(夢主に姉が居ます。苗字を使用する為、必要な方は変換をお願いします)


彼女を知るきっかけはテレビだった。デビューして間もない新人だというのに、ライブ会場からの生中継。姉妹ボーカルユニットとして絶賛売出し中の二人――メインボーカルのなまえとその姉のみょうじ。なまえのトークは下手すぎて聞いているこちらがはらはらとしてしまう程だったが、みょうじは気さくな態度でフォローを入れる。すると、ぎこちない空気等はどこへやら、面白おかしく、それでいてなまえという人間は堅物でまじめというキャラクターを引き立たせお茶の間に笑いと人気を届ける充分な起爆剤となった。
トークはさて置き、二人の歌は本当に素晴らしいものだった。歌詞や音楽もさることながら、聴いている人すべての心を奮い立たせ勇気と希望を与える歌声。
プロデューサー兼マネージャーとしてつい先日よりアーサー・ペンドラゴンを世話してくれることとなったマーリンから、ちなみに彼女達も同じ事務所だよ、と大きな液晶画面に映っているなまえ達を指差して教えてくれた。なまえ達は一年先輩にあたるが、機会があえば会えるだろうとマーリン。楽しみだ、と素直に心の奥底から紡ぎ笑顔した。
それから程なくしてマーリンの導きのもとデビューを果たし、なまえ達と同じ舞台へ立った。けれどもなまえ達と事務所で出会うことやすれ違うことはなく、忙しくも充実した毎日を送った。だが、忙しさの中にもふとした時になまえの姿と歌声が脳裏に浮かび、辛い時でも励ましてくれた。
嗚呼、自分も彼女達の――否、初めて見たその日からなまえのファンになっていたのだ。
忙しくも目まぐるしい日々が続き、彼女達を観た日から一年経ったある日――なまえの姉でありボーカルユニットのみょうじが不慮の事故に遭いこの世を去った。家族であり敬愛している姉を亡くしたなまえの喪失感は酷く、しばらくはマネージャーの電話にも出ず、また事務所にも顔を出さなかった。ユニットの解散話も聞こえ始めた頃――アーサーとライブの打ち合わせをしていたマーリンのもとをなまえが訪ねて来た。解散かソロで活動をするか、と問おうとしたマーリンの言葉を遮り、なまえは大きな声で宣言した。
姉とのボーカルユニットは解散せず一人でこれからも歌い続ける、と。
悲しみの中で悩みぬいて出した結論を、誰も否定や拒否はしなかった。むしろ背中を押し、協力を惜しまないと約束した。
その時、話をするチャンスはあった。声をかけようとしたが、タイミングが悪くなまえのマネージャーが迎えに来てそのまま地方の仕事へと出てしまったのだ。
その日から、なまえの雰囲気、歌声に変化があった。やさしさの中に力強さが加わり、聞いているだけで心を奮い立たせるものがあった。世間からは悲しみを乗り越え再びステージへ戻ってきた歌姫と称され、応援をする人は日本のみならず世界にまで広がった。
だが、アーサーは世間の持つイメージとは違ったもの感じていた。"孤高の歌姫"――それが、自身の抱いたイメージだった。
光の中で一人羽ばたくなまえは、手が届きそうだったものの更に高みへとのぼっていく。いつか会って話ができたらという望みは、もう叶わなのかもしれない。
ある日、次のライブの打ち合わせを終えて事務所の裏口から出て帰路へつこうとしたが、外は大雨で思わず中へ退避する。今日は事務所には泊まらず直帰する予定のマーリンに家まで送ってもらうため雨の心配はいらない。車を裏口までまわしてくると言っていたマーリンに宛て、中で待っている、とだけメッセージだけ入れておく。裏口まで車をつけてくれたらきっと電話を鳴らしてくれるだろうから、のんびり待つことにした。
携帯電話から目を離した直後、前を誰かが通りすぎた。気づいた時には裏口から外へ出て――行ったかと思いきやすぐに中へ戻ってきた。肩をすくめて軽く息を吐き、肩から提げた鞄を開けて中をまさぐる。思わず目を見開き、扉の前で立ち止まっている人物の姿を瞳に映す。
二度目のチャンスが、訪れた。
探し物はなかなか出てこないらしく、あれ? と扉の前で立ち止まっている人物――なまえは鞄の口を大きく開けて中を覗き込んでいる。携帯電話をズボンのポケットへ仕舞うと、アーサーは無意識になまえの傍へ歩を進めた。

