今日はカルデアの施設全体を使った夏祭り。夏なのに忙しいばかりでは風情がないとのことで、お祭り好きサーヴァントを筆頭に全員を巻き込んだ行事へと化した。強制ではないものの、夏祭りという名目の為、男女問わず浴衣で参加をすると一つメリットがある。それは、屋台の食べ物やゲームに参加する際に支払うQPが半額になるというもの。夜にはシュミレーションルームで擬似的ではあるものの花火を上げることになっているため、なるべく風情のある格好で参加してほしいとポスターにも小さくだが明記していた。
そんなわけでつい先程、皆の母こと源頼光になまえのマイルームで浴衣を着付けてもらった。カメラのシャッターを押し続けている立香はやることがあるから後でと断り、カルデアの制服のままだ。しかし、一時間後には子どもサーヴァントの着付けを終えた頼光が再び立香を訪ねることになっている。母の着付けが嫌なのですかよよよっ……、と泣かれ、頼光の勢いに負けて浴衣を着る約束を交わしたのだ。身軽に動けるのは今のうちだと言わんばかりに、あっちこっちに動きまくりカシャカシャと二人に向けてシャッターを切っている。
会話もそこそこに、こほんっとなまえは咳払いを一つ。すっと腕を上げ、未だに写真を撮り続ける立香に向けてガンドを放つ準備をする。それを見た立香は軽く息を吐くと、すっとカメラを胸元まで下げた。
「"そろそろ撮るのをやめないとガンドを打つぞ"って言いたいんでしょ? 二人のこんなに可愛い姿をたくさん残すチャンスだっていうのに……」
「それにしても撮りすぎよ、立香。そろそろやめて、恥かしいから」
ぶっすーと頬を膨らませ、はいはいと適当に相槌を打ちながらも指はシャッターを押し続けている。立香〜? となまえの笑顔が三割り増しになったところで、ようやく指の動きは止まった。
「それにしても――二人とも、本当に良く似合ってる!! なまえちゃんは綺麗! 可愛さと綺麗が共同してる! マシュは可愛い! 最高に可愛い!!」
「あ、ありがとうございますっ。立香先輩!」
「そういうわけだから後でスケベしようや」
「すみません、訳がわかりません」
にこりと微笑むマシュを守るようにして、立香……、となまえは顔を顰める。だから冗談だってば、と立香は更に頬を膨らませた。ふと、なまえとマシュを眇め見て、何かを思いついたのか立香はポンッと手を叩く。マシュ、と手招きして呼びこそこそと何やら耳打ちする。えっ!? と驚いたマシュにカメラを持たせると、るんるんっと鼻歌交じりになまえの傍へ。
「なまえちゃん」
「な、なに……?」
嫌な予感がし、なまえは一歩後ずさる。立香はにこりと満面の笑みを浮かべると、さっとなまえの背後に回った。
「私、一度やってみたかったことがあるんだよね!!」
「そのやってみたかったことと、わたしの背後に回る意味はあるの!?」
「あるッ!! マシュ、準備は良い?」
「は、はいっ。カメラ、動画モードへ切り替えました!」
慣れない手つきでわたわたとしたものの、カメラを写真モードから動画モードへ切り替え、なまえと立香の二人に向ける。カメラのレンズがこちらを向いたのを確認すると、立香はニヤリと笑顔。いつの間にか緩めたなまえの帯をぐっと掴むと、グンッと勢い良く引っ張った。
「きゃっ――!?」
「良いではないか〜、良いではないか〜!」
「ばっ、かー!!」
くるりくるりと綺麗に円を描いてなまえは回る。最後の帯がしゅるりと浴衣から離れると、どしゃりとなまえは倒れた。立香はというと、一度はやってみたかった悪代官様ごっこを堪能できて感無量なのか、ほうっと息を吐き、恍惚とした表情を浮かべている。
一方、悪代官こと立香に帯を奪われたなまえは打ったところをさすりつつ上半身を起こした。せっかく綺麗に着付けてもらった浴衣は見事に着崩れ、髪も乱れて簪は床に落ちてしまっている。襦袢も緩み、白い肌が露となっていた。強く体を打った所為か、なまえの目には涙が浮かんでいる。まるでいけないビデオ撮影をしているかのような雰囲気に、マシュと立香はごくりと唾を飲んだ。
