そうして――健康診断はあっという間に終わった。ベッドの端に腰掛けながら、なまえは脱いでいた服に袖を通す。みょうじの記した結果を見て、果たして健康状態に異常は全く無く、立香と同じく万全だという診断結果にDr.ロマンはもう一度笑顔し、お疲れ様、となまえを労った。
「いや本当、女の子っていいなー。なまえちゃんはマシュとは違って、なんかこう…最初の頃より色気が出てきたよね」
「えっ!? 色気、ですか…?」
「お父さ……ドクター、セクハラ」
Dr.ロマンはみょうじにとって育ての父のような存在だ。こほんっと咳払いを一つすると、手に持っていたバインダーでみょうじはパコンとDr.ロマンの頭を叩く。冗談だよ冗談〜と叩かれた本人は笑ったものの目は泳いでいた。もう一度、パコンとバインダーでDr.ロマンの頭を叩くとみょうじは小さく息を吐き、まったくもう、とこぼした。
最近マシュとみょうじはボクに対して冷たくないかい!? と軽く愚痴をこぼしたDr.ロマンを無視して、部屋の隅に設置されているウォーターサーバーから冷たい水を一杯紙コップに淹れるなり、みょうじは服を着終わったなまえに差し出す。
「お疲れ様。はい、お水をどうぞ」
「わっ。ありがとうございます、みょうじさん!」
みょうじから紙コップを受け取り、なまえは乾いた喉を潤した。次はマシュの番だが、その前に「マギ☆マリ」のホームページチェックをするとのことでDr.ロマンは仕事のことは一旦一切忘れてパソコンに向かった。相変わらずだなぁ、とカタカタとキーボードを叩くロマンの背中を見つつなまえは苦い笑みを浮かべる。ホームページを開きデスクの引き出しからヘッドフォンを取り出すと、Dr.ロマンはパソコンに差込んで耳に当て、全身で「マギ☆マリ」の世界観へと完全に入った。
みょうじはちらっとDr.ロマンを一瞥し「マギ☆マリ」に集中していることを確認すると、仕事道具を自身のデスクに置くなり静かになまえの傍へとやって来た。
「なまえ、ちょっと聞きたいことがあるのだけれど……」
「あ、はい。なんですか?」
首をかしげるなまえの隣に腰掛け、妙にそわそわとした様子でみょうじは尋ねた。
「あの……ベディヴィエール卿は、普段はどんな感じ……?」
「えっ?」
ぱちりと目を瞬きみょうじを見ると、ほんのりと頬が赤く染まっていた。
ふと、第六特異点――キャメロットでのことを思い出す。キャメロットでは通信越しによくベディヴィエールとみょうじは話していた。普段はクールで言葉数も少なく感情を表に出さないあのみょうじが他愛の無い会話から少しプライベートなことまで――通信越しでも唯一生き生きと話をしていたのは、キャメロットでベディヴィエールと会話をしている時だったように思える。
ベディヴィエールはつい最近、立香が召喚し契約を結んだサーヴァントの一人だ。あの特異点で出会った時とは多少は雰囲気が変わっていたものの、一度出会いともに戦った円卓の騎士――ベディヴィエールであることに変わりは無い。
そういえば以前、食堂でベディヴィエールと偶然逢った時、突然、みょうじは倒れた。その時、なまえが知る中では恐らく二人は初めて顔を見合わせたはずなのだが、頬を真っ赤にして力なくその場に膝をつき、みょうじはへなへなと倒れてしまい、立香となまえ、マシュ、そしてベディヴィエールとともに大騒ぎとなった。憶えていないかもしれないが、倒れたみょうじを医務室へ運んだのはベディヴィエールで、なまえとマシュが「お姫様抱っこだ!」と密かに騒いだのは内緒である。
これまでのことと今のことを頭の中でつなぎ合わせ、なるほどとなまえは理解した。
みょうじは、ベディヴィエールに恋をしている。
「すごく誠実な人ですよ。わたしもまだここではベディヴィエールとしっかりお話できたわけではないけど……通信越しで話をされていた方、そのままです」
「そ、そう」
「わたしよりもみょうじさんの方がベディヴィエールのことをよくご存知だと思いますが……」
「そ、そんなっ。私はただの職員。それに、あの時はすごく嫌な予感がして……ダ・ヴィンチちゃんやなまえ達が気になって、それで……」
体を小さくするみょうじに、嗚呼この人は本当に優しくて素敵な人だなとなまえは思う。自分達のことをいつも気にかけ、大切に思ってくれるみょうじ。何か一つでも恩返しはできないものかと考え――ふと、あることを思いついた。これをきっかけに何かが進展してくれれば良いのだが。
「そろそろマシュを呼んできますねっ」
「え、ええっ、そうね。ごめんなさい、引き止めたりして」
「いいえ、大丈夫です。みょうじさんの可愛い一面を見れたので!」
「もう、からかわないでっ」
「ふふっ、すみません! あ、そうだ。マシュの健康診断が終わったら、食堂へ来てくれませんか?」
