を開くためにあえてその身を荊の道に賭した者。
「――」
唇を開き彼女の名前を呼んだ瞬間、目が醒めた。二、三度瞬きを繰り返し、見慣れた天井に安堵の息を吐く。上半身を起こし壁にかけてある時計に視線を向け時間を確認する。戦闘シュミレーションで実戦を想定した訓練を行ったのが昼食をとってすぐのことで、マイルームに戻りシャワーを浴びたのが夕方少し過ぎのこと。スカサハのスパルタ訓練だった為、いつの間にかベッドに倒れこみ眠ってしまったようだ。
もうそろそろ夕食の時間だ。一緒に訓練をしていたデミ・サーヴァントであり後輩のマシュ・キリエライトが誘いに来るかもしれない。すると案の定、扉をノックする音が部屋に響いた。どうぞ、と声をかけると扉は開く。果たして訪ねてきたのは、マシュではなく先日契約を交わした青いセイバーことアルトリア・ペンドラゴンの妹――アサシンのサーヴァントであるなまえだった。思わずぱちりと目を瞬き、あれ? と首をかしげる。
「マシュ……じゃなかった」
「マシュじゃなくてごめんなさいね」
むっと顔を顰め歩み寄るなまえに、ごめんと謝ると、何か用? と立香は問うた。しかし、じっとなまえは立香の顔を見つめたまま答えない。首をかしげていると、程なくしてなまえはぽつりとこぼした。
「何だか、こう……誰かに心の中を覗かれたような感覚があったんです」
胸に手を当てて眉根を寄せるなまえに、立香はどきりとする。ふいと目線を逸らすとなまえは鋭く察したのか、まさかっ! と声を上げた。
「私の心を――過去(記憶)を見たのですね!? どうやってかはわかりませんが……マスター、実は不埒者ですね!?」
「違っ。眠っていたら夢で見たんだよ! 不可抗力だってっ」
「……本当ですか?」
「ほ、本当っ!」
だから不埒でも何でもないから! と添えると、じどーっとなまえは立香を見続けたが、一呼吸あけて軽く肩をすくめた。
「――マスター、今から私が話すことは適当に聞き流して構いません。勝手に……話をしますから」
少し影を落としたなまえに立香は黙って頷いた。静かに唇を開き話し出す。
「私はアーサー王の影、偽の王。身命を王の為に捧げた者。それは、今も昔もそれは変わらない」
「うん」
「けれどあなたはマスター。私はあなたのサーヴァント。昔と違うことは、今この身命はあなたに捧げなくてはならないモノ」
一度言葉を区切り、なまえは続ける。
「私はお姉様の為ならこの身命、惜しくはありません。マスター、あなたにも等しくそれは同じ。もしあなたに危機が訪れようものならば、私はこの身を賭してあなたを守る盾となります。たとえ命が散ることになろうとも厭わない」
立香の脳裏に夢で見た光景が蘇る。喝采を浴び、白馬に跨り"王"として死地へと赴く小さな背中。その戦いでなまえが没したのを立香は知っている。なまえの活躍によりアーサー王は戦いに勝ち、平和への道を進んだことを、二人のことを物語った本を読んで学んだ。
今はあの時と状況も立場も違う。
「それは駄目だ」
きょとんとするなまえに立香は首を振った。
「私、今すごく良いことを言ってるはずなのに駄目ってどういうことです?」
「身を賭してとか、命を散らすだなんて……そんなの駄目だ」
「だって私にはそれしか出来ません。それしか知りませんもの」
「なら、俺にも守らせてよ」
大きく目を見開いたなまえの顔をしっかりと見据えて立香は言った。
「なまえが危なくなったら俺が守る。だからこれからも一緒に戦ってよ。せっかくなまえが来て、セイバーや円卓の皆は前よりももっと明るく笑顔になったんだからさ」
ぱちりと目を瞬くも、数秒と経たずになまえの表情は変わる。ほんのりと赤く頬の染め、ふいと視線を逸らし、唇をすぼめこほんと咳払いを一つ。
「人間であるあなたがサーヴァントである私を守るだなんて生意気です。それに、私はあなたより年上なんですよ? 生意気です」
「生意気かな? でも、俺は君が何て言おうとも守るよ」
「やっぱり、生意気ですっ」
同じことを三回も言った、と立香は心の中で言う。
「けれど――そんなあなただから力を貸したくなるんです。全身全霊で戦ってあげようと思うんです」
マスター、となまえは呼ぶなりふわりと微笑んだ。
「これからも私達のマスターでいてくださいね、リツカ!」
まだまだ未熟ではあるけれども、そんな自分を信頼し、力を貸してくれる英霊達が居る。その意味を再び言葉と姿で理解すると心強く、背中を支え押される安心感がある。しっかりと頷き、立香も応えるように笑顔した。
唐突にコンコンとノック音が部屋に響いた。はっとなまえと立香は我に返る。どうぞー、と立香が声をかけると扉は開いた。
「失礼、マスター。ここになまえが――」
「あ、お、お姉様!?」
「良かった。探しました、なまえ」
次に訪ねてきたのはアルトリアで、どうやらなまえを探して居たらしく誰かに立香の部屋を訪ねるところを見たと聞いたようだ。
「お姉様、私に何か御用ですか!?」
「ええ。アーチャーが私となまえのために肉じゃがを鍋いっぱいに作ったそうです」
「なんということでしょう……! それはつまりっ、」「ええ、私達への挑戦状ということです!」
ドヤッと胸を張るアルトリアに、絶対違うと思う、と立香は思う。だが、当人達は勘違いの領域を通り越し受けて立つと言わんばかりの勢いだ。
小さく深呼吸をすると、なまえはキリッと
顔を上げた。
「わかりました。その挑戦、受けて立ちます。お姉様……いざ、オニクジャガさんのもとへ!」
「ええ。出陣です、なまえ!」
「はい!!」
先に部屋を出たアルトリアに続きなまえも外へ出ようとしたが、立ち止まり立香へ振り返る。そして、そっと手を差し伸べた。
「さあ、リツカも行きましょう!」
ぐうっとタイミング良く腹の虫が泣く。もしかしたらマシュも既に食堂に居るかもしれないし、もう少しだけなまえと話をしたい。それに、なまえとアルトリア曰く、アーチャーからの挑戦状らしい鍋いっぱいに作られた肉じゃが大食い選手権も傍で見届けなければならない気がする。差し伸べられた手を取り立ち上がると、なまえは花のように愛らしく微笑んだ。
ぬくもりと微笑み
立香となまえが部屋から出た後、廊下の角から静かに誰かが姿を見せた。白いふわふわとした羊のような彼は、二人の背中を見守るようにやさく目を細めていた。
愛子||190114(title=空想アリア)