珍しく誰もいない食堂で、淹れたての番茶を飲みほっと一息つく。厨房の片付けは既に終え、こういう時間もありだなぁとのほほんとする。
昼食をとってすぐ、人類最後のマスターである藤丸立香とその後輩のマシュ・キリエライトは管制室へ緊急招集された。なんでも極小ではあるものの特異点が観測されたらしい。二人が管制室へ向かって数分と経たず、厨房を牛耳るサーヴァント達は立香により呼ばれた。
最近は良く厨房で料理の手伝いをしているからか、今回は声のかからなかったキャスターのサーヴァント、安倍晴明――真名、なまえは召集を受けた赤い外套のアーチャーことエミヤから後片付けを任され、もちろん快く引き受けた。そして先程すべてを終えた。
きっとマスター達ならすぐに特異点の原因を突き止め戻ってくるだろう。
夕飯の下ごしらえをするにしても早すぎる為、こうしてのんびりとしているわけなのだが――それにしても静かだと思う。何故かなまえが一人、厨房に残ると、午後は誰もこなくなる。ピンポン玉程の大きさの式神達は急須に入れた新しい番茶と、お茶請けとしてカルデア購買部でたった今買って来たばかりの塩饅頭の入った箱をせっせとなまえのもとへと運んで来る。ありがとう、と礼を言い式神を仕舞おうとした時、食堂の入り口にひょっこりと誰かが現れた。訪ねて来た人物はなまえと目が合うなり、げっ、と顔を顰める。
「人の顔を見るなり、そんな顔をしないでくれるかしら? 凛――じゃなかった。イシュタル」
「あら、悪気はなかったのよ?」
じーっと視線を浴びせ続けていると、訪ねて来た人物――金星の女神ことイシュタルはうぐっと言葉に詰まった挙句、一呼吸置いてから、悪かったわね、と一応謝罪してくれた。
「貴女ひとりなの?」
きょろきょろと辺りを見回しながら、イシュタルはなまえの傍へ歩み寄る。ええ、と相槌を打ち式神達が塩饅頭の封を空けている間に優雅に番茶を一啜り。なまえの前の席に腰掛け、イシュタルは式神達を見やる。
「良ければ一緒に食べる? 塩饅頭、番茶と良く合うのよ」
「チョイスがまるで年寄りね」
「今なら式神が全部用意をするのだけれど……女神様はご自分で全部、準備をしたいのね?」
「ちょっ、女神の私がそんなことをするわけないでしょう!? 寛大な心で言うわ、私にも番茶を用意しなさい」
イシュタルはにこりと笑顔。もちろんそう返答するだろうと予め読んでいたため、既に別の式神達が新しい湯のみを厨房から運んできていた。イシュタルの前に湯飲みを置き、また別の式神が番茶を淹れる。式神達が丁寧にお辞儀をすると、イシュタルはきれいに微笑んだ。
ずずっと番茶を啜りほっと一息。女神の番茶を啜る姿は不思議と画になっており見入ってしまう美しさだ。封を開けたばかりの塩饅頭の一つを、式神がイシュタルに勧める。イシュタルにばかり菓子を渡そうとするものだから、コラコラと式神の一体に軽くでこぴんを食らわせた。
「式神も主人の命より女神の美しさには敵わないようね」
「まったく……それぞれに個性を与えるんじゃなかったわ」
「へぇ。この使い魔、一つ一つにそんなものがあるの?」
「全て一緒だとつまらないでしょう? 人も動物も、神様だって。それぞれに個性があるから面白いのよ」
テーブルの上でわちゃわちゃと小競り合い始める式神の一体を、イシュタルも真似ててしっと指で叩いてみる。すると式神達は右往左往とお菓子を持ったまま走り始めた。まるで子どものような姿にイシュタルは面白おかしく笑った。
嗚呼、何だろう――懐かしい感じがする、となまえは思った。
