背後から聞き覚えのある明るい声音が聞こえ、一度歩みを止める。名前を呼ばれた気がしたので振り返ると、え゛っ、と互いに目が合った。すぐ後ろに居たのは清少納言こともう夏の季節は過ぎたと言うのに未だ水着霊基のなぎこさんで、片腕を伸ばしてラリアットする体勢。もちろん急に止まれるはずもなく、顔面にクリティカルヒット。体は重力に逆らえず真後ろへ倒れた。――……かと思いきや、ぐいっと腕を引かれ床に倒れることはなかった。
「っと、メンゴメンゴ! だいじょぶ?」
「う、うん……なんとか……」
力は加減されていても顔面は痛い。鼻血は出ていないようでちょっと一安心。
「なぎこさん、何で突然ラリアットなの……」
「こう、後ろからガバチョ! って抱き着こうとしただけなんだけど……なまえちんが振り向いたからこう……ドカーン! ってなった」
つまり振り向いたタイミングが悪かったのかと理解する。痛みも引いてきたところで、ごめんね、と謝るとベシベシと背中を叩かれた。
「謝るなよぅ! あたしちゃんが悪いんだしさ!」
痛いなぎこさん痛い、と伝えるも加減はしてると笑う。ところで、と突如として話は変わりなまえちんと再び名前を呼ばれた。
「あたしちゃんから素敵な提案があるんだけど」
「素敵な提案?」
ふふんっと鼻を鳴らすなり、清少納言はそっと手を差し伸べた。
「あたしちゃんと一緒に渚でプリン味アイスをキメようぜ!」
「プリン味……アイス……ッ!?」
大好物の名前を耳にした刹那、なまえの表情は変わる。しかし同時に清少納言もハッと何か思ったのか、こほんと軽く咳ばらいを一つ。そしてすぐに、なまえちん、と改めて、今度は声のトーンを落として言った。
「プリン味アイス、食べに行こうぜ?」
「行く!」
「――わははっ! 即答じゃん!」
さっすが! と大きく笑う清少納言に、今すぐ食べに行くのかとずいっと顔を近づけて問えばそうだと頷きが返ってくる。ぱあっと表情を明るくしたなまえの手を取ると、清少納言はずんずんと廊下を歩き出した。さすがにレイシフトは許可されなかったらしく、シュミレーションルームで既に準備を整えているらしい。なまえの他にも、同じく人類最後のマスターこと藤丸立香と、皆の後輩マシュ・キリエライト。今回ともに特異点修復を成し遂げたサーヴァント達も呼んでいるとも添える。プリン味アイスの他にも料理やドリンクを準備しており、厨房を牛耳っているサーヴァント達にお願いして用意してもらったのだ。――否、正しくは清少納言が無理矢理押しかけてシュミレーターを使って渚のパーリーナイトをするからよろしくチェケラ! と用意させたのだが。
鼻歌を奏で手を引く清少納言に、そういえば、となまえはとある話題を振った。
「なぎこさんは、式部さんのように新作を書いたりしないの?」
「おっふ。いきなりどったん?」
「何となく気になって」
なまえ曰く、紫式部は新たに出来た図書館での業務をこなしつつ時間の合間に新作を綴っていると言う。他の有名作家陣も締め切りに追われながらも書き殴っているし、同じ作家なのだから筆を執らないのかと疑問に思ったようだ。
なまえの顔を何気なく見返し、此処(カルデア)へ来てから図書館へ入り浸ることはあるが文字は綴っていないなと清少納言は思う。書くのが嫌になったとかではない。ただ、後世の文学を読み漁るのが楽しくて仕方がないのだ。
「ほら、あたしちゃんの新作よりかおるっちの新作とか期待して待たれよ〜」
「……わたし、枕草子好きなのに」
唇をすぼめるなまえに、わははっファンかよー! と冗談交じりに笑うが内心、嬉しさが込み上げてくる。アーチャーの時ならまだしも今の霊基はバーサーカー。感情のままに動いてしまうのは仕方ない。咄嗟に体を翻し、とうっ! と勢い良く抱き着けば、ナニゴト!? となまえは声を上げた。
「んもうっ! あたしちゃんは嬉しいぜなまえちん!」
「何だかよくわからないけれど、いきなり頬ずりしないで〜っ」
「うははーっ! ほれほれ、良いではないか良いではないかーっ!!」
「良くないですー!」
やーめーてー、となまえは抵抗するがうりうりと清少納言は頬ずりを続ける。ふと、清少納言は穏やかな色を浮かべた。
まだまだ読みたい文学はたくさんあるが、一度、本を筆と紙に持ち替えようか。そして、綴ろう――世界を救う為に戦う"君達(マスター)"のことを。
書き出しはもちろん決まっている。お約束かもしれないが、清少納言を語るには必要な始まりだから。
春はあけぼの、君を綴る
(――霊基は夏仕様だけど、あたしちゃん全力でなまえちん達のことを書き殴るぜ!)
愛子||211231