今日も特異点等の発生は無く、無事に半日が経過したことに安堵の息を吐いた。交代で入るオペレーターに自身が行った仕事を引き継げば、後は任せて、と頼もしい言葉が返ってくる。パチンとハイタッチを交わして席を立った。
管制室から出るなり背伸びを一つ。ふと、見覚えのある人物が眼前に立っていた。

「子牙!」
「お疲れ様です、なまえ」

勤務終わりを待っていてくれたのか、先日、カルデアベースに召喚されたばかりのライダー太公望の姿。嬉しいお迎えになまえは照れたように笑みを浮かべる。なまえが傍へ来るなり、そういうわけで! と太公望は突然、仙術を使い二人同時に何処かへ瞬時に移動した。太公望の土遁の術だ。

「――へっ!? ちょ、ええっ!?」

唐突な浮遊感、目まぐるしく変わる景色になまえは目を見開き咄嗟に太公望にしがみつく。初々しくて可愛らしい反応にちょっと嬉しそうに笑みを浮かべ、片腕でなまえを守るようにして抱きしめた。
土遁の術を経験するのは、実は初めてではない。だが、今世・・では初めてなのだ。
なまえは、輪廻転生を繰り返していた元仙女だ。封神演義の派生作品では引き名で記されている太公望の後妻である。封神計画実行時より太公望と共に行動し、いつしか二人は惹かれ合い、物語の後半で正式に夫婦となった。だが、結末はどの作品も同じで封神寸前の妲己に致命傷を負わされ道連れにされる。本来であれば封神台へ収められるはずだったが、収める場所が無く、けれども身体から離れてしまった魂は戻れず、いつしか浄化される運命を待つしかなかった。しかし、なまえはそれを良しとせず、自身の力を使い輪廻を巡る旅へ立つ。
それはいつか、最愛の人との再会を願って。
獣の呪いを受けながら、何十、何百、何千と流転の度を続けるも、長い歴史の中で様々な苦痛を受け続け、いつしか心を閉ざしてしまった。こころも耐えきれなくなり、記憶と力を封印しての最初の流転が今――みょうじなまえだ。
封印は太公望が来てから少しずつ解けており、記憶も戻ってきている。二人が夫婦であり、探し求めていた最愛の人は太公望というのも魂で理解した。
呪いは、祝福へと転じたのだ。
久しく味わう感覚にきゅっと瞼を閉じるも、大丈夫ですよ、と耳元で優しい声音が囁く。ふいに心は落ち着き、なまえは目を開く。
そして、あっ、と一呼吸遅れて声を出した。
高い山とたなびく雲の下には、穏やかな渓流と土手がある。まるで仙境を思わせる光景には、もちろん見覚えがあった。生前、良く訪れた太公望自慢の釣り場だ。それでいてカルデアここへ来てからはシミュレーターで再現した二人のいつものデートスポット。

「――というわけで、到着です」

どうだ効率が良いだろうと顔が言ってる。術の無駄遣いやめなさい、と腕を伸ばしてぺちんと太公望の額を叩けば、え〜、と残念そうに思っていない声をこぼした。

「ところで、今日は何の日かもちろんご存知ですよね?」

と、尋ねられなまえはふと考える。3月14日――バレンタインデーの一か月後。仕事に追われてつい忘れていたが、今日はホワイトデー。バレンタインデーには、もちろんなまえは日頃の感謝と愛情を込めて太公望にチョコレートを贈っている。
正解、と太公望は短く応えるとあるものを差し出した。手のひらサイズのそれは、なまえを驚かせるには十分な贈り物――美しい桃色の髪飾りだった。

「子牙、これ……」
「バレンタインデーのお返しです」

頑張って作ったんですよ、と添えて太公望はなまえの髪につけてやった。贈り物は、生前になまえが愛用していた髪飾り。師である竜吉公主から旅立ちの時に受け取った思い入れのある品物だ。本来は災いを避け持ち主に幸福をもたらすよう竜吉公主の加護が込められているのだが、流石にそこまでは再現できず、代わりに太公望の想いが込められている。

「今までの君に労いを、これからの君に祝福を」

そして、とても大事な願いを添えて。

「災厄が、もう二度と寄り付かないように」

きゅっとなまえの胸が締め付けられた。懐かしくて、嬉しくて、触れられたことが幸せで、知らずと頬に温かな涙が伝う。唐突な涙に太公望は目を見開いた。もしかして迷惑だったかと口早に問われたが、ふるふるとなまえは頭を左右に振り否定した。

「ありがとう……大好きっ」

いま出来る精一杯の笑顔と、声と、言葉で、感謝を伝える。よかったと太公望は安堵の色を浮かべるなり、涙を流すなまえを優しく抱きしめた。
幸せな時間を全身で味わっている最中、突如として不釣り合いな音が響く。ぐうっぎゅうっと鳴ったのはなまえの腹の虫で、恥ずかしさにふるふると身体を小刻みに震わせる。忙しくはなかったが休憩無しで仕事をしていた為、食事を摂っていなかったのが原因だ。太公望もくつくつと喉の奥で笑いを噛み殺し、肩を震わせていた。

「……いっそのこと、笑って」
「――アッハッハ!!」

ひとしきり笑った後、さて、と一息ついて太公望は離れる。どこからか釣り竿を取り出し、今からやるべきことは一つしかないと太公望は笑みを浮かべる。
特別な場所で二人きり。
なまえはお腹を空かせていて、太公望の手には釣り竿。
頬に熱を残したままなまえは唇をすぼめているが。

「大漁じゃないと、怒るから」
「おや。では、食いしん坊のなまえの為にたくさん釣るとしますかっ」

これは腕が鳴ると太公望は意気込み岩場に腰掛けた。数秒と経たず静かになまえも太公望の傍へ歩み寄り隣に座り、身体を少し傾けて寄り添った。小さな音を立てて髪飾りが揺れる。

「……ありがとう」
「どういたしまして」

囁くように改めて礼を言うと、優しい声音で返って来た。瞼を閉じて風を、音を、そして温もりを全身で味わう。尖っていた唇はいつの間にか緩み笑みへと変わっていた――。


いつでも隣に
(貴方からの贈り物は、世界で一番大切な物。貴方の隣が、今も昔も、私の特等席)

愛子||220315(title=リコリスの花束を)