軽装でマイルームを訪ね、椅子に腰掛けた時だった。テーブルの上に置かれた物を見るなり思わずぱちりと目を瞬く。二、三度瞬きを繰り返し、これは……? と首をかしげた。

「ジャガーマンから貰ったの。さくらんぼだよ」

自身とのみ契約を結んでいる人類最後のマスターの一人でもあるなまえもラフな格好で、テーブルに置かれた物――大きなプラスチック容器に溢れんばかりに盛られたみずみずしいさくらんぼを一房手に取りにこりと笑って答えた。
カルデアにある大浴場からの帰りにジャガーマンと出会い、これをやるニャ! と渡されたのがさくらんぼだった。もぎたて新鮮、丁寧に山の水で洗ってから容器につめた為、そのまま食べても大丈夫とのことらしい。何故、中南米の神霊であるジャガーマンからの贈り物がチェリーではなく日本のさくらんぼなのか、はたまたそこはカカオではないのかと尋ねようとしたが、深くは突っ込んではいけないし触らぬなんとやらだよっ! と先に答えられてしまい、尚且つ他にも配るところがあるとのことでジャガーマンは用を済ませると足早にどこかへ去ってしまった。折角の好意を無碍にもできず、こうしてマイルームへと持ち帰ったのだとなまえは結ぶ。
クローゼットの近くに置いていた簡易の椅子をアーサーの隣に持ってくるなり広げてぽすんと座る。同時に持っていたさくらんぼの身をぱくりと一口。甘酸っぱさが口の中いっぱいに広がりほわんっと表情を緩める。小さな果肉を味わったのは良いが、残ったヘタと種を捨てるためにゴミ箱を探して軽く見回す。すると、プラスチック容器の蓋にティッシュを何枚か敷き、ここに出すと良いとアーサーが簡易のゴミ捨て場所を作ってくれた。さすが気の利くやさしい王様っ、と心の中で呟き、ありがとう、と口ではお礼を伝えた。

「アーサーの時代にも、さくらんぼはあったの?」
「ああ、あったよ。他にもベリーやリンゴ、夏は果物が豊富に実っていたからね」

アーサーもなまえと同じく、さくらんぼを一房手に取るとぱくりと一口。生前に口にしたものと品種は違えど、味は気に入ったのか口元は綻んでいた。つい先程、互いに入った男女別大浴場でのことを肴にさくらんぼを食べ進めていく。他愛の無いことでも時に笑顔がこぼれる。
半分程さくらんぼを食べたところで、ふとなまえはあることを思い出しぽつりとこぼした。

「さくらんぼのヘタを口の中で結べると、キスが上手って聞いたことがあるけれども……あれって本当なのかな?」
「んぐっ、」

突然のことにアーサーは誤って種まで飲み込んだ。軽く咳き込んだものの大事には至らず小さく息を吐く。咳き込んだことに驚きなまえは背をさすってくれたが、自身が原因だと気づいてはいないようだ。大丈夫? と問われアーサーはぎこちなく頷く。

「ヘタを結べるとキスが上手い、という話はいったい……?」
「えっと、良く言われない? 結べたら上手だって。根拠とかはわからないけれども」

手元に残ったヘタにふいと視線を向けたのもつかの間で、口の中にぱくりと含んだ。いきなり始まったさくらんぼのヘタ結べるかなチャレンジを、アーサーは静かに見守る。もぐもぐと口を動かし、時折目線を泳がせるなまえに、しばらくしてアーサーは声をかけた。

「結べたかい?」

なまえはベッと舌を出し、作業過程を報告する。舌の上のヘタは結ばれておらず、弓のように曲がっているだけだった。ヘタを手に取り、難しい……、とぼやく。じーっとヘタと睨めっこしているなまえを横目に、アーサーは何気なく新しいさくらんぼからヘタだけを取り口の中に含む。舌を使ってヘタを結ぶ、とは、言葉では簡単に言うものの難しいことだと思う。新しいヘタを使ってなまえが再チャレンジしようとした時、あっ、とアーサーは声を上げた。
アーサーの手のひらの上にあるものを見た瞬間、心配は何処へやらむぎゅっとなまえの眉間に皺が寄った。

「……結べている、だと……?」
「難しいと思っていたけれど、案外簡単に出来たよ」

アーサーの手のひらの上には緩く結ばれたさくらんぼのヘタ。それをまじまじと見つめ、ムムッとなまえは口では言い難い感情を顔で表現した。

「……コツとかありますか」
「コツ、と言われてもな……」
「……どうやったら結べますか」
「どうと言われても、練習をすれば上手くなる……かな?」
「練習って、どんな練習をすれば良いんですか……」

それは――とアーサーは一瞬言葉に詰まる。本人はまったく意識していないのだろうが、練習をするとなると、つまり"あれ"しかない。悔しいのか、じーっと結ばれているヘタを見据えるなまえにアーサーは息を呑む。ヘタを置き、何気なしに尋ねてみた。

「"練習"……するかい?」
「する! 何をすれば――、」

考える時間もなく返答したなまえの頬をそっと手のひらで撫でる。同時に、言葉を遮るようにしてアーサーは自身の唇をなまえの唇に当てた。触れるだけのそれはすぐに離れ、えっ、と一呼吸あけてなまえはこぼす。しかしすぐにもう一度、アーサーは次は強く唇を押し当てた。

