何気なく、壁にかけてあるカレンダーに視線をやる。カルデア(ここ)へ来てからというもの、今が何月だとかあまり気にする余裕がなかった。もう6月かぁ、とぽつりと呟くや否や、本来聞こえるはずのないバーンッ! という音とともに突然マイルームの扉が開いた。
「マスター!!」
「わあっ!? び、びっくりした……いきなりどうしたの? ネロ」
マイルームを訪ねて来たのは、契約をしている白いネロ・クラウディウスだった。ネロはこつこつとヒール音を響かせ、足早にベッド縁に腰掛けているなまえの傍へとやって来る。なまえの真正面に立つなり両手を腰に当てて見下ろした。
「マスター!」
「はい」
「余は!」
「はい、」
「余は……もう、充分に待った」
先程までの勢いはどこへやら、次はしゅんっとした色をネロは浮かべる。なまえはわけがわからず、一先ず読んでいた本をパタンと閉じて膝の上に置いた。充分に待った、とはどういうことだろうと小さく首をかしげる。そんななまえの様子を見て察していないことを理解したのか、だから! とネロは続けた。
「余と貴様は契約してもう随分と経つ。共に戦い、料理もし、演劇鑑賞もした。それ以上のことを余は望んでおるのに……貴様はちっとも応えてはくれない!」
ふいと視線をそらしたネロに、ええと、となまえは頭を回転させた。最初に契約を結んだサーヴァントは目の前に居るネロだ。契約を結んだのは第二特異点――セプテムの修復を終えてからすぐのことで、赤ではなく白い彼女が現れた時は正直驚いた。同期の藤丸立香や後輩のマシュ・キリエライトも召喚時に立ち会ってくれていたのだが、同じく目を瞬かせていたのを覚えている。色々とあったがなまえとネロは無事に契約し、立香達と共に人理修復に努めているわけだが――そういえば最近、ネロの様子がおかしいと薄々感じていた。
例えば、食堂へ足を運ぶとなまえの食べる料理だけはネロが作るといってエミヤ達の制止も聞かずに厨房の中へ入ったりすることもあった。厨房に居るサーヴァントは根の良い人達が多いので何だかんだ文句を言いつつもネロを手伝ってくれるのだが、食べきれない程の量をテーブルの上に並べられた時は流石に無理と手を上げて、急いで立香を通して腹ペコ王ことアルトリア・ペンドラゴン達に協力を仰いだりするすることもあった。
更に例をあげれば、最近、夜眠る時、普段なら与えられた自室に帰るはずなのにネロは帰らず同じベッドで一緒に眠ることが続いていた。しかも、眠る時はパジャマやラフな格好ではなく、露出の多い透けた白いネグリジェに着替える。初めこそ着ていないTシャツを黙って着せてから一緒にベッドに入っていたが、慣れというものは恐ろしいもので、ここ数日はネグリジェ姿のネロと眠っている。同性ではあるもののお陰で目のやりどころに困ってしまうことはしばしばあるのだが。
考えれば考えるほど、思い返せば思い返すほど、今となっては、おや? っとなる事が多い。ネロの言う「ちっとも応えてはくれない」とは…――つまり"そういうこと"なのだろう。
「貴様には、はっきりと言葉にせねば余の気持ちがわからぬとみた」
今やっと察したのごめんなさい、となまえは心の中で謝った。
「余はっ、貴様と……なまえと結婚式を挙げたい!」
察していたものの斜め上をいく言葉にぱちりとなまえは目を瞬いた。結婚式――を、ネロは自分と挙げたい、と言った。
「……ネロ、」
「何だ?」
「女の子同士では、無理だよ」
率直に伝えると、だとしても!! とネロは声を荒らげた。
「愛に性別等、関係ないではないか! 余は、大好きななまえとともに生涯添い遂げたいっ」
ふいにネロの瞳に涙の膜が張る。一呼吸置いて冷静に戻ったのか、やはり駄目なのか……? と弱々しい声音でネロは問うた。
嗚呼――まったくもう、となまえは軽く息を吐く。ネロと常に一緒に居て彼女の気持ちを汲み取れなかった自分にもちろん落ち度はあるが、悲しませるのだけは違うと思った。なまえもネロも女性同士だ。世間から見れば、女性同士で結婚式を挙げる、添い遂げるなんてことはおかしなことなのかもしれない。
しかし――それが何だと言うのか。
初めは協力をしてくれる頼もしいサーヴァントだった。共に過ごすうちに信頼できる戦友であり友人となり――いつしか心は、ネロという光に照らされ、導かれ、惹かれていたのだから。
ぽろぽろとこぼれる涙をそのままに、ネロはじっとなまえを見つめている。膝に置いていた本を退け、なまえはこほんと軽く咳払いを一つ。そのまま立ち上がり、本で見たことのある騎士を真似して恭しく片膝をつくと、ネロの利き手を取った。
「なまえ……?」
唐突なことに驚きながらもネロはなまえを見据える。
「健やかなるときも、病めるときも、共に助け合うことを誓います。だからこれからも……わたしと共に居てくれますか? ネロ・クラウディス」
「それ、は――」
「結婚式……は、人理修復を終えてからにしよう。だから今は"仮"だけれども……許してくれる?」
「――! っ、許す! 皇帝故、寛大に許す! 余はっ、余は嬉しいぞぅ!!」
涙はいつの間にやらどこかへ消え、ネロは勢い良くなまえに抱きついた。慣れない体勢だったため二人共に床にばたんと倒れる。マスター! と頬ずりしてくる無邪気で純粋無垢な花嫁を横目に、なまえはふわりと微笑んだ。
乙女は奪われることを待ち望んでいました
(――ところで、ネロが花嫁ならわたしは何になるのだろう? ダブル花嫁? ……それでもまあ、良いか。彼女ならどちらでも喜んでくれるはずだから)
愛子||190617(title=確かに恋だった)