朝から作っていたチョコレートがようやく完成し、さっそくパスを繋いで唯一契約を結んでいるサーヴァント――異世界のアーサー王ことアーサー・ペンドラゴンを呼ぼうとした時、突然、誰かに引き止められた。
「何を 普通に チョコを渡しに 行こうと してるの?」
「えっ」
振り返れば真顔で腕を掴むもう一人の最後のマスターである藤丸立香の姿。手にはギリギリと力が込められていく。つい先程までなまえは立香と後輩のマシュ・キリエライト、そして今日という日を特別視している多数の女性サーヴァント達とともに厨房を貸し切ってチョコレートやお菓子等を作っていた。厨房はパーテーションで区切られ、とっておきの一品が出来た者から順に交代していくのだが、なまえ達は特別枠という扱いで料理やお菓子作りが得意なお母さん系サーヴァント達に付き添って貰いながら長時間、厨房に居ることが出来た。
立香が契約を結んでいるサーヴァント達にはなまえも日頃から世話になっている。アーサーに渡すチョコレートを優先的に作った後、日頃の感謝を込めてチョコレート作りを手伝った。一通り手伝い終え、後の片づけはこちらでやっておくから早く渡しておいで、と声を掛けられ、なまえはその言葉に甘えた。可愛くラッピングを終えたチョコレートを、いざアーサーの元へ届けようとした時にそれは起こった。パスを開くのを止め、ちょいと首をかしげると、くわっと立香の表情が変わる。
「何で! 普通の格好で!! アーサーにチョコを渡しに行こうとしているんですかねぇうちの師匠はッ!!」
普通の格好と言ってもカルデアの制服なのだが、これの何がいけないというのだろうかうちの弟子は、と思う。
「バレンタインっていうのはッ。"チョコレートごと、私を食べて?"っていうイベントでしょ? ゲロ甘イベントでしょ? それいつもと変わらない姿で渡して"美味しかった? よかった。アーサーの為に頑張って作ったの、これからもよろしくね!"的なピュアなイベントで終わらせようとしてるの!? 私の目が黒いうちはそんな純粋すぎるイベントで終わらせねーからなッ!?」
「ちょっと本当に何を言ってるのか全然わからないのだけれど!?」
「わかるな、察しろー!!」
早口で全て言い終えた立香に間髪入れずに突っ込むが、ウガーッ!! とコロコロと表情を変えて今度は怒り出す。時々、立香が突然に騒ぎ出すことがあるのだが、それに慣れているのか、ほどほどにするんだよ〜、と声をかけるだけでお母さん系サーヴァント達はせっせと後片付けを続けていた。助けて、という心の声はもちろん届かず、立香からの圧に巻けてどんどんと自身の体が小さくなっていくような気がした。
「マシュ」
パチンと指を鳴らした立香の傍に、何やら紙袋を手にしたマシュがパタパタと駆けて来た。そういえば立香に掴まってから立香の隣に姿はなかった。ガサゴソと紙袋の中からマシュはあるものを取り出した。
「私、そしてジナコ=カタギリ&刑部姫によるオタクコンビ原案、バーサーカーのヴラド三世お手製、メディア最終仕上げのもと、なまえちゃん用特別礼装――……その名も、"ハッピー・ヴァレンタイン・メイド〜わたしごと食べて?〜"です!!」
「ちなみに礼装と言ってますがダ・ヴィンチちゃんが作るような礼装機能は備えておりません!」
「皆の協力のもと作っていただいたのは大変嬉しいしとても可愛らしいメイド服ではありますがそのネーミングセンスはどうかと思う! 後、補足ありがとうマシュ!!」
ジャーンッ! という効果音と共に広げられた、立香曰くなまえ用特別礼装――たくさんのフリルとリボンがあしらわれた露出の多いミニスカートメイド服を前に即座に突っ込むものの、ちらちらと視線は服の方へ向いてしまう。立香とジナコ&刑部姫のセンスが光り、手作りとは思えない出来栄えに仕上げたヴラド三世の裁縫の腕、何を最終仕上げしたのかは現段階ではわからないメディアの心遣いに感嘆の息をこぼさずにはいられない。立香は軽く咳ばらいを交える。同時にマシュは紙袋の中からもう一つの何かを取り出した。
「アタッチメントに猫耳としっぽがございます」
「オタクコンビと立香のセンスを褒めた自分を叱りたいッ!!」