なまえは特殊な経緯でサーヴァントとなった人物だ。生前、なまえはとある聖杯戦争にマスターではないものの参加をしていた。だが、仲間を助けるために汚染された聖杯に取り込まれてしまった。肉体は消失し、何の悪戯かはわからないが魂だけは破壊される前に、時間を流転し祖先である安倍晴明に宿った。魔術師でありカルデアのマスター、藤丸立香の召喚に応じ、特殊なサーヴァントではあるが今では持てる力を存分に振るっている。晴明として第二の人生を歩んだものの、流転する前の記憶もしっかりと保持している。
カルデア(此処)には懐かしい顔ぶれが多く揃っており、時折、困惑してしまう。人理修復という大変な責務を背負ってしまった立香を支えなければならないが、普段、何気なくやってくる日常がとてつもなく愛しい。思ってはいけないのかもしれないが、いつまでも続いてくれたらとすら考えてしまうこともある。
ちょいちょいと何かを頬にあてられた。視線をやると、一体の式神が食べないのかとなまえの頬に塩饅頭を押し当ててくる。食べるから、と答えると式神は嬉しそうにくるくると踊るように回転した。
(……どうしてかしら)
指で式神をいじりながら、何気なくイシュタルはなまえを盗み見る。何気ないこの日常がいつまでも続けば良いと思っていたのはなまえだけではない。
(この子と一緒に居ると、不思議と安心するのよね)
式神に塩饅頭を食べさせてもらっているなまえを見てふと思う。なまえと会ったのはカルデアに召喚されてからなのだが、初めて姿を見た時に感じた第一印象は、懐かしい、だった。どうしてそう思うのか、最初は良くはわからなかったが、なまえと過ごしていくうちになるほどと納得した。
この感情は依り代の少女のもの。少女と安部晴明――正確に言えば生前のなまえだろうが――の間には何かしらの縁があったことをイシュタルも無意識に理解した。なまえがサーヴァントとなった経緯は立香から聞いて知っている。運命によって翻弄された少女の魂は巡り巡って第二の生を平安という時代で過ごし、そして――聖杯に功績を認められ座に名前を刻まれた。幸か不幸か、それはイシュタルにはわからない。
ただ一つ、誰でもなく、自分自身の為に誓えることだけはある。
「――……守るわ、絶対」
食堂へ来たのも、本当はなまえの顔が見たかったからだ。バツの悪そうな表情は、そんな自分の気持ちを隠す演技で、上手く出来すぎてしまったことに逆に慌ててしまったくらいだ。
今度こそ、目の前にある笑顔を自分の前から消させない。恋や愛なんて感情ではない、別の何かがそう考えさせるのだ。例え一緒に居られる時間が短くとも、それでも傍に居たいと――居てほしいと思った。
「何か言った?」
呟いた言葉は聞こえてはいなかったのか、口直しに番茶を軽く啜っていたなまえが首をかしげる。別に、と返すとイシュタルはふいと顔を背け空になった湯飲みを差し出す。それを見て察したのか、なまえは急須を手に取りお代わりを注いだ。
「はい、イシュタル」
両手で湯飲みを差し出され、短い返答とともに受け取る。一体の式神からひょいと塩饅頭を奪いぱくりと一口。薄い皮に塩が練りこまれているのか、口の中で餡子と混ざり合い程よい甘さ。餡子の口当たりも滑らかで、番茶が渋い分、これはついつい食べ過ぎてしまう禁断の組み合わせだ。
「ねえ、」
「うん」
「たまには……二人だけのお茶会に参加してあげても良いわよ。こういうのも悪くはないわ」
ぱちりと目を瞬いたものの、すぐになまえははにかんだ笑みを浮かべた。
「ええ。次からは声をかけるわね、イシュタル」
ずずっと番茶を啜り口の中に残っていた甘さを洗い流す。ことんと湯のみをテーブルの上に置くなり、イシュタルも目を細めた。
「楽しみにしてるわ、なまえ」
特殊な経緯で再び出逢った二人の親友は数秒見つめあった後、小さく吹き出し今度は大きく笑いあった。
安らぎの楽園
(二人のお茶会は、まだ始まったばかり――)
愛子||180414(title=空想アリア)