(※夢主=鯖、特殊な設定となっておりますので苦手な方はご注意ください)


「本当にごめんっ!!」

深々と頭を下げるも、くすくすと笑い声が聞こえた。こちらとしては笑い事ではないのだが、笑っている彼女は違うらしい。

「顔をあげて、マスター」

恐る恐るその通りにすると、声の主――キャスターのサーヴァント、安倍晴明は笑っていた。安倍晴明――否、真名はみょうじなまえといい特殊な経緯でサーヴァントとなった人物だ。なまえは生前、とある聖杯戦争にマスターではないものの参加をしていた。だが、仲間を助けるために汚染された聖杯に取り込まれてしまった。肉体は消失し、何の悪戯かはわからないが魂だけは破壊される前に、時間を流転し祖先である安倍晴明に宿った。魔術師でありカルデアのマスター、藤丸立香の召喚に応じ、特殊なサーヴァントではあるが今では持てる力を存分に振るっている。晴明として第二の人生を歩んだものの、流転する前の記憶もしっかりと保持している。

「マスターを守るのはサーヴァントの務めだもの。役目を果たせて、わたしは良かったって思っているわ」

にこりと笑うなまえの肩から腕にかけて包帯が巻かれている。ところどころに血が滲んでおり、一目で傷の大きさと痛々しさが見て取れた。
極小ではあるものの特異点になり得る場所が観測され、立香は後輩のマシュ・キリエライト、なまえ、そして赤い外套のアーチャーことエミヤとともに調査・修復にあたっていた。途中、特異点の原因となっているものと交戦になったが、相手はなかなかに強敵で立香が指示を出すものの苦戦を強いられた。マシュとエミヤは前線で戦い、なまえは後方で援護を行う。時に頃合を見てエミヤは下がり矢を放ち敵を射抜く。敵の数が減ったところで一気に畳み掛けようとした時、立香の背後から別の敵が現れた。それにいち早く気づいたのは、サポートをしてくれていたロマニ・アーキマン――通称Dr.ロマンではなく、後方支援をしていたなまえだった。マスター!! と呼ばれ、えっ、と立香が驚いた刹那、なまえに唐突に抱きしめられたかと思うと今までに味わったことのない衝撃。勢いのまま地に倒れるや否や、先輩ッ!! と叫ぶマシュの声。頭上からは薄気味悪い音が響き、ぱちりと立香が目を瞬くと、背後から現れた敵の正体は大きな翅刃虫だった。こちらに追撃をかけてこようとした翅刃虫はエミヤの放った矢に射抜かれ消滅する。ほっと安堵したのもつかの間で、力なく自分に寄りかかっているなまえの背に何気なく腕をまわすと、ぬるりとしたものが手についた。何だろうと首をかしげて手を見ると、立香は大きく目を見開いた。手のひらには、血がついていた。
急いでカルデアへ帰還する際、礼装による回復魔術をかけ続けた。けれども立香の魔力量では完治まではせず、出血を止める程度に過ぎない。カルデアへ戻ると、立香ではなくエミヤがなまえを抱き上げ急いで医務室へ運んだ。
そうして――時間はかかったものの、何とか傷は塞がった。しかし、カルデアの電力をすべて手当てに回すわけにもいかず、完治にまでに少し時間を要することとなった。
腕を固定してくれたDr.ロマンに礼を言い医務室を出たなまえを迎えたのは、そわそわと右往左往する立香と、落ち着いてくださいと声をかけるマシュ。そんな二人の様子を壁に背を預けたエミヤが見守っていた。
微笑むなまえに立香はもう一度深々と頭を下げる。だからやめてってば、となまえは苦い色を浮かべた。

「マスター、彼女が困っている。それに、傷はまだ完璧に癒えた訳ではない」
「そう、ですね。エミヤ先輩の言う通りです。先輩、晴明さんの休息の為に今日はもうこの辺りで……」
「そ、そう、だよな……。ごめん、晴明。ゆっくり休んで」

それから、と立香は顔をあげて紡いだ。

「ありがとう――なまえ」

ふわりと微笑むなまえの表情を見て安心したのか、立香はマシュとともに去っていった。二人の背中が見えなくなると、ふっとなまえは息を吐く。唐突に、ポンッと怪我を負っている肩を叩かれ声にならない声をあげる。涙目で振り返ると、顔を顰めたエミヤが立っていた。

「随分と……酷いことをしてくれるわね、アーチャーさんっ?」
「私なりに元気付けたつもりだったのだがね」

そっけなく言い放つとエミヤは歩き始める。与えられた自室はエミヤの進む方向にあり、なまえはむっと眉根を寄せて後をついて行く。

「わたし、これでも怪我人よ?」
「サーヴァントなのだから人間よりも頑丈だろう?」
「……何を怒っているの?」

雰囲気からしてあからさまに機嫌の悪いことがわかる。何気なく尋ねると、エミヤは大きく息を吐き立ち止まるとなまえに向き直った。

「君はっ、もっと自分を大切にしないか!」

突然、声を荒らげたエミヤになまえは驚き一歩退がる。ハッとなりエミヤはばつが悪そうに片手で額をおさえ、すまない、と一言。いえ……、と返しなまえは目を伏せた。
なまえが参加した聖杯戦争は通称、第五次聖杯戦争。兄弟弟子であり家族のような存在であった親友の遠坂凛のアシスタントとして駆けた。その時にアーチャー――エミヤとも出会っており共に戦った。聖杯へ取り込まれる直前、誰かに手を差し伸べられたのを見たような気がする。それは赤色の――嗚呼、けれどもその先ははっきりとは覚えてはいない。もしかしたら――……否、手を伸ばしてくれたのは、きっと目の前の彼だろう。
エミヤが声を荒らげた理由は、正直、痛いほどわかった。だから何も言えなかった、言い返せなかった。
黙って立ち去ろうとしたエミヤの霊衣を、動く方の手で掴み引き止める。

「晴明?」
「ごめんなさい、アーチャーさん」

ぽつりとなまえはこぼすように謝ると、言葉を続ける。

「それから……名前」

名前? とエミヤは首をかしげる。なまえは目を伏せたまま継ぐ。

「わたしの真名は、晴明じゃない」

小さく息を呑む音が聞こえたが、すぐにふっと吐き出され、そうだったな、とエミヤは目を細めるなりそっとなまえの頭を撫でた。

「すまない、なまえ。配慮が足りなかった」

ふるふると頭を横に振り、本当の名前を呼ばれたことに思わず表情を綻ばせる。やはりエミヤに呼ばれる真名は特別だ。不安も何もかも、すべてを払拭してくれるような気がした。

「良いわ、許してあげる。こちらこそ、心配をかけてごめんなさい」

はにかんで伝えるとエミヤは微笑み、服を掴んでいたなまえの手を取った。

「こちらこそすまない。その侘びと言ってはなんだが……今日は君の手の代わりとなろう」

それじゃあお願いしちゃおうかしら? と告げると、任せたまえ、とエミヤは軽く胸を張る。ふと、生前ある時、凛とエミヤに甘えたことを思い出す。今は遠い昔となったそれに戻ったような気がして、なまえはもう一度笑顔を浮かべた。


君にさりげない愛を。
(傷が癒えるまでの、わたしだけの特別――)

愛子||190128(title=星屑Splash!)