2月14日バレンタインデー――今年はいつもと違ったかたちでチョコレートを手に入れることができた。同期の藤丸立香はチョコレートを分けてくれた恩人――もとい甘くてほろ苦い元凶のはぐれサーヴァント、セミラミスのもとにもう少し居るという。行ってらっしゃい、となまえの気持ちを察してか立香は笑顔で背中を押してくれた。ありがとう! と礼を言い、なまえは手伝いもそこそこに、現場から少し離れることにした。後輩のマシュ・キリエライトがモニター越しにうらやましいと呟いていたが、なまえには聞こえてはいない。
カルデアに戻るなり可愛く包装を施したあるものを手にきょろきょろと辺りを見回しながら彼――なまえが唯一契約をしているサーヴァント、アーサー・ペンドラゴンの姿を探す。
マイルーム、食堂、レクリエーションルームと、思い当たるところを探すもアーサーの姿はない。もう誰かにもらってしまっただろうか等、マイナスな考えが脳裏に浮かぶ。焦る気持ちと不安がよぎる中、偶然すれ違った職員に声をかけられた。手に持っているものと表情で察したのか、アーサーならシュミレーションルームに入るのを見たと教えてくれた。礼を言い頭を下げると、さっそくシュミレーションルームへ向かう。がんばれ〜! という声援を背後から受けつつ息は弾むも足取りは軽やかだった。
シュミレーションルームの中に入ると、森の中が再現されていた。ぱちぱちと目を瞬くも、茂みをかき分けてアーサーを探す。
ふと、唐突に声が聞こえた。
それは探していた彼の声。話を聞く限りでは、ソウルイーターとの戦闘を想定して森の中を再現、シュミレートをしているようだ。
受け売りだがソウルイーターは物音に敏感らしい、とアーサーは結び姿を現す。瞳にはっきりとアーサーを映すなり、見つけた! と囁くように告げた。確かに耳に届いた言葉に、見つけた? とアーサーは首をかしげた。とにかく自分に用があるのだと察し、ひとまず管制室へ戻ろうかと言う。シュミレーションとはいえエネミーは本物のように再現をされているため、こくこくとなまえは頷いた。音を出さないように努めている様に、いい子だ、とアーサーは目を細めた。
無事に管制室へ戻り、思わず一息つく。さて、とアーサーは改めて自分を訪ねてきた理由を問うた。
「戻ってきたところで――はいっ。チョコレート!」
大事に持っていた手作りのチョコレートを差し出すと、アーサーは目を丸くしつつも受け取ってくれた。なにやら小声でつぶやいていたものの、まずは言わなければならないことがあるね、とアーサー。
「――ありがとう、とてもうれしいよ」
一呼吸置いてから、アーサーの頬はほんのりと染まる。今年はチョコレートの供給が難しいと聞いていたが……と聞かれ、かくかくしかじか色々とあってと伝えると、アーサーは笑った。
「ちゃんとしたお礼は明日の朝に用意をするよ。本当にありがとう、なまえ」
「ううんっ。日頃の感謝の気持ちも込めて……アーサーに渡したかったの」
だから気にしないで、と照れ隠しに笑うも、そういうわけにはいかないと頭を横に振り、明日の朝を楽しみにしていてほしいとアーサーは念を押した。もちろん、これ以上断る理由はない。わかったと笑顔で返した。
「ところで――チョコレート、いま少し食べても良いかい?」
「う、うん! うまく出来てるとは思うのだけれど……」
チョコレートはセミラミスからわけてもらった際に、毒見ならぬ味見をしたがとてつもなく美味しかった。そのチョコレートを使って作ったのだ、口に合うはず――だと思う。
包装を開け、中からハートに型抜かれた一口サイズのチョコレートをつまむ。ぱくりと一口で食べ租借するなりアーサーは表情を緩めた。
「すごく美味しい! それに、ハートの形もとても可愛らしいね」
喜んでくれている姿になまえの気分も高揚する。ひとつ、またひとつと夢中になって食べているアーサーに思わず笑ってしまった。
ところで、とアーサーは食べるのをやめてなまえに尋ねる。
「なまえは、チョコレートをしっかりと味わったかい?」
味見程度にはと答えるとアーサーは少し考える素振り見せ、そうか、とこぼす。
ふいと目をそらし、後で空中庭園に戻ったらこっそりともう少しつまみ食いをさせてもらおうかと考えていると、アーサーに名前を呼ばれた。ふと視線を戻すと、目の前にアーサーの顔があった。えっ、と驚くや否や唇に柔らかなものが触れる。目を大きく見開くと同時に、何かが入ってきた。
驚いて少し離れると、どう? とアーサー。口の中でふわりと漂う香り。とろけてしまいそうなほどに甘い、舌の上で溶けていくチョコレート。何故、自分はチョコレートを含んでいるのだろう。答えは簡単だ。先程、口移しでアーサーから渡されたのだから。
刹那、ぼしゅんっとなまえは音を立てて真っ赤になる。張り詰めていた緊張の糸やその他諸々のものが一気に切れてしまい、その場にぺたんと座り込んだ。湯気が出そうなくらいに真っ赤となったなまえにアーサーは驚き、急いで傍へと駆け寄る。
何気ない思い付きが、なまえにとっては致命傷となる毒となってしまったということに、騎士王は気づいてはいない――。
キスでとける魔法
(早く出て行ってくれないかな〜。この雰囲気、入りづらいぜ)
管制室の扉の前でこっそりと中の様子を伺っていたのは、司令官代理ことダ・ヴィンチと、数名のカルデア職員達。セミラミスのことを調査・観察していたものの、まだ危険性は低いということで小休憩の為に管制室を離れていた。ひと時の休息を終えて戻ってきてみれば、管制室の真ん中で甘い雰囲気を漂わせたバカップルならぬマスターとサーヴァントが居るではないか。
どうします? と陰で様子を伺っていたカルデア職員がダ・ヴィンチに問う。どうするも何も、することはひとつだ。
「ここは一つ、冷たい方のアルトリア君と英雄王を呼ぼうか」
「えっ」
「それは……カルデアの崩壊を意味するのでは……?」
反転したもう一人のアーサー王もとい、この世界のアーサー王ことアルトリア・ペンドラゴンと英雄王ギルガメッシュはとてつもなくなまえのことを気に入っている。隙があらばアーサーからなまえを奪おうとする程だ。時々二人がなまえとの時間を楽しむ為に共闘する時がある。今日という特別な日を使えば、きっと二人はすっ飛んでくるはずだ。そして今この瞬間に三人のサーヴァントが集えば、最悪、宝具合戦が勃発するかもしれない。
えええ……マジで呼ぶんですか……? と引き気味な職員達の肩を一人ひとりポンポンとたたき終えると、ダ・ヴィンチはグッと親指を立てた。
「それじゃあ、後は任せたよん!」
ダッと自身の工房の方へ走り去ったダ・ヴィンチの背中を数秒見つめた後、ひどい!! と職員達は声を上げて追いかけた。
この後、ダ・ヴィンチ達が呼んだわけでもないのだが何かを感じ取ったのか、うわさの二人が管制室へやって来てすったもんだと始まったのはまた別の話である――。
愛子||180216(title=空想アリア)