「なまえちゃん……このまま襲って良い?」
「駄目に決まってるでしょう!?」
「ちょっと、ちょっとだけで良いの……動画も撮ってるし」
「絶対に嫌です!」
そう言わずに! と鼻息を荒くした立香から逃げるようにして立ち上がると、浴衣の着崩れなどお構いなしになまえはマイルームの扉へ一目散に駆けた。追えマシュ! と立香は指示を出すも、動画の止め方がわかりません先輩! と一人わたわたとしている。外へ出ようとした刹那、マイルームの扉が突然開き、ぼすんっとなまえは誰かとぶつかった。視線を上げて束の間、ぱあっと顔色を明るくした。逆に驚いたのはぶつかってしまった本人で、ぱちりと目を瞬いている。
「アーサー!」
「なまえ? いったい何を慌て――っ!?」
扉を開けたのはなまえが唯一契約を結んでいるサーヴァント――異世界のアーサー王ことアーサー・ペンドラゴンだった。夏祭りの準備がひと段落したのか、マスターであるなまえを誘いに来たらしい。視線を下げてどうしたのかと問おうとした瞬間、アーサーの動きはピタリと止まった。
「助けて、アーサー!」
ぎゅっと抱きついてきたなまえをじっと見やり、アーサーは目を瞬くと同時に表情が変わる。すっと視線が動き、アーサーの瞳が立香を捕らえた。おっと、と察した立香はカメラに未だ苦戦中のマシュの手を引き、それじゃっ! と足早に逃げるようにしてアーサーとなまえの横を通ってマイルームから出て行った。アーサーの後ろで音もなく扉が閉まる。
嵐が素直に過ぎ去ったのことが信じられず、なまえはゆっくりとアーサーから離れ扉を見た。数秒ほど見つめ、何も起こらない訪ねてこないことに、ほっと安堵の息を吐く。胸を撫で下ろし、後で頼光に謝りもう一度着付けてもらおうと心の中で呟くと、アーサーに突然抱きついてしまったことを謝罪した。着崩れた浴衣を軽く直し、前をおさえながら外された帯を取りに踵を返した時だった。ふわりと、肩に何かをかけられた。
「――えっ?」
何気なく振り返ると同時に、体が何かに覆われ閉じ込められていた。肩にかけられたのはアーサーの霊衣――サー・マント。体を覆ったのは、アーサーの腕の中。ぎゅっと強い力で抱きしめられ、一瞬呼吸すらも忘れそうになった。
「アーサー……?」
名前を呼ぶと、更に腕の力が強くなる。続ける言葉に迷っていると、マスター、とアーサーが唇を開いた。
「あまり……僕を困らせないでくれ」
困らせるなと言われても、正直こちらが困ってしまう。こんな姿になってしまったのは暴走した立香の所為だし、望んだわけではない。むしろ望んでいたのは、綺麗に着飾った浴衣姿でアーサーと夏祭りを楽しむこと――それだけが、唯一の願いだった。
「アーサー、」
そっと腕をアーサーの背に回し、肌を更に密着させる。耳元で呼吸音が聞こえ、自然と胸は高鳴り体に熱がのぼっていく。
「もう一度、着付けてもらう、から。そうしたら、一緒に夏祭りを……まわってくれますか?」
立香の着付けの為に、もうしばらくすれば頼光が戻ってくるだろう。その時に一緒に着付けてもらい、そして――夏祭りをとともに楽しみ思い出を作りたい。ゆっくりとアーサーは離れるも、ほんのりと赤く頬を染めつつ、もちろんと頷いた。
着崩れた浴衣を見せるのは恥かしいが、アーサーになら構わない。大きくて優しい手がなまえの肩からサー・コートが落ちないようにする。恥かしくもあり、ちょっとおかしくもあった。不思議とこみ上げるものがあり、顔を見合わせると同時に小さくふき出し、声を出して笑いあった。
残念ながらべた惚れ
(これも一つの、あなたとわたしの夏の思い出――)
愛子||190821(title=星屑Splash!)