カチューシャ仕様の耳と、スカート位置で付けられるようにと安全ピンのついたしっぽは白色でふわふわとした素材だ。再びパチンと立香が指を鳴らすと、瞬きの間にマシュが背後に居た。すみません!! と謝るや否や、なまえはがしりと羽交い絞めに合う。まさか――と気づいた時には既に遅く、にこりと立香は微笑んだ。
「さあ、お着替えの時間だぜ」
語尾にハートマークを付けてじりじりとにじり寄ってくる。後片付けをてきぱきと行っているサーヴァント達に救いを求めるも、三人はただじゃれているだけ、と思われているのか目もくれない。
「ちょ、ま……っ」
「安心してなまえちゃん。此処には女子しかいない」
「そういう問題じゃな、」
「なまえ先輩!」
言葉を遮るように呼ばれ、ちらっとマシュを見やる。
「わたし、先輩の猫メイド……とても見たいです!」
「マシュの純真さが心に刺さって痛いッ」
ぽふっと肩に手を置かれる。立香はふわりと笑顔を浮かべた。
「マシュの期待に応えるためにも、着替えようぜ?」
さあっとなまえから血の気が引いた。
そうして――気が付けば片づけを終え、全女性サーヴァントが居なくなった厨房の隅っこでは、何故か撮影大会が始まっていた。カメラを持っているのはもちろん立香で、その隣ではマシュが嬉しそうな色を浮かべている。被写体は立香とマシュにより猫耳しっぽを付けられたメイド服のなまえで、アーサーに渡すチョコレートをぎゅっと胸元で抱きしめ、ぷるぷると小刻みに震えながら恥ずかしそうに頬を赤らめていた。猫耳は伏せしっぽはなまえの今の感情に合わせて反応しているのか、耳は垂れしっぽもしゅんっと下がっていた。どうやらこれがメディアが施した最終仕上げらしい。
「はぁ……これで次のイベント礼装は決まりだぜ……はぁ」
「なまえ先輩っ。すごく似合っています! とてもかわいいです……っ」
立香の隣でマシュはほうっと息を吐く。後輩の喜ぶ姿は見ていて嬉しいが、この状況は正直もう耐えられない。恥ずかしいが背に腹は代えられない。意を決してパスを開き、アーサーを呼ぼうとした時だった。
「すまない、マスターが呼んでいると聞いたのだが……」
聞き覚えのある声が、鼓膜を震わせた。
「遅いよ、アーサー! 待ってた!」
さっとカメラを仕舞い、牛若は仕事が早くて助かるぜ〜、と呟きながら立香は満面の笑みでアーサーをちょいちょいと手招きして呼ぶ。どうやら牛若丸に命じてアーサーを呼んだらしい。ふと、アーサーは隅っこで縮まっているなまえを見やり目を見開いた。後はごゆっくり〜! と残し、まだなまえを見ていたいと言うマシュの腕を引っ張って立香達はそそくさと厨房を出て行った。
静かになった厨房に、なまえとアーサーだけが残される。沈黙が流れたものの、程なくしてこほんっとアーサーは小さく咳ばらいをした。
「マスター……その姿はいったい……、」
ふいと視線を逸らしつつもアーサーは問う。なまえはゆっくりと立ち上がり、軽く衣服の皺を伸ばしながら事の経緯を話した。話を聞き終えると、立香には困ったものだ、と肩を竦めなまえの傍へ歩み寄る。自身の霊衣であるサー・コートを外すと、露出の多いなまえの肩にかけた。今のなまえの姿を他の誰かに見せるわけにもいかず、一度マイルームへ戻ろうとアーサーは手を差し伸べる。こくりと頷きその手を取るも、あのねっ、となまえは引き止めた。アーサーを見上げ、手を握り、持っていたチョコレートを差し出した。
「いつも、ありがとう。ハッピーバレンタインっ」
日頃の感謝と親愛を込めて、いま送れる精一杯の言葉を添えて。アーサーは口元を隠すように手を当て、頬をほんのりと赤く染めた。ふいと視線を逸らすもすぐに戻す。なまえが付けている猫耳はピコピコと動き、しっぽはピンッと立てながらもふわふわと動いていた。なまえの全てがアーサーの心の奥に刺さり、可愛い……、と口の中で呟くも静かに深呼吸を一つ。
「ありがとう、マスター」
なまえも嬉しくなり頬を染めて微笑む。唐突にアーサーはせわしく辺りを見回した。どうしたのかと問おうとした刹那、厨房には改めて誰も居ないと確認を終えると、アーサーはなまえの唇に触れるだけのキスを落とした。
「これからもよろしく――なまえ!」
ぱちりと瞬くも、一呼吸開けてからなまえははにかんだ。
「はいっ。これからもよろしくね、アーサー!」
甘い香りに包まれて、互いに満面の笑みを浮かべた――。
その微笑みに満たされて
(今のわたしがあるのは、貴方のお陰)
愛子||200315(title=空想アリア)