「――あった、」
「今から帰るのかい?」

声をかけたのは良いものの、ふいに胸は早鐘のように高鳴る。鞄の口を閉じ片手に携帯電話を持ちながら、じっとなまえはアーサーを見る。

「……アーサー・ペンドラゴン」

まさか名前を呼ばれるとは思っておらず、驚きぱちりと目を瞬く。しかしすぐに綻びそうになる表情を引き締め、初めまして、と続ける。

「今から帰り、ですか?」
「ええ、まあ。貴方も?」
「はい」

ぎこちない会話に苦い笑みがこぼれそうになる。もっと自然に話すことはできないだろうかと密かに考えていると、あの、となまえは紡ぐ。

「年齢は貴方の方が年上ですし……敬語はいりません」

再び驚いた。どうやらなまえは自分のことを知ってくれているらしい。ぽかんとした色を浮かべていると、なまえは頭上に疑問符を出している。軽く咳払いをし、本当に普段通りに話して良いのかと念のために確認をすると肯定の意をこめた頷きが一つ。心の中でガッツポーズをした後、言葉に甘えることにした。

「今日は新曲の打ち合わせがあったそうだね」

話題を振ると、何故知っているのかとなまえは首をかしげる。マーリンが言っていたことを伝えると、納得がいったのかなるほどとなまえは相槌を打った。

「今回も、もちろん買うよ。楽しみにしてる」
「わたしの歌……聴いてくれてるんですか?」
「ファーストシングルから買って、ずっと聞いているんだ」

そう伝えるとふっとなまえは視線をそらし、けれどもぎこちなく、ありがとうございます、と礼を言う。ほんのりと頬は赤く染まっており、どきまぎしてしまった。一呼吸あけてから、わたしも、とぽつりとなまえ。

「貴方の歌……聴いています」

照れたように、上目でそう言うなりなまえはふわりと微笑む。まさかのことに息が止まりそうになったが、静かに深呼吸を一つ。肺に酸素を送り込み、嬉しさが爆発しそうになるのを必死に堪える。
ちらっと携帯電話を確認したなまえは、そろそろ帰りますね、と告げる。どうやら今日は徒歩で帰るらしく、大丈夫なのかと心配すると、今までばれたことはないとなまえは胸を張る。電車に乗ってもそっくりさん扱いで終わり、何事もなく家路につくことができるそうだ。自分の場合は変装でもしなければすぐにばれてしまうというのに、その能力というのか才能ともいうべきものに羨ましいと素直に口にした。

「とは言っても、傘を持ってきていないので……小降りになっていたら良いのだけれども」

呟くように言い、外の様子を確認するためになまえは踵を返し裏口の扉のノブに手をかけた時、アーサーは咄嗟にその手を握った。えっ、と驚いたのはなまえだけではない。アーサーも自身の行動に一瞬思考が止まり、はたっとなまえと目が合った。
ほんの数秒、動きを止め見つめ合っていただけなのだが、アーサーにとってはすべての時が止まったように感じた。えっと、と急いで喉の置くから声を絞り出す。

「マーリンがっ。車を出してくれるんだ。だからもし良かったら――一緒に帰らないかい?」


突然の誘いになまえはじっとアーサーを見やる。だが、ほどなくしてふと自身の手に視線を向けた。何気なくアーサーもその先を目で追いかける。そして、あっ、と声を上げるなり急いでなまえの手から自身の手を離した。

「す、すまないっ。悪気があったとか、そういう訳ではなくて……!」
「あ……いえ、大丈夫……」

アーサーに握られていた手を軽くさすり、顔を背けてなまえは続ける。

「プロデューサーに送ってもらうんですよね」
「あ、ああ。そう……そうなんだ」

少し悩んだ素振りを見せたものの、なまえは再びアーサーを見据え軽く笑みを浮かべた。

「お言葉に甘えても、良いですか?」

まさかの返答に声は上ずり、もちろん! と即答する。くすくすとなまえが笑っていると、アーサーの携帯電話が着信音をかなでた。裏口にマーリンが到着したようだ。同乗者が一人増えたところで文句は言われまい。ましてや相手が事務所で一番の稼ぎ頭でもある歌姫なのだから逆に驚いた後、快く送ることを引き受けてくれるだろう。着信を切り、行こうか、となまえに声をかける。
この業界へ入った時に二つの夢があった。
一つ目は、マーリンとともに光り輝くステージへ立ち、世界へ羽ばたくこと。
二つ目は、一度でも良いから憧れの歌姫と話ができますように。
マーリンの導きのもと、まだ未成長でなまえのように世界へ羽ばたいているわけではない。そんな自分でもずっとずっと叶えたかった夢が一つだけでも叶った。
裏口の扉を開き、二人で外へと歩み出た――。


密やかな愛しさを編んでいく
(嗚呼――やっとひとつ、願いが叶った)

愛子||200217
(title=空想アリア)