「食堂へ……?」
みょうじはぱちりと目を瞬く。マシュの健康診断は、今回はすぐに終わるものでそんなにも時間はかからないはずだ。一時間くらいですよね、となまえが問うと、そのくらいかな、とみょうじ。一時間後を目安に準備をしておくと残し、なまえは医務室を出て行った。
何の準備だろう……、と首を傾げたものの、次の仕度がある。とりあえず後でなまえに言われた通り食堂へ行こう。未だに「マギ☆マリ」にうつつを抜かしているDr.ロマンの頭を再び手に取ったバインダーでパコンッと叩いた。
♪
マシュの健康診断も無事に終え、自身の仕事を済ませると、約束通りに食堂へと向かった。あとはやっておくからとDr.ロマンに言われた為、好意に甘えて任せることにした。食堂の入り口には立香が立っており、みょうじを見るなり手を振ると、早くはやくと手招きした。
「お疲れ様、みょうじさん」
「お疲れ様、立香。ところでなまえは――、」
「なまえなら中に居ますよ」
立香に背中を押されるかたちで食堂へと入る。そうして――眼前に広がる光景にみょうじは思わず目を見開いた。
「ベディヴィエール卿……?」
「こんにちは。レディも、マスターやなまえさんに呼ばれてこちらへ?」
テーブル席の一つにベディヴィエールの姿があった。みるみるうちにみょうじの顔は赤く染まり、こくこくと頷く。思わず足が止まったものの後ろから立香に押され、ベディヴィエールの居るテーブル席へと連れて行かれる。
「みょうじさん! 良かった、来てくれてっ」
エミヤが複製したエプロンを身に着け、なまえはベディヴィエールの座っているテーブルに二つのグラスを置く。早く座ってください! となまえと立香に促され、みょうじは恐る恐るベディヴィエールの対面に腰掛けた。何がどうなっているのか、どうしてベディヴィエールと一緒のテーブルに座らされているのか、ぐわんぐわんと頭は混乱する。一人で百面相を始めたみょうじを見て、ベディヴィエールは目を細めた。
「みょうじさんにはいつもお世話になっているから、なまえの提案でちょっとした食事会を開催してみたんだ」
「料理はエミヤやブーティカに頼んで、洋食を用意してもらっています。後、不慣れではありますけど、わたしと立香が責任を持って料理を運びますので!」
えっへんと胸を張るなまえに、二人の気持ちは嬉しいが、やはりどうしてベディヴィエールが居るのかと混乱する頭で考える。みょうじの気持ちを察したのか、なまえはにこりと笑った。
「立香に食事会の相談をしたとき、"たまたま"ベディヴィエールも傍に居て……いろいろと手伝ってくれたんです」
「ええ。"たまたま"その場に居合わせて、不肖ながらこのベディヴィエールも手伝いをさせていただきました。――といっても、私がしたことはほんの些細なことです。料理等は、厨房を取り仕切っている彼等が任せて欲しいと言うので……」
「なんか申し訳ないってベディヴィエールが言うから、それならみょうじさんと一緒に食事会を楽しんでってお願いしたんだ。ほら、みょうじさんとベディヴィエール、通信機越しで良く話をしていただろ?」
「"偶然"が重なってこうなちゃいました!」
最後に、てへぺろっ、となまえと立香は結んだ。
そんな偶然があるのかと疑問は出たものの、対面に座るベディヴィエールを前にみょうじはぱくぱくと口を動かすだけで声を発することができない。
最初の料理ができたぞ、とエミヤに言われなまえと立香は返事をして厨房へ向かう。そんな二人を横目で見つつ、嗚呼いったいどんな顔をして何を話せば良いのかと思考をめぐらせていると、レディとベディヴィエール。
「そう緊張をなさらずに。お互いの顔を見ながらゆっくりと話し合いましょう」
「え、ぁ、は、はい……ベディヴィエール、卿……」
「ベディヴィエールで構いません。私も貴女を、みょうじ、と呼びますので」
「っ!? あ、えっと……では、その……ベディヴィエールさん――と……?」
「ええ、構いませんよ。みょうじ」
息を呑むなり小刻みにみょうじは震え、恐縮です……、とつぶやく様に返した。
顔を見合わせて、通信機越しで話していた時のようになるまで、いま少し時間はかかるかもしれない――それでも、なまえと立香が作ってくれた機会を大切にしなければとベディヴィエールは密かに思う。何故なら二人は既に互いに惹かれあっているのだから。
みょうじとベディヴィエールの前に、出来立ての料理が運ばれて来る。ごゆっくり! となまえと立香。いつもはクールなみょうじも今回ばかりは、いただきますっ! と上ずった声をあげた。そんなみょうじに、ベディヴィエールはふわりと微笑んだ。
シャイボーイシャイガール
(二人の時間は、まだまだ始まったばかり)
愛子||190210(title=あいまい)