午前は司馬懿――もといライネス・エルメロイ・アーチゾルテと、諸葛孔明――ロード・エルメロイ二世の両名にたっぷりと魔術の何たるかを教わり既に頭がパンク寸前状態のまま講義は終わった。一時間で昼食をしっかりと取り、午後からはレオニダス式ブートキャンプもとい筋肉トレーニングの予定が入っている。一体だれがこんなハードなスケジュールを組んだのかと憤りを覚えそうになったが、後輩であるマシュ・キリエライトとライダー霊基のダ・ヴィンチと相談したうえで組んだものだから、口から吐き出しそうになった「疲れた」という言葉はぐっと飲み込む。今から筋トレだというのにちょっと食べすぎてしまったかと後悔しつつ、約束の場所――レクリエーションルームへ向かって歩いていると、曲がり角でぱったりとある二人に出会った。

「おや、マスターではありませんか」
「こんにちは、立香」
「こんにちは、太公望、なまえさん」

出会ったのは、先日、召喚に応じてくれたライダー霊基の太公望とカルデア職員であるなまえの二人。視線を下げれば、二人は指を絡めて手を握り合っていた。なるほどこれはあれだな、と人類最後のマスターである藤丸立香は目を細めたが口にはしなかった。

「マスターはこれから何方へ?」
「俺はレクリエーションルーム。レオニダスに鍛えて貰うんだ」

激しい動きの多さにダイエットや軽い運動目的で参加した職員が五分以内で汗まみれと酸欠でぶっ倒れ医務室に運ばれる様はカルデアベースへ移る前から風の噂で知っているからか、レオニダス式ブートキャンプに参加するのかぁ、となまえはふいと目を逸らした。慣れれば結構楽しいよと添えると、私は絶対に遠慮しておく、となまえは笑顔で拒否した。

「二人は何処に行くの?」
「シュミレーターです。僕達、今からデートをするので! キリッ!!」

端正な顔立ちをキリッとさせて声にも出す。やっぱりデートだったかと立香は相槌を打ち、なまえは恥ずかしそうにほんのりと頬を染めた。
シュミレーターはレクリエーションルームへ行くまでの途中にある。そこまで共に行くことになり、三人は並んで歩き始めた。話がまとまる間も、太公望となまえの手は握り合ったままだ。
なまえは、輪廻転生を繰り返していた元仙女だ。封神演義の派生作品では引き名で記されている太公望の後妻である。封神計画実行時より太公望と共に行動し、いつしか二人は惹かれ合い、物語の後半で正式に夫婦となった。だが、結末はどの作品も同じで封神寸前の妲己に致命傷を負わされ道連れにされる。本来であれば封神台へ魂が収められるはずだったが、魂を収める場所が無く、けれども身体から離れてしまった魂は戻れず、いつしか浄化される運命を待つしかなかった。しかし、なまえはそれを良しとせず、自身の力を使い輪廻を巡る旅へ立つ。
それはいつか、最愛の人との再会を願って。
獣の呪いを受けながら、何十、何百、何千と流転の度を続けるも、長い歴史の中で様々な苦痛を受け続け、いつしか心を閉ざしてしまった。こころも耐えきれなくなり、記憶と力を封印しての最初の流転が今――みょうじなまえだ。
封印は太公望が来てから少しずつ解けており、記憶も戻ってきている。二人が夫婦であり、探し求めていた最愛の人は太公望というのも魂で理解した。
呪いは、祝福へと転じたのだ。
なまえが特殊な魂の持ち主だというのは、立香はもちろんカルデアベースに居る者は既に知っている。太公望と再会した直後、職務中にも関わらず子どものように大声を上げて号泣し一時騒然となった経緯がある。太公望もなまえをはっきりと妻と認めており、二人は自他ともに認める正式な夫婦だ。
ふと、太公望となまえの様子を窺う。話している最中でも二人は幸せそうで、特に太公望はなまえの仕草一つ一つをまるで愛でているかのようにも見える。だからつい、無意識に唇を開いていた。

「太公望って、なまえさんのこと本当に好きだよね」

きょとんとした色を浮かべ、太公望は二、三度目を瞬く。なまえもちょっと驚いていた。一呼吸あけてから太公望は、えへんっ、と胸を張る。

「ええ、ええ! それはもう! マスター、ちょっとプレゼンをしても良いですか?」
「プレゼン?」
「所謂嫁自慢です! 何せ三千年分ですからね!! グラ友のノア君にも散々しましたが、途中で"もういい"って半分も語ってないのに断られてしまって!!」
「しっ、しなくて良い! しなくて良いからそんなプレゼンっ、」
「いいえ、します!!」

再び顔をキリッとさせて早口に告げる太公望の勢いに負け、どうぞ……、と立香は引き気味で頷く。人類最後のマスターッ!! となまえは叫んだが後の祭りだ。握っていた手を離し、こほんっと軽く咳ばらいをすると太公望は声を大にしてプレゼンならぬ嫁自慢を始めた。

「まずは見てください、この容姿端麗な姿。僕、一目で心を奪われてしまって。恥ずかしながら、何度かなまえの水浴びを覗いたことがあります」
「――待って、子牙。私が知ってるのは二回なのだけど」
「それ以上は確実に覗いています!」