「ん……ふ、っ……」

緩やかに、啄ばむように、深いくちづけを繰り返す。それはまるで毒のようで、身体が甘酸っぱく痺れ始めた。酸素がうまく回らず頭がふわふわとする。身体の奥から熱がこみ上げ全身を駆け巡っていく。
自然と、そういう雰囲気となる。
閉じていた瞼をひらき、潤んだ瞳でアーサーを見つめれば、キスを続けながら頬に触れていない手でなまえの衣服に触れる。服を乱そうとした刹那、コンコン、と外から扉を叩くノック音が響いた。
同時に二人の肩はびくりと動き急いで距離をとる。互いに視線を逸らし直視できずにいる中、続いて元気な声が聞こえた。

「トナカイ2号さーん!」
「居たら出てきてほしいのだわー!」
「出てきてほしいなー!」

声の主は三人――カルデアちびっ子サーヴァントのジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィことサンタリリィと、ナーサリー・ライム、ジャック・ザ・リッパー。居たら出てきて欲しいとのことだが、なまえが部屋に居ることを知っているのかノック音は続く。なまえは急いで立ち上がり小さな来客の対応をした。

「お、おま、お待たせっ。突然どうしたのっ?」
「こんばんは、トナカイ2号さん! あれれ? 顔が真っ赤ですが……体調でも悪いんですか?」
「大丈夫? お熱はかった?」
「体調が悪いのに突然訪ねてごめんなさい……」

純粋無垢な三人に心配され、心の中がずきりと痛む。苦し紛れに、お風呂に浸かり過ぎて少しのぼせただけだから、と言うと、長湯はあまり良くないですよ! と今度は叱られてしまった。

「ええと……ところで何か用があったのかな?」

そうでした! と三人は顔を見合わせるなり、大きな声でなまえの名前を呼ぶなり告げた。

「さくらんぼ、余っていたらください!」
「くださいな!」
「ちょーだい!」

ぱちぱちと目を瞬き、さくらんぼ……? と復唱する。こくこくと三人は頷いた。何でも、大浴場へ向かおうとした時にジャガーマンと会ったのは良いのだが、出会いがしらにしまったー! と声を荒らげられたらしい。理由を聞くと、子ども達の分のさくらんぼを確保するのを忘れ色んな人達に配り終えてしまったと涙目になりながら謝られたそうだ。ごめんねぇ、と謝りつつも、実は最初になまえ達にさくらんぼを贈ったが一番多く渡したからもしかしたら残ってるかも、とのことで、ジャガーマンをその場に放置して急いでやって来たのだと言う。
残っていますか? と不安そうに上目で覗いてくる三人のもとに、さくらんぼの入った容器を手に持ったアーサーがやって来た。

「これをご所望かな?」
「さくらんぼ!」
「ありす(わたし)達、それをご所望なのだわ!」
「ちょーだい、騎士王さん!」

もちろん、とアーサーは微笑むもなまえの背後に立ったまま動かない。代わりになまえがアーサーから容器を受け取り、三人を代表してサンタリリィにさくらんぼを渡した。半分程食べてしまったことを謝ったが、それでも良いと三人は嬉しそうにはにかむ。

「ありがとうございます! トナカイ2号さん、騎士王さん!」

声を揃えてもう一度、ありがとう、と礼を言って頭を下げると、賑やかなまま去って行った。突然の嵐は過ぎ、ほっと息を吐いて扉を閉める。色々とばれなくて良かったと胸を撫で下ろしていると、かちゃりと鍵の閉める音が耳に入った。鍵をかけたのはアーサーで、ぱちりと目を瞬き振り返ったなまえを見る。数秒と経たずに、アーサーはなまえの手を取ると強く抱きしめた。

「――納まりが、つきそうにないんだ」

腹部のあたりにアーサーの熱くて硬いモノが当たる。一瞬、息が詰まったが不思議と胸は高鳴り、嗚呼――同じ気持ちなのだなと嬉しくなった。アーサーの名前を呼び少し距離を開けるも、軽く背伸びをして今度はなまえから唇を押し当てた。拙いながらも舌を使い、深く口付ける。けれどもやはりアーサーには敵わなくて、応えるように舌を絡ませ熱く蕩けるキスを施してくれる。
唇が離れると二人の間に銀色の糸が引き、なまえの息はあがりとろんとした瞳の中にアーサーを映した。

「……いいよ、」

囁くように、けれども強かに伝えると、ふわりと身体が宙を浮いた。アーサーは軽々となまえを抱き上げ歩を進める。向かう場所は一つ――ふかふかの布団が敷かれたベッドだ。
さくらんぼのヘタを結ぶ練習は、またいつか数をこなして結べるようになれば良い。
今は――二人きりの甘酸っぱい時間を味わおう。きゅっとアーサーの衣服を掴み、なまえは全てを委ねた――。


息も止まるくらいに
(甘酸っぱくてみずみずしい果実を召し上がれ)

愛子||190917(title=確かに恋だった)