仙人時代の話ですが! と太公望は笑顔で付け足す。なまえは真顔で、すぐさま令呪を切ってこの人を黙らせて、と言ったが立香は目を逸らして口を一文字にきゅっと結んだ。もちろん水浴びを覗いたと告白する太公望が一番悪いのだが、それは夫婦間の事情となる為、関わらないように努めた。
話は前後するが、確かになまえには容姿端麗という言葉が似合う。カルデアへ来た際も、マシュの次に目を惹いたのはなまえだった。綺麗な人が居るなとぼんやり眺めてしまった時もあったか。何度か話をするうちに"憧れの人"から"頼りになる隣人のお姉ちゃん"にいつしか変わったが。

「二つ目は、何でも一生懸命なところです」

次は真面目な内容に、逆に立香が驚いた。なまえは未だ、何回水浴び覗いたのか白状しろと怖い顔で太公望ににじり寄っている。
なまえは何でも一生懸命に、真面目に物事に取り組む。時折、気を抜いてしまうことはあるが他人に比べれば本当に脱力しているのかと考える程だ。物覚えも良く、素直で真っ直ぐな性格だからこそ、彼女の師である竜吉公主も様々な術を教え込み、学びの機会を多く与えたのだろう。
印象に残っているエピソードは様々あれど、一番残っているのは、とある事情で仙人や人間を問わず、料理大会が開かれた時のことだ。周の城で行われたお祭りのような催しに、太公望はお目付け役であるなまえを言葉巧みに、時には方便を使って参加させた。太公望自身、なまえが料理をしている様を見たことはなかったが、見目麗しい仙女が美味しい料理を作る姿は誰が見ても心を熱くさせるだろうと考えたからだ。
しかし、その考えは祭り当日に覆る。
なまえは本当に料理をしたこともないし、そもそも仕方を知らなかった。だから、用意していた食材達を片っ端から仙術で炭に変えて周囲からは、炭料理の天才、という不名誉な称号を賜った。しかも偶然下山して審査員役として参加していた竜吉公主は腹がよじれんばかりに笑い転げていたのも有名な話である。後からなまえに尋ねると、料理は全て師の付き人であった仙女達が用意していたと言う。下界に降りてからは果物を見つけて収穫したものを食べていたというのだから、料理に無関心すぎるにも程があった。せめて一番簡単な焼き魚だけでも修得してはどうかと提案し、術の使い方も時間の合間を縫って伝授した。
そして――夫婦になった頃にはすっかり焼き魚は上手になっていた。

『毎日、教わったように練習しただけです。別に、た、大した事ではありませんからっ』

褒めた後、照れたように、でも嬉しそうに返してきた言葉はいま思い出してもくすりと笑顔してしまう。

「じゃあ、なまえさんは焼き魚が得意なんだ」
「ふっくらと絶妙な焼き加減で魚を焼くので絶品ですよ。この太公望呂尚、太鼓判を押します」

今度作ってくださいね! と話を振ると、料理大会を思い出しているのかなまえは両手で顔を隠していた。一呼吸あけてから、料理大会トラウマになってるー!? と立香は心の中で突っ込んだ。
シュミレーターが見えて来た。なまえは顔を隠しながらもふらふらしながら付いて行く。仕方ないと太公望は残念そうに漏らすと、今回はこれで最後にします、と前置きして続けた。

「三つ目は――……」

軽く頭を左右に振ってから改めて言い直した。

「僕の妻は、マスターやみんなを愛する優しい心の持ち主です」

それは、もちろん立香も知っている。
そうでなければ転生を繰り返すなんてしないだろう。
最愛の人を探し、人を愛し、人に嫌われ、生を終える――その繰り返しの因果を約三千年も続けたのだから。
わかっているよ、と立香は口には出さずに微笑む。その意図を読み取ったのか、太公望は嬉しそうに両口角の端を上げた。

「――色々話してくれてありがとう。それじゃあ、また!」
「ええ、それでは。トレーニング頑張ってください」

シュミレーターの前に到着した。立香は二人と別れ、その足でレクリエーションルームへ向かう。
立香を見送ると、さて、と太公望はまだ両手で顔を隠しているなまえの名前を呼んだ。

「そろそろ、こちらを見てくれますか?」
「……やだ」

子どものような拒否に苦い笑みを浮かべる。こうなれば強硬手段だと言わんばかりに太公望はなまえの両手を掴んで無理矢理引きはがした。プレゼンが効いたのか顔は真っ赤に染まり、恥ずかしいやら嬉しいやら、怒りたいけど怒れないといった複雑な色をしている。さっそくデートを、の前に太公望にはやることが一つ出来た。距離を詰め、なまえの額に触れるだけの接吻キスを落とした。

「っ!?」
「では、僕達は当初の予定通りデートをしましょう。シュミレーターでは、どんな魚が釣れるんですかねェ」

改めてなまえの利き手を指を絡めて握り、楽しみだなァ! と声に出すとシュミレーターへと歩を進める。そんな太公望を一歩後ろから眺め密かに胸を高鳴らせながら、なまえはふわりとはにかんだ。


ひまわりと太陽
(久々のデートに二人して心浮かれて、)

愛子||220125(title=